トドメの一撃

 思わず隠れてしまった。


 なにも隠れる必要はないはずなのに、慌てて商品棚に身を隠す。

 そこに居たのは蔵内さん。そして、萩井大和だった。


 と、とりあえず醤油だけ買って見つからないようにさっさと立ち去ろう。

 こんな放課後デートなんて見せられては目の毒だ。


 二人に見つからないように、そっと動こうとして……


「にしても、二人も休むなんてなぁ」


 足が止まった。


「うん。神原さんは分からないけど、塚本君はやっぱり私のせいだよね……」


 肩を落とす蔵内さん。

 今すぐに違うと言ってあげたかった。これは俺の問題であって彼女は悪くないと。


「違うよ。蔵内のせいじゃない」

「でも……」

「まぁ、そりゃ失恋って辛いだろうけど、塚本だってきっとすぐに戻ってくる。もし出てこないようなら俺が引っ張ってきてやるよ」

「大和君……」


 どうして俺がお前に引っ張られて学校に行かなきゃなんねぇんだよ。

 あと、気安く彼女の頭を撫でるな。


「大和君はいつも私を安心させてくれるね」

「べ、別にそんなつもりはないけど……。でも、こんなので蔵内が安心できるなら、いくらでもしてやるよ」

「ふふっ」


 痛い痛い痛い。

 あいつらが纏う甘い空気は外に向けて棘を生やしている。それが俺に向かって突き刺さり、殺そうとしてくるようだ。


 これがラブコメなのだとしたら俺にとってラブコメなんて毒でしかないのかもしれない。


「というか、蔵内って本当にモテるよな」

「そ、そんなことないよ……」

「嘘つけ。今年だけでもう何回目だよ」

「えーと」

「指折って数えてれば十分だよ……」

「うぅ、恥ずかしい……」


 なんでお前はそんなに余裕で蔵内さんに話せるんだ?

 俺なんて蔵内さんに話しかけるだけでも心臓が脈打って、呼吸もしにくくて、たった一言二言だけでもまるで水の中にいるみたいに息が出来ないのに。

 俺とアイツの何が違うのだろう。


 容姿? 性格? 運?

 分からないけど、全部負けている気さえしてくる。

 何一つ勝てない。


 この世の中の美少女は軒並み奪われるんじゃないだろうか。

 いずれ一織だって。あぁ、だから同じクラスになったのか。


 次の登場人物は一織だ。

 きっと、運命的な出会いになるに違いない。それで一織も俺から離れてしまって、みんなみんな萩井の元で面白おかしく過ごす。


 それを俺は傍観者のように見続け、嫉妬し、モブと化す。はっ、もとからモブか。


「だからさ、そんな一人ひとりに気を病んだって仕方ないだろ。告白してきたやつらの一人くらいでいいんじゃないか?」

「さ、さすがに……」

「気の持ちようだって。ほら、復唱して見てみ? 私は気にしない!」

「わ、私は気にしない!」

「完璧」

「ふふっ、ふふふ」


 は?


 なんだそれ。勝手にその他大勢にするなよ。

 覚悟決めてたんだぞ。


 主人公だからって何しても言いわけじゃないだろ。モブはただの引き立て役か?

 こっちだって生きてんだ。本気でぶつかって、本気で恋してたんだよ。


 それを小説の一文で終わらせるみたいに過去にしてんじゃねーぞ。

 掘り下げなくてもいい。だけど、否定はするなよ。


 俺だって……俺だって頑張ったんだぞ……。


「なんか元気出てきた! 今日は腕によりをかけて大和君に手料理を振舞ってあげるね!」

「お、マジか。ラッキー」


 死ね。


 そう今すぐ叫びたかった。

 でも、それをすることはモブには許されていなくて、飲み込むと、言葉に含まれていたドス黒い気持ちが体の中を占領して行く。


 まるで世界がアイツらを中心に回っているような錯覚。

 それは他者を傷つける。

 俺を傷つける。痛めつける。


 もう俺には出番は来ないのだと囁く。

 誰がだ? ラブコメだ。


「ラブコメなんて……滅んじまえ……」


 昨日のように力のない声ではない。

 憎しみを込めた、力強い否定であった。

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