第13話 確認

 首を動かす速度が私の予想よりずっと速かった。

 そのせいで今ベアドンは悲痛な鳴き声を発している。非常にやかましい。


「うるさいな! 外せソイツ!」


「歯が鋭くてな! 食い込んでるんだ俺の肉に!」


 痛くても我慢して外さねばならないだろうに、四の五の言わずに取れよ。


「BEARRRAAAAAAA!」


 屈んでトカゲドラゴンの顎を両手で掴む。

 口を閉じる力は非常に強いが、開く力は弱いらしい。ワニと一緒だ。ベアドンの力で楽々外せた。


「……脚が悶絶しそうなほど痛いが、チャンスか」


「そのまま顎を引き裂いてやれば!」


「機械の偽物にやられる暴竜の悲壮な嘆きを思い出すな……気が引けるが仕方ない」


 ちょっと何を言っているかわからないが、やってくれるみたいでよかった。


「VIGYAAAAAAAA!?」


 苦しんでるみたいだ。

 鳴き声が痛そうな感じだからわかる。


 バタバタと激しく暴れるも、文字通り手も足もでない。ヤツの手は短い、ベアドンの行いを止めることができないのだ。

 体の構造の問題で抵抗できないとは、ちょっぴりだけど同情する。

 今まさにあのトカゲドラゴンは、ベアドンという理不尽に押し潰されている。


 だからって、可哀想だから命を見逃してやろうとは思わないけどね。確実にここで息絶えてもらう。

 私を襲ったチビのヤツに似ているからな。

 アレがなければ、私はこんなことになってないんだから。まったくふざけた出来事だった。


 バギバギメギィ……!


 材木かなにかがへし折れたような音。

 トカゲドラゴンの上顎と下顎は泣き別れになっていた。口裂け女も泣いて逃げ出すくらいの見事な裂けっぷりだ。

 ただあまりにもグロテスク。

 ベアドンの両腕は鮮血にベットリ染まっていた。

 このクマ、体毛が赤なので分かりにくい。だがよく見れば血の色と区別できる。さすがに血の色ほど黒い赤毛じゃない。


「獣の顎を裂くとは、こういう感触なんだな。俺が敬愛するかの大猿も、恐竜をこうして殺していた……だがやはり暴竜の悲劇が頭をよぎる、うーむ……」


「悩む前にその血だらけで小汚ない手ぇ洗いなよ」


「今の倒し方はどうなんだろうな……どちらかというと悪役よりの倒し方だと思うんだが、うーん判断が難しいな」


「知らないよ」


「善玉怪獣がこういった生々しい倒し方をしない訳じゃないんだ。だが1933の大猿は人間の脅威として描かれていた、つまりヒール……悪役だったということだ……その辺の事情があるが故、判断が難しい」


「うるせぇな!!」


 いつもながらどうでもいいことをペラペラお喋り。

 戦い終わったら口にチャックしてお家へ帰ってしまえばいいのに。


 そんなことを思っていると、耳に付けていた小型無線機から連絡が来た。


『もしもし……スオウちゃん、聞こえるぅ?』


 無線機をくれた本人、リアからだ。


「聞こえる。何か用事? ドラゴンならこの通り、倒したでしょ?」


『研究所からでも観測してるぅ。ソイツ、まだ息があるよぉ』


「……ベアドン。ソイツの頭、踏みつけよろしく。リア曰く、まだ死にきってないらしい」


「ん、そうか。ならば粉々にしておこう」


 ドシンッ……というベアドンの足音の直後。

 グシャアッ……という果実が弾けるような音が聞こえてきた。

 ベアドンが踏みつけたのだろう。私はその惨状をベアドンの頭の上から見下ろして確認する。

 予想通りの死体があった。何てことはない。


「もしもしリア、完全に頭を潰したけど」


『見てるよぉ、頭がぺしゃんこになる瞬間まできっちりとぉ。録画までしてるから見直しもいつでもできるよぉ。もちろん今からでもねぇ……うん、確かに完全に潰れたのにねぇ……』


「何が言いたいの?」


『コンピューターでの解析では、まだ生命反応が続いているんだぁ。それもどんどん溢れるみたいに増殖してるんだよぉ……』


 まだ死んでいない?

