ほら、言ったでしょ?

「いやぁ、ちゃんと挨拶するのは初めましてだよね? 改めまして、神原一織ですっ!」


 元気よく敬礼した一織を見て、萩井大和は自分も敬礼した方がいいのかなと思った。


 一織に対しての第一印象は活発で誰とでもすぐに打ち解けるタイプの……自分とは正反対の性格であると推測していて、その通りであると今確信した。


「あ、ええと、よろしく。萩井大和です」

「うん、よろしく」


 迷った挙句、最終的に面白味のない普通の返事になってしまったが、一織は気にした素振りも見せずに鼻歌交じりで歩き始める。


「しかし萩井君は偉いねぇ。文化委員でもないのにお手伝いなんて」

「会長にこき使われてるだけだよ……」

「それならもっと凄いね。あの自分に厳しい生徒会長さんが萩井君には甘えるんでしょ?」


 そういうものか? と、大和は思ったが、あえてそこにツッコミを入れようと言う気にはならなかった。


「俺は流されてるだけだよ。それより神原さんの方が大変なんじゃないの?」

「私が?」

「部活とかの助っ人とか、一年の時はたまに生徒会の手伝いもしてたって……それで今年は文化委員もあるしさ」

「えー? どうしてそんなに知ってるのだね。ま、まさか……」


 はっとなにかに気がついた様子をオーバーリアクションでしてみせる一織。それを大和は自分が一織のことを好きだと捉えたのではと思った。


「ち、違うよ!? 俺は別にそういう意味で言ったんじゃ……」

「私のファンかな!?」

「……はい?」

「ううん。昔はアイドルに憧れていたけど今はなぁ……。まぁ、現実見ちゃうよね。学校でも瑠衣ちゃんとか会長とかのがよっぽど私より可愛いし……女として自信失くすレベルだよねぇ」


 はぁぁ、と長いため息を吐く。

 置いていかれる大和はふと、いつものメンバーと一織はどこか似ている気がすると思う。それがなにかは分からないが、少なくとも悪いものではないのは確かだ。


「と、まぁ、冗談はさておき」

「長い冗談だったね……」

「そっかなぁ?」

「それと、まぁ、二人が可愛いのは俺も同意だけど……」

「ひゅぅ〜」

「神原さんも十分に可愛いと思うよ?」


 大和にとってこの台詞に他意はない。思っていることを口にしただけであり、一織を口説いているつもりはないのである。


「ふぅん? 萩井君ってさ」

「な、なに……?」

「や、なんでもないや。ふふっ、ありがとう」


 唐突に一織の視線が鋭くなったことに狼狽した大和であったが、すぐに戻り、かつ人懐っこい笑顔を向けられてしまえば、それ以上何も言い出せなかった。


「おっと、私の袋も萩井君の袋も全然ゴミがないじゃない! さぁさぁ、どの班にも負けないように頑張ろうじゃないか! おー!」

「お、おー?」


 一織が両腕をばっと振り上げた瞬間、その腕が家の塀で寝ていた猫に少し当たってしまう。


「あ、猫さん……そのぉ……起こしちゃってごめんにゃさい」

「ぷっ」

「あ、笑ったなぁ!? って、ちょっ、猫さうにゃぁ」


 気持ちの良い睡眠を邪魔された猫は一織の顔面へと飛びかかる。

 それを避けようとすると、ドンッと大和にぶつかってしまった。


 大和の腕にすっぽりと収まってしまった形の一織はほぼ反射的に大和を突き飛ばすように離れる。


「だ、大丈夫?」

「……ごめん」


 唐突に走り出す一織。

 大和はその場に取り残されてしまい、そこに方向音痴属性を持つ鷺ノ宮がやって来るのはまた別の話である。


 そして、一織は自分の担当地区を離れ、今会いたい人の元へと向かう。

 急に会いたくなった。ただ、それだけの理由だったが、それだけでいい。


 川沿いの土手を走っている時、ちょうど川辺で女の子と一緒に空き缶を袋に詰めている姿を見つけた。


「千利君……」


 大きな声は出さなかった。

 こっそり近づいて脅かしてやろう。


 きっと驚くだろう。

 それからどうしてここにいるのか聞いて来る。でも、その声色は呆れながらも優しいのだ。


 息を殺して近づく……。


 その瞬間、隣にいた少女が足をもつれさせる。

 間に合わないと思いつつも、一織は手を伸ばし……だが、それよりも先に千利が彼女を助けていた。


「千利君!」


 掴んだ。間に合った。


 自分よりも重たい彼を引き寄せ、その反動で二人して地面に倒れる。だけど、川には落ちなかった。


 自分に覆い被さるようにしている千利の頬を撫で、一織は微笑む。


「ほら、言ったでしょ? 私は傍にいるから」

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