危険な誘い

「塚本! お前、今フリーだな?」


 それは突然の出来事だった。

 放課後、いつものように真っ直ぐ最短距離で家に帰ろうと立ち上がろうと足と机に置いた手にに力を入れた瞬間で、完全に立つタイミングを逃してしまった形の俺はとりあえず座りなおす。


 話しかけて来た人物、子亀はラブコメの使徒的な存在であり、要注意人物の一人だ。ちょっとした会話でも警戒する必要がある。


「恋人がいるかいないかなら、いない」

「そうだよな」


 イラッとした。まるで当然だとでも言いたげな反応で、バカにされている気がするんだけど、俺の勘違いか?


「そんなお前に朗報だ。合コンに招待だ」

「合……コン?」

「そうだ。これから男女でカラオケの予定なんだけどよぉ、男子二人が部活で来れなくなってよ。代わりを探してんだ。一人はほぼ確定で確保してんだけど」


 チラリと向いた子亀の視線の先には萩井が誰かに連絡を取っていた。つまり、萩井が参加するのは確定。

 もちろん予想通り。だから答えも決まっている。


「やめておく」


 わざわざ清水を萩井から引き離してまでアイツと離れようとしているのに、なぜ自分から自爆しなければならないんだ。

 どうせ合コンとは名ばかりに、萩井を主人公としたイベントでしかない。


 新キャラか、はたまた既出の女子かは知らんが、俺にとってプラスになることはないだろう。

 それに、失恋したとはいえ、一年間も想っていた気持ちを忘れて合コンに参加するほど軽い気持ちではなかったし、それは一年間頑張った俺自身への冒涜のような気がして、やはり気が進まないしな。


「本気か? 今日の相手はかなり高レベルだぞ」

「悪いけど、他を当たってくれ」

「しゃーなしだな。うーん、他となると……」


 別の男子に話しかけに行く子亀。そこでも難色を示されて苦戦している。

 にしても、どうして話しかけるのが俺なんだ。モブとして最適だったからか? ふざけんじゃねぇ。


 とにかく、萩井とその一行には近づかず、そして一織を近づかせない。ついでに清水も。

 ラブコメは勝手にやってろ。


 今度こそ帰ろうとする立ち上がると、スマホが震えてメッセが届いた。

 送信相手は一織だ。


『今日ママさんと一緒に晩御飯作る予定だったんだけど、用事でもしかしたらちょっと遅れるかも。たぶん大丈夫だと思うんだけどね』


 晩御飯作る云々は朝聞いていたから知っていたが……。

 このタイミングで一織に用事だと? 急な用事くらい誰にでもあるが、どうしても怪しく感じる。


 一織が合コンに積極的に参加するような性格でないことは長年幼馴染みをやって来た身としては確信できるが、アイツは人に頼まれると簡単に了承してしまう。

 例外もあるが、合コンの人数合わせくらいならと参加しそうでもある。


 そうなれば、否が応でも萩井と接近させられてしまう。それがラブコメの力だ。


 って、そんなことを考えてる場合じゃねぇ。

 何よりやることがある。


 別の男子に声をかけようとしていた子亀に向かって行き、肩を掴んだ。


「ん? どうした塚本」

「それ、やっぱり参加していいか?」


 あーだこーだ考えてる間に最後の席が埋まってしまっては元も子もない。

 大嫌いなやつがいようと、俺がモブ扱いされようと、ラブコメから一織を守るためなら地獄のツアーだろうと参加してやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る