 そんなバカな。

 私はすぐにトカゲドラゴンの死体を見た。


 グチャグチャの頭部からは、脳ミソらしきものが地面に散らばっていた。目玉も両方飛び出てる。体もピクリとも動いちゃいない。


 完全に死んでいる。生きているならさすがにどこかしら動くはずだ。


「……死んだふりか? ベアドン、全身くまなく焼いて消し炭にしちゃって」


「わかった。放射するから少し熱いぞ」


 火炎弾ではなく、火炎放射。遠距離への攻撃だけでなく、焼却にも便利な技だ。

 ベアドンの頭に乗ってる私に、強烈な熱風が来ること以外は素晴らしい技だ。


「もしもし、これでどう?」


 肉や皮は炭化し、血も蒸発を始めたところでリアに確認の連絡を取る。


『リザード・タイプそのものからは、生命反応は消えてくれたよぉ。炎がトドメになったみたい……なんだけどねぇ、どうもおかしいことがある』


「なにが?」


『リザード・タイプの周辺から、ドラゴンの生命反応を感知してるんだぁ。あぁ先に言っておくけど、機器は万全の状態だよぉ。毎日、故障がないか点検してるぅ。もちろん今朝もしたのさぁ』


「じゃあなんでよ!?」


『さぁて、どうしてだろうねぇ。ちなみに反応は強くない、微弱なもんだけどねぇ無視するわけにはいかないからさぁ。でもうん……やっぱドラゴンには違いないんだぁ』


 そんなことを言われても、周囲にはもう何もない。

 生き物の姿は我々以外に見当たらない。寂しいことに、鳥一匹空を飛んでない。


「どんなに探してもドラゴンなんかいない。死んで黒焦げなヤツならベアドンの足元に転がってるけどね」


『だからぁ、それ以外……』


「計器の故障でしょ、まさか意地張って認めないつもり? だとしたら、つまんない意地張ってないでさっさと怪獣の死骸を片付けたらどう?」


『……ホトケダが回収班を向かわせた。ちなみに当人も同乗してる』


 口ぶりから察するに、まだリアは指示と飛ばしていなかったのかもしれない。


「そりゃ有能な部下をお持ちだね」


 そうだとしたら、リアがドラゴンの反応に不安がっているから、見かねたホトケダと回収班が先走ったってトコだろう。


「んー、リア様は人望がないのかなァ?」


『……ベアドンとスオウちゃんは帰ってきていいよぉ。でも油断はしないようにねぇ。勝って兜の緒を締めよって諺があるようにさぁ』


「チッ、ノリ悪いな……いいけど。じゃあベアドン、私のことよろしく」


「わかっている……もう噛まれた脚が痛い、すごく座りたい」


 リアめ、煽ってやったんだから怒ってこい。

 無視するのが一番面白くない。

 ちょっと話でもしてやろうかって気分だったのに、ガッツリ削がれた。


「スオウよ、先程のやり取りは性格が悪いぞ」


「やかましいんだよ熊のクセに。人間のコミュニケーションの取り方を知ってるっての?」


「人間のコミュニケーションなど、どうでもいい知らん興味もない。だが感情はそれなりにわかる」


「獣の感情なんて原始的でしょ。人間サマの複雑で難解な感情を理解できると?」


「スオウだって、出来ちゃいないだろう」


 気に入らない答えだ。すごく嫌だ。

 なので私は会話を放棄する。

 子供っぽいとか言われるかもしれないが、ベアドンに大人の対応などする必要もない。


 そもそもまだ子供にカテゴライズされる年齢だし。

 困った白髪が多いけど。


「……ん?」


 ゾゾッ……と何かが動く音が聞こえた。

 下からだ。ベアドンの足元の辺りから聞こえた気がする。


 私は身を乗り出して確認する。

 見えたのは返り血に濡れた脚。噛まれた傷が残っていて、見てるとこっちも痛くなってくるような傷だ。

 それ以外には気になるモノは何もない。

 

 ということは、気のせいだったのかもしれない。

 まさか幻聴だろうか?


 信じたくないが……幻聴が聞こえだしたのは、きっとストレスのせいだろう。

 リアのとこに乗り込んで、ストレス対策の待遇改善の訴えを聞いてもらうとしよう。

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特オタ怪獣ベアドン 有機的dog @inuotoko

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