決意の朝
「学校に行きたくない」
目覚ましを止めて、最初の言葉はやはりネガティブなものだった。言葉のチョイスは昨日よりも少しマシなようにも思えるが、昨日休んだせいで、休むことに対して罪悪感が薄れてしまっている気がする。
「やばいな。休みグセとかついたら最悪だ。学校行こ」
のそのそと布団から這い出て来て、制服に着替え始める。
ズボンを履き替え、上半身裸の状態でYシャツに手をかけた瞬間に扉が勢いよく開かれた。
「ぐっどもーにんぐ千利君! 新しい朝が来た! 希望の朝だ!」
ラジオ体操の歌の歌詞を大声で言いながら問答無用で侵入してくる一織。
「きゃー!? なんで服着てないの!?」
理不尽だなおい。
素早く両手で目を隠してくれるのはいいけど、それならさっさと部屋から出て欲しい。
「着替え中だ」
「あ、なるほど。それじゃあ外で待ってるね」
パタンと扉が閉まってからため息を吐いた。
「また心配かけちゃったかな……」
シャツのボタンを止めながら、昨日、家に帰って来てからのことを思い出す。
醤油を買って普通に帰ってきたつもりだった。何事もなかったかのように振る舞い、ちゃんと演じれていたはずだったのに、一織は俺を心配したのである。
青ざめた顔で俺の頬を掴み、俺より辛そうな声で大丈夫かと聞いてくるので、逆に面食らった。
もちろん俺は大丈夫だと答えたし、実際、頭はかなり冷静だった。
で、一晩俺なりに今後について考えてみた。
結果たどり着いたのは……。
「ラブコメなんてクソくらえだ」
至極単純に俺は恋愛アンチならぬラブコメアンチ化したのである。
選ばれたヒロインと主人公しか幸せになれないような喜劇など滅べばいい。
その間にどれだけのストーリーがあろうと、最後には多くの女の子が傷つき、俺達みたいなモブがまるで食い物のように消費させていく世界なんて認めたりしない。
そして、もう一つ、俺には決意したことがある。
「一織を守る」
きっとラブコメに操られる運命とやらは一織と萩井を出会わせ、役者として踊らせる。
その考えは自分勝手なのかもしれないし、ただの勘違いなのかもしれない。なんならただの私怨だ。
それに、もしかしたら、幸せになるヒロインは一織かも……。
だが、ラブコメなんかに俺の幼馴染みを弄ばせやしないと誓った。
格好よく言ってるつもりだけど、アホなことを言っているのも理解しているつもりである。
俺はラブコメに負けたけど……。
一織にはそんな思いはさせない。
そうと決まれば、さっそく学校に行こう。
「もういいよ」
扉の外で待機しているだろう一織に声をかけると、おずおずと顔を出す。
「ええと、ごめんね?」
「びっくりしただけで気にしてないから大丈夫。それより学校に行くのか?」
「うん。昔はこうやって起こしに来てたでしょ?」
昔って小学校の頃なんだけど。
「まぁ、いいや。飯食ったら行くか」
「う、うん?」
「次はどうしたんだ?」
困惑する様子を見せる一織。
「いやぁ、昨日よりちょっと元気?」
「まぁ、目的ができたからなかな」
「目的?」
「内容は秘密」
「うわっ、なにそれ。すごい気になるんですけども!」
一織は紛れもなく美少女だ。性格も良い。幼馴染みの俺が言うのだから間違いない。
であれば、確実に同じクラスになった今、ラブコメは一織を舞台に上げる。俺の目的はそれを食い止める。あるいは萩井との間に立つであろうフラグとやらを全部叩き追ってやる。
「なぁ、これから一緒に登校しないか?」
「え? いや、さ、最初からそうしようと思ってたけど……何か企んでる?」
もしこれが漫画だとするならギクッとか効果音が出ているはずだ。
一織は変なところで察しがいいから気をつけなくてはならない。
「別に。どうせ向かう方向一緒だし」
「それだけ? まぁ、いいや。さっきも言ったけど、どうせ最初から千利君が大丈夫になるまで一緒に行こうと思ってたし」
「大丈夫になるってなんだよ」
「んー、私も、ヒ、ミ、ツ」
人差し指を口に当てて、ふふっと不敵に笑った。
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