真面目な後輩

 意気揚々とゴミを拾いまくる副委員長のあとをただついて行くだけの歩く屍。

 それが今の俺の状態を比喩した時の的確な表現だ。


 元よりやる気がなかった上に、二度目の敗北を喫したのだ。ゴミ拾いをする精神状態なわけがない。


「町が綺麗になると、私の心も綺麗になっていくような気がします。ね、先輩?」

「んあ?」

「って、ゴミ袋に何も入ってないじゃないですか!? 何してるんですか!」


 うるさい後輩だなぁ。どうせ二人分くらい働いてるんだから俺がサボってても問題ないだろ。

 ……うわ、自分でも引くくらい最低なこと考えてる。


「……なんだろう? 地球の大切な酸素を無駄遣いしてる……」

「えらく壮大な迷惑ですね。どうかしたんですか? 体調悪いです?」

「別に……」

「別にって……それならもっとしっかりして下さい。先輩でしょう?」


 先輩だからなんだって言うんだ。たかだか一年程度の差で先輩後輩とか面倒くさい。

 有能なやつが上で、無能が下でいいんだよ。分かりやすいから。


「というか、やる気がないのならどうして来たんですか? 自由参加ですよ?」

「ベルクに計られた」

「誰ですか!?」


 いや、違うな。もしあの時、山本先生が言い出さずとも結果は一緒だったはずだ。


「……ラブコメの手のひらで踊ってたんだ」

「え? 何言ってんですか? ちょっと怖いです」


 名も知らぬ後輩にドン引きされたところでどうでもいい。

 しかし、この子の名前、あと少しで思い出せそうで、喉に引っかかった魚の小骨みたいに気持ち悪い。


「この流れで悪いんだけど名前なに?」

「本当に悪いと思ってます!? 友垣ともがき弥千代やちよです! よろしくお願いします!」

「あ、うん。本当にごめん。俺は……」

「塚本先輩ですよね。さすがに覚えてますよ。自己紹介アレでしたし……」


 この子も容赦なく黒歴史に触れてくるな。まぁ、俺の態度が悪いか。


「で、ラブコメがどうこうって……漫画の話ですか?」

「いや、リアルな話」

「いや、意味わかりませんって。あぁ、もしかして現実とフィクションが混じっちゃってる系の人ですか?」


 やれやれと残念な人を見る目になる友垣。そんな視線は清水にでも向けてたらいい。


「もう、そういうことでいいよ」

「あ、その投げやりな感じ嫌いです。説明が面倒というのが全面的に出てます」

「いいんだよ。友垣さんには関係ないし」


 まぁ、彼女のことは全然知らないけど、十分ラブコメに参加できるだけの素質はありそうだ。

 今となっては清水はどうなるか分からないし、後輩ポジションは大事だろう。


 俺には関係ないけど……。


「関係ないなら別に構いませんが、ならしっかり働いて下さい」

「はいはい、分かりましたよ」

「はいは一回で十分です!」


 めんどくせぇ……。


 これ以上、文句を言われるのも癪なので怒られない程度にゴミ拾いを開始した。

 川沿いとあって二人じゃ足りないくらいのゴミが転がっている。


「先輩、なんか面白い話をして下さい」


 言われた通り無言で黙々とゴミを拾っているのに、さらに注文してくるとはなんて図太い後輩なんだろう。


「このあいだフラれた」

「……それを面白い話として話そうと思ったあなたの神経を疑います」

「その人が好きな相手に幼馴染みも奪われそう」

「二股ですか!?」

「そういうのじゃなくてさ。俺が勝手にそう思ってるっていうか……」

「え、被害妄想……怖っ、嫉妬ですか!?」


 友垣の顔が引き攣る。


 嫉妬……。

 認めたくはないけど、それが今の俺を突き動かしているのかもしれないという考えを否定する言葉を残念なことに持ち合わせていない。

 そりゃドン引きもされるだろうよ。


「友垣は……運命って信じるか?」

「え、また唐突に話が変わりましたね? いや、変わってないのかな……。というか、ほぼ初対面みたいなものなのにその質問はセンスないです」


 ほぼ初対面の相手に面白い話を要求するお前もセンスねぇよ。


「運命って運命の出会いとかそういうのですか?」

「うん」

「憧れはしますけど、それって確認しようがないじゃないですか」

「というと?」

「だって、どんな人とどんな出会い方しようと、本人が運命って言えばそれはもう運命ってことになりませんか?」


 あぁ、それは一理ある。


「それこそ今こうして私と先輩がいるのも運命かもしれませんよ? うわっ、自分で言ってて嫌だなと思いましたけど、先輩のそのアホを見る目にはしっかりと抗議させて下さい」


 嫌なら言うな。俺もこんな運命は嫌だ。


「でもさ、それが短期間に何度も起きるって変じゃないか? それこそ運命に愛されてるって言う感じで……」

「単純にその人が魅力的なんじゃないですか?」


 魅力的か……?

 よく考えれば俺は萩井のことをほとんど知らないな。ただ、アイツの周りではいつもラブコメが起きてる。それだけは事実で、俺の知る萩井という男の全てだ。


「色々と悩みごとがあるのでしょうけど、ちゃんと掃除しないのとは別問題ですよ」

「分かってるよ。やってんじゃん」

「その調子です。あ、あんなところにゴミが……」


 土手を降りた先は草によって川と岸との境目が曖昧になっていて、そこにたまったゴミを拾おうと友垣が降りていく。


「そっちは危ないだろ」

「平気ですよ」


 本人も平気と言ってるし、ドジっ子には見えない。けど、一応着いて行こうと後ろから土手を降る。


「空き缶が多いですね。マナーがなってません」

「流れて来るのもあるんだろうなぁ」

「やっぱり人手が足りませんね」


 ふぅ、と額の汗を腕で拭う友垣。その拍子に地面のぬかるみで足を滑らせ、体勢を崩してしまう。


「あっ……」


 多分、それは判断ではなく反射だった。川へと落ちそうになる最中の友垣の腕を掴んで陸へと引き寄せていた。

 その代わり、まるで友垣を救う代償のように俺が川に身を乗り出すような形になってしまう。


 落ちゆく中で、もっとかっこよく助けれたりしたら俺もラブコメの主人公になれるのかとか考えている辺り、本当にどうしようもない馬鹿野郎だ。


「千利君!」


 手が握られた。

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