どうでもいい出会い

 清掃活動から数日、この学校では今日も廊下でラブコメが繰り広げられている。

 もちろん俺ではなく萩井の話で、その相手が知っている人物だったのもあって立ち止まって見ていた。


「いつつ……、廊下を走ってはいけないと小学校で習わなかったのですか……」

「ご、ごめん。ちょっと急いでて……あっ」


 尻もちをつく友垣と萩井。ラブコメの魔の手は友垣へと狙いを定めたらしい。

 際どい格好で倒れる友垣だが、萩井の様子を見る限りスカートの中身が見えているのだろう。


 周囲のギャラリーには見えない配慮。ラブコメってやつは芸が細かい。

 しかしこれは僥倖だ。こうやってどんなことが起きるのかを知っておけば、一織を守る手を考えれる。彼を知り己を知れば百戦危うからずだ。


「ちょっ、どこ見てるんですか!」

「ちっ、違うんだ! これは不幸な事故というか……」


 何が不幸な事故だ。本当は嬉しいだろ。俺は友垣に恋愛感情なんて抱いてないけど、もしパンツが見えたら行事するし、なんならその夜の……これ以上はやめておこう。


「廊下を走るだけじゃ飽き足らず……あなた、名前なんですか!?」

「は、萩井大和」

「確か清掃ボランティアの日もいましたよね? 生徒会長さんと仲の良い方だったと記憶しています」

「な、仲がいいというか……」

「私は友垣弥千代です。絶対に忘れませんから!」


 怒りながら去って行く友垣。

 なんてお手本のような出会いだ。おもわず拍手を送ってしまいそうになる。きっとこの後、放課後にでもまた再開してなにかあるんだろう。

 同時に、あそこにいたのが一織でなくて本当に良かった。


 心から安堵していると、廊下の奥から走ってくる人影が一つ。


「フハハハ、生徒会の犬である風紀委員如きが我を捕えられると思うなよ。ちょっ、あぶなっ! うちの帽子は生徒会長が許してくれたもん! ちゃんと授業中は脱いでるもん!」


 馬鹿と風紀委員が走ってきた。

 このパターンはアレか。一気に一年生二人をラブコメ要員に取り込もうとする力が働きかけているのか?


「あのっ、東雲さん!」


 やはりというか、予想通り萩井が清水と風紀委員の間に割って入った。

 萩井のやつ、風紀委員とまで知り合いだったのか。そういや、今年の風紀委員長と生徒会長は大の仲良しだと噂で聞いたことがある。それ繋がりなんだろうけど……。


「何のつもりか知らないけど、そこを退きなさい萩井君」

「えっと、彼女の帽子の件なんですが、本当に会長が許可したと聞いてます。なんでも先生が条件を出したとかで」


 清水の事情も把握済みときたか。

 前は二人のラブコメ展開を邪魔したが、今回は一織はいない。どうぞ心ゆくまで楽しんでくれ。


「そんな馬鹿なことありえません」

「ありえるもんね、べー」


 萩井の後ろから舌を出して挑発する清水。なんておバカな子なんでしょう。救いようが無いって言葉はアイツのためにある。


「ちょっ、君、東雲さんを挑発するようなことは……」

「我は権力などに屈しはせぬ! されど、約定は必ず守る。それが我の生き様なのだ」


 翻訳したら山本先生との約束は守ってるからとやかく言うな、ということだろう。

 けど、何ひとつ風紀委員長には伝わっていないようだ。


「真偽はともかく、一度身柄は拘束します」

「嫌やって言うとんねん」


 にじり寄る風紀委員長に対して盾にしていた萩井を押してぶつける清水。押された萩井は咄嗟のことで反応できなかったのか、風紀委員長の胸に向かって飛び込んで行く。


 これは……ラッキースケベのツーコンボか。

 ところで、萩井の運の良さに驚愕しながら、気がついたことがある。


 この奇跡のような一連の流れだが、全て女子のみで構成されているのだ。モブの中でも一際いらない存在である男を完全にシャットアウトし、ただのモブたらしめる。

 こうなってはコチラは手出しがしにくい。なぜなら、完璧に内輪の話になっているからだ。


 となれば、もしこの割り込めない空気が一織を襲った時、俺は内輪に入り込める立場にいなくてはならない。果たして幼馴染みがその立場でいられるのか、不安になる。


「あんっ、は、萩井君! 早く離れなさい」

「すいませんっ! 東雲さん」


 さて、そろそろ見学も終わりにするか。脅威の再確認も出来たし、見ていると不愉快だ。


「あっ、マスター! 手を貸してくれマスター! あの組織の犬が我を捕らえようとしてくるんだ。このままでは改造しゅじゅちゅで悪の心を植え付けられてしまう」


 手術が言えてないぞ。


「しかし抗う我。迫り来る悪の手先。我は新たに手にした力と暗黒竜の力を結合させ、生徒会長を倒す。しかし、それは序章に過ぎなかった……」

「妄想が長い。一生やってろ」

「助けてますたぁ。一緒に風紀委員の人らにに説明してぇ。やないと離れへんからなぁ」


 腰をホールドして情けない声を出す清水。俺をお前らのラブコメに巻き込むな! もし俺から一織へと線が繋がったらどうしてくれる。


「そこの君、その子をそのまま捕まえておいて」


 むしろ捕まっている側なんです。引き剥がして下さい。

 ってか、俺の今の立場ってラブコメ的にどうなんだ? 本当はラブコメ要員のはずだった清水と関わってしまったばかりに狂ってしまっている気がする。


「ますたぁ」


 このままコイツを差し出したら俺はこの茶番から解放されて、勝手にラブコメしてくれるだろうか?

 答えは不明だ。分からない。


 なら、逆転の発想をしてみよう。風紀委員から清水を守り、できる限りヒロインレースから遠ざけることが出来れば、清水経由での一織ルートにはならないのでは?

 憶測に過ぎないが、今後も清水と関わる可能性がある以上、後者の方が良い案のようにも思える。


「さぁ、コチラへ来なさい。って離れないわね!」

「おのれ、放せ組織の犬め」


 人の体の周りで何やってんだコイツら。迷惑極まりない。

 が、一織のために、何より俺のために清水は俺の計画に巻き込ませて貰おう。


 もしかしたら清水が萩井と結ばれたかもしれない。そんな未来を俺は自分勝手に壊す。


「風紀委員長、実はその話、俺も知ってまして。山本先生に聞いて頂ければ分かると思います」

「山本先生……ですか」

「はい。一応、授業中は被ってはいけないという山本先生が課したルールは守ってるみたいですし、どうかここは見逃してくれませんか?」


 風紀委員長はしばらく考え、俺の腰にしがみつく清水を見てため息を吐いた。


「はぁ、分かりました。山本先生に聞いてみます。ただ、その話が嘘だった場合は覚悟しておきなさい」

「嘘やないもん。あっかんべー」

「バカ、やめろ」

「あたっ」


 叩かれた頭を抑える清水。

 今日のところはラブコメ展開を回避させたが、これで終わりとは思えない。これからも意識を向けなければならないだろう。ただ、清水を気にし過ぎて一織に接近されたら本末転倒もいい所だ。

 優先順位は一織。それだけは絶対に揺るがせてはいけない。じゃないときっと勝てないと思う。

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