第11話 始まりエピローグ

「話しかけてくんな役立たずのボンクラめ。私がベアドンに連れてかれて戦ってた時、アンタは何をしていたの?」


「リア所長の補佐だ。援護射撃を提案したが彼女に拒否されてな。君の目には何もしていないように写っていただろうが……裏方でいろいろとやっていたさ」


「援護……それをリアが拒否しただって?」


 そういえばそういう気の効いたことをされた覚えがない。戦いの場にあったのは、ベアドンの奮闘と私の的確な指示だけだ。


「通常の兵器ではドラゴンを殺せない。そう言っていた。ドラゴンの体表には視認不能の、マナによる障壁がある」


「初耳」


「ベアドンの持つマナの力を直接叩き込むしか、障壁を破る手段はないそうだ」


「初耳だよ!」


 説明不足が過ぎる。


「まったく、ちゃんと事細やかに話してやらねばダメじゃないか……」


 ホントだよ……うん?

 誰が喋った?

 私でも、目の前のホトケダでもない声だ。


「あんまり冗長なのもよくないが、まったくナシよりずっといい」


 私は周辺をキョロキョロと見てみるが人は皆無。

 人はいなかったが、熊のぬいぐるみ……テディベアが廊下の真ん中にポツンと置かれていた。


「あのテディベア、置いたのはホトケダ?」


「違う」


 不自然に存在するテディベアを、私は凝視する。

 あんなの、いつからあそこにあった?


「映画を観て学べ。名作も駄作も分け隔てなくな。そうすれば、どれほどの説明量が適切かわかるはず……あぁだが朝の特撮ヒーローの映画は参考にするな。例外はあるが……ああいうのは基本的に設定を知ってるヤツが観るものだからな……」


 テディベアが何かぺちゃくちゃ話ながら立ち上がり、こちらに向かってテチテチと歩いてきた。

 もうこのくらいじゃ驚かない。そして何となく察しがついた。


「もしかして……否、もしかしなくてもそこのテディベアはベアドンだろオイ」


「その通りだ」


 ホトケダが頷いた。やっぱり正解だった。


「話の腰を折るな馬鹿が」


「折るに決まってんだろ。なんだその姿」


 ちょっと土の汚れが目立つが、ずいぶんと可愛らしい赤毛のテディベア……見れば見るほど本物のテディベアにしか見えない。


「ベアドン・ぬいぐるみ形態……とドクター・リアは呼称している。これも知らなかったのか?」


 専門店に展示されてるようなこの立派なテディベアの正体が、あの獣臭くて可愛いげの欠片もない粗暴なベアドンだと言うのか。


「……マジでなの?」


「あぁそうだ。ベアドンは自分の身体の大きさを変えることができ、さらにちょっぴりならば姿も変えられる……ぬいぐるみっぽくなるだけだがな」


「ホトケダ、『おすわり』」


「ぬっ……がっ!?」


 急に他人を見下ろしたくなったから、ホトケダを使うことにした。

 私の理想通りに頭を下げて平服してくれている。

 リアから教わっておいてよかった。


「アンタの上司に文句を言いたいからさ、空いてる時間を聞いて、私に知らせて……いいね?」


「イエス……サー」


 ずいぶんと苦しそうに言ってくれたな。

 快諾してほしかったのに不愉快だ。

 積もり積もった不愉快分もコイツにぶつけてやるとしよう。


「ぐっ……」


 私は平伏しているホトケダの背中に座ってやった。椅子の代わりだ。座り心地はなかなかいい。

 座るだけで優越感を味わえる椅子、ぜひ世の中に流通させるべきだ。


「……何ジロジロ見てんだよぬいぐるみ」


「ドクター・リアの言ってた通り、良いのは本当に見た目だけなのだなって……抱いてた一抹の希望が今まさに消え失せたんだ」


「喧嘩売ってるね」


「今俺はガッカリしているんだぞ。喧嘩などするつもりになれんよ」


「……チッ」


 ここ最近、舌打ちの回数が増えた気がする。このままだと癖になってしまいそうだ。


「アンタのその状態、なんか利点があるの?」


 姿形は紛れもなくぬいぐるみ。手も足もモフモフで細かな動きはできなそうだ。

 尻尾もちゃんとあるため、それでバランスをとって二足歩行しているようだ。


「日常生活に紛れ込めるようになる」


「利点じゃねーじゃん」


「怪獣といえば人間の生活の一部に溶け込み、機会が来たら正体を現すという黄金のパターンがある。それができるかもしれない……つまり、この姿の利点は可能性なのだよ」


 意味不明。

 何を言っているのかサッパリ理解できない。


「その黄金パターンとやらは……悪役怪獣のものではないか?」


 ホトケダ……もとい椅子が急に喋りだした。


「おい椅子、誰が喋っていいと?」


「いや、言わせろ。喋らせるんだ、意見を聞きたい……いや聞かせろ!」


 予想外。なんかベアドンが食いついてきた。


「じゃ、喋っていいよ」


 すごく聞きたそうだったので、椅子(元ホトケダ)に喋ることを許可することにした。

 

「ご存じの通り、人間の生活……文明社会にいつのまにか紛れ込む怪獣は、様々な物体に身を隠していることが多い。ぬいぐるみや日用品、観賞用植物などが定番だな。森や山とかの自然の中もよくある。最近よくある電子機器……ネットワークのなかにまで入り込むのも同類とみても間違いじゃないだろう」


「あぁ、怪獣は人間社会のどこかに潜んでいる。そして突然現れる」


「悪役として、ヒーローに倒されるためにな」


「貴様の薄っぺらで浅はかな知識では、それがパターンなのだろうが……特撮の広く大きな世界には様々な事例があるのだ」


「なに……?」


「人形や植物が怪獣だった場合、持ち主に対して恩義を感じる怪獣がいる。そして主を守るような行動をするのだ。自然の中に潜む怪獣も、ヒーローと共闘する、仲間となることだってある。電子世界でもヒーロー和解したり協力してくれたりする事例がある」


「なんだと?」


「お前のようなにわか知識で、怪獣を語るな。お前は俺を格好よく撮影し、ムービー風に編集すればよいんだ……この馬鹿者め」


「……くそッ!!」


 なんか勝ち負けがあったっぽいけど。判定基準がサッパリわからない。

 どういう喧嘩だったのかも、真面目に聞いてなかったからわからない。

 でもなんかベアドンが勝ったみたいだ。

 知らないけど。


「まさか椅子も特撮オタクだったとはなぁ」


「元はベアドンの世話係兼撮影係だった。おかげで好きでもない特撮の知識が深くなっていったんだ。君が来るちょっと前に、しんどくてリアに交代した……」


「ふーん……」


「だが、椅子にされるとはな……まったく、リアと関わってからろくなことがない」


 元殺人鬼の落ちぶれ方が異常すぎる。どういう人生を歩んでいくんだろうとちょっと期待してしまう。


「ところでスオウ、お前は食事をしに行くんじゃなかったのか?」


「あぁそうだった。じゃあ、椅子もういいや。御苦労、失せろ」


 立ち上がって、すぐにホトケダの尻を蹴ってやった。ホトケダはちょっとだけ痛そうな声を発して立ち上がった。


「……では」


 他にも何か言いたげだったが、ホトケダはそのまま去っていった。気分がスッとした。感謝している、けど口にはしない。


「道、わかる?」


「もちろん。わからんのなら案内してやろう」


 ベアドンの案内により、数分後に食堂到着。

 サンドイッチにソーセージ入りサラダにコーヒーという贅沢な朝食にありつけた。


 ここに来る前のゴミのような朝メシに比べたら、とんでもなく贅沢なのだ。

 借金取りから逃げていた時期は、食事をすることすら難しかった。


 だからこうやって安全かつ清潔に食事ができるというのは、私にとって幸せなのだ。

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