前向きに

 夕方になっても一織は一緒にいて、その間は他愛もない話をしたり、ゲームをしたりとだらしのない時間を過ごしていた。


 ちなみに一織の昼飯はめちゃくちゃ美味くて、腹が減っていたこともあり、流し込むようにかっ食らった。


「さて、お夕飯の支度でもしますか」

「え? いや、さすがにそこまではいいよ。そのうち母さんも帰ってくるだろうし……」


 母さんは駅近の弁当屋で働いているので、五時過ぎには帰ってくる。そこから夕飯の準備に取り掛かって、親父が帰ってくる七時に夕飯が始まるってのが我が家の流れだ。


「私も久々にママさんに料理を食べて欲しくってさ。ほら、昔は色々と教えてもらってたし」


 ん? そんなに教えてもらっていたか?

 料理はおばさんのが上手いんだし、うちの親から教わることなんてあったのだろうか、甚だ疑問だ。


「というわけで、私はこれだけ成長しました! ということを伝えるため夕飯は任せたまえよ」

「そりゃ、昼のアレがまた食えるなら嬉しいけど……」

「お昼のは千利君が全部食べちゃったもんね?」


 申し訳ない。多分多めに作ってくれていただろう品々は余さずに全部食べた。


「ま、作った者としては嬉しかったけどね」


 ニッと笑う一織。

 そんな経緯で夕飯も彼女に甘えることになってしまったわけである。


「ん? ありゃ、醤油が足りないや。ストックある?」

「ないかも……買ってくるよ」

「あ、いいよいいよ。私がちょっと一走りしてくるから」

「俺にはそれくらいしかできないし、何より家のものだからさ。あー、あと今日は一日外に出てなかったから気分転換」


 一織がそれ以上何も言わないうちに、財布とスマホ、自転車の鍵を持って家を飛び出す。

 ここから一番近いスーパーなら本当に数分で着く。


 朱に染まった空は綺麗で、そんなことを思えるくらいには心に余裕が出来ていた。

 正直まだ気持ちは蔵内さんにあると思うし、後悔なんていくらしても足りないくらいだけど、多分、時間が経てば次に進むこともできるはずだ。


 帰ったら一織にありがとうの一言くらい言おう。


 それで、次の恋愛なんかしちゃったりして、俺にはラブコメは無理だろうけど、まぁ、人並みの恋愛くらいならできるはずだ。


 そうだ。ネガティブになったところでいいことはない。俺の高校生活はまだ二年もあるんだし、前向きに過ごした方が絶対にいいに決まってる。


「よし、頑張るぞ」


 口から漏れた言葉は、自分で思っていた以上に俺に力を与えてくれた。

 自転車を漕ぐ速度が自然と速くなる。


 そして、スーパーに到着し、店の中に入った。

 そこで今一番見たくない者を見てしまう。

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