二年三組
「おはよーございまーす!」
教室の扉を開くなり、隣にいた一織が手を挙げながら、大きな声で言った。
それに対してまばらながらもおはようと返事が返ってくる。
少なくとも前のクラスには朝からこんなテンション高めで、しかもクラス全体に挨拶してくるやつはいなかった。
全国的に見ても、こんな生徒は希少だろう。
しかも、新しいクラスになってまだ三日目である。
もし、俺が同じことをやったとしたらドン引きされて、頭の心配をされるだろうよ。
「俺はお前のコミュ力の高さを侮っていた気がする」
「ん? 褒めてる?」
「恐れ入ってる」
「褒められてない気がする……」
どちらかと言うと褒めてるよ。俺には真似できないって意味で畏怖してる。
そこに、一織の前のクラスの友人が近寄って来た。
「いおり〜ん。なんで昨日休んだのー?」
「かほち〜ん。ごめんねぇー、私がいなくて寂しかったねー」
「寂しかったー」
ぎゅーと抱きしめ合う二人。
なんだこいつら。
かほちん改め
多分、一織と一番仲がいいのはこの子のはずである。
「やぁやぁ、君はいおりんの幼馴染みではないか」
「どうも」
「そういや君も休んでたよね?」
「まぁ……」
一織に抱きついたまま笑顔をこちらに向けるかほちん。
「何してた? 返答次第によってはモグぞ?」
怖ぇ! かほちんの真顔が怖すぎる。
「そ、その体調が悪くて……」
「そっかー。それで、いおりんに看病してもらってたのか?」
だから、笑顔から真顔に変わるの本当にやめて。軽くホラーだ。
「看病っつーか……」
「そうだよー。千利君は病み上がりなんだからかほちんもいじめないであげて」
めっとウインク付きでかほちんを諌める一織。それに対してきゃるんとでも効果音がつきそうな変わり身で「はーい」と返事する。
でも、一織の視線が外れるとすぐに俺を睨み付けてきた。
去年、一織と同じクラスじゃなくて良かったと心底思った瞬間である。
俺の新しいクラスは二年三組。初日に自己紹介は済ませていて、なんというか濃い面子が揃っている。
それもそのはずで、このクラスはラブコメ主人公こと萩井大和を中心にできていると言っても差し支えないからだ。
なにせ、萩井が一年の時に仲良くなった女子のほとんどが揃っており、萩井の親友を名乗る
きっとこのクラスは萩井にとって居心地の良い場所になるだろう。
その中にはもちろん蔵内さんもいて……。
「おはよう」
俺たちが開けっ放しにしていた扉から萩井と蔵内さんが並んでやって来た。
ちなみに、挨拶したのが蔵内さんだ。
小声で萩井にどうして挨拶しないのかと問う姿もじゃれているようにしか見えなくて辛い。
それに触発されてか、次々と萩井のラブコメ要員が集まり始める。
すると、むぎゅうと頬を掴まれて顔を一織の方へ無理やり向けられた。
「なんだよ」
「なんだよはこっちの台詞だしー。上の空かと思ったら辛そうな顔してるし」
「それは……悪い」
「謝らなくていいって。ほら、いい子いい子してあげよう」
撫で撫でと頭を撫でてくるからすぐに体を離す。
「いらねぇって」
「じゃあ退け。いおりん、かほもいい子いい子してぇ」
ごふっ……。
ドンとかほちんに押されてふらつく。その小柄な体格のどこに俺を吹き飛ばすほどの力があるんだ……。
このクラスはやばい。
俺の傷口を全力で抉りに来る萩井と愉快な仲間達。
その傷口を問答無用で癒そうとしてくる幼馴染み。
なんかやばい萌え袖ツインテール。
特に最後が危ない。一織と仲良くしているところなんて見られたら命狙われそう。
とは言え、そのどれからも逃げるわけには行かない。俺は一織を守ると誓ったのだから。あのくそうざい愉快な仲間たちに一織が取り込まれないように、なるべく一織の近くで注意する必要がある。
「あの、塚本君」
「え? あ、蔵内さん……」
「その、昨日は……もしかして……」
まさかスーパーのことがバレて……!?
って、そんなはずはない。休んだことを言っているのだろう。
「ちょっと体調崩しただけだから! 本当に、大丈夫だからさ」
「そ、そうなんですね! あの、じゃあ……お大事に……」
気まずいのはお互い様か、蔵内さんはそそくさと元いた人の輪の中に戻って行く。
その時に萩井と目が合ったけど、俺は無意識に睨んだりしていなかっただろうか? ちょっと自信がない。
昼休みになると、一織は先生に呼ばれて職員室に向かい、俺は一人で教室の隅の自分の席で弁当を食べていた。
「よぉ、塚本」
「小亀……」
前の前の席を無断で座って話しかけてきたのは、萩井の親友の小亀だった。
自称情報通で、なにかと萩井を支えている。いわゆるラブコメ主人公の友人ポジってやつだと俺は勝手に思っている。
去年も同じクラスで、性格は気さく。評判としては、悪いやつじゃない……なんて褒めてるのか貶しているのかよく分からないとよく言われている。
俺から見てもそんな感じだ。
萩井が転校してくる前まではよく俺と同じグループにいたので友達ではあるけど、実はそこまで話したことはない。
「お前、よくも俺に黙ってたな?」
「すまんがなんのことかさっぱり分からないんだけど」
「前に聞いた時は家が近いだけだって言ってたじゃねーか」
あぁ、一織のことか。
そう言えば、前に小亀達と一緒にいる時に一織に話しかけられて、色々と問い詰められたことがあった。
その時は面倒で家が近いだけって答えたんだっけ。
「まさか二人仲良くしっぽり休む仲とは……」
「言葉のセンスが親父臭いな」
「うっせぇ。それで、昨日は何してたんだよ?」
ここで前の俺ならば適当に誤魔化していただろう。
そうすることで面倒事から逃れられる。
しかし、もしかするとこれが萩井と一織との接点になるかもしれない。
言ってしまえばこの小亀は萩井専門の恋のキューピットみたいなもんだ。あるいはラブコメの使者か。
とにかく危険極まりない男だ。釘を指しておく必要がある。
「一織といたよ」
「かーっ、やっぱりか! 付き合ってんのかお前ら?」
さて、これはどうしたものか。
嘘をついてもすぐにバレる。そもそも俺なんかが一織の彼氏のフリをしたところで弱すぎて、ラブコメの前には歯が立たない気がするしな。
「付き合ってはないけど、親みたいな感じかな。変な男に騙されないか心配してる」
「なんだそれ」
察しろ。変な男とはお前やお前の親友だ。
「まぁ、付き合ってないんだな! 情報提供ありがとうよ」
ん? もしやあいつ、付き合ってないという部分だけ切り取るつもりか?
ご都合野郎め……。これが萩井の耳に入ったら……。
いや、まだ慌てる段階じゃない。
落ち着いて、とにかく一織と萩井が接触しないようにしなくては。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます