第10話 ブチ抜き一発

 翼に大穴が開き、ドラゴンは吠える。大気に凄まじい振動を引き起こした。

 人間で言うところの、悲痛の叫びなのだろう。

 私にはそう思えた。同情はしないが。


「アイツ落っこちてくる! 落ちたトコを前みたく叩き潰してフィニッシュ決めよ!」


「無論そのつもりだが、ヤツめ……何かしようとしているな」


 もう少しで地面に激突する。そのままなら背中からドカンといくはずだ。

 だが奴は、そのままにならなかった。


「姿勢を変えた!?」


 ドラゴンは空中で身をひるがえし、頭部をこちらに向けてくる。

 やたらガッツのあるドラゴンのようだ。迷惑だから諦めてくれ。


 ガッツがあるなら熱意も戦意も未だに燃え尽きちゃいないらしい。

 ヤツは火炎弾を放ってきた。


「ベアドン!?」


 不意を突かれた私は、大声でベアドンの名を呼んだ。

 焦ったせいで、私を守れという意味の言葉を入れ忘れてしまった。


「フンッ」


 ベアドンの頭……つまり私のいる場所に飛んできた火炎弾を、ベアドンは右腕を振って弾き飛ばした。


「……守ると言ったろうが。この程度のことでうろたえてるんじゃあない、みっともない」


「え!? ゴメン、朝メシは何かなぁって考え事してた! だから聞いてなかったし、うろたえてなどいないし!」


「苦しい言い訳だな」


 言い訳じゃないし、マジで気になってるし。

 適当なことを口にしてんじゃない。


「そんなことよりも、アイツを見ろって!」


 これ以上の言及を避けたいからとか、そういう思惑は一切ない。

 ドラゴンが無事に着地したから、それなりに危機感をベアドンに持ってほしかったから言った。


「翼を焼いた。もうヤツが空を飛ぶことはない。フィジカルはそれなりなようだが、驚異と認めるほどではないな。安心して俺にしがみついていろ」


「最後の一言いらねーんだよ」


「落ちるなよ?」


 ベアドンはドラゴンに向かって進みだした。

 ちゃんと断りを入れたのは誉めてやってもいい。


 ドン……ドン……ドンッ……ドンッ……。

 ドッ……ドッ……ドッ……ドッ……ドッ……。

 ドッドッドッドッドッ。


 最初はゆっくりだったが徐々に速くなっていく。

 まるで和太鼓の演奏……いや、それの十倍は体の奥に振動が響いてくる。自分が音そのものみたいだ。


「BEAAAAAAAAAAAA!!」


 私は両手でしがみついているんだから、当然耳を塞げない。その辺を考慮して吠えてほしい。

 そもそも何のための咆哮なんだ。

 今する必要ないだろ。無駄に吠えんな。


「DORAAA!!」


 負けじと吠え返してくるドラゴン。

 わかりやすい虚勢だ。ドラゴンの心理など知らないが、今のはわかった。


 炎がドラゴンの口から漏れだしている。きっと攻撃の予兆だろう。

 だが今、そんなのは気にしなくていい。


 すでに間合いに入っている。

 ベアドンの手が届く距離にある。


「やっちまえ!!」


「BEARRR!!」


 ベアドンの右腕が、ドラゴンの頭部に直撃する。

 正確には口に。


 ドジャアッ……!!


 漏れていた炎を、無理矢理押し込んでも勢いは衰えることはなく。

 ベアドンの右腕はドラゴンの後頭部まで達し、貫通した。


「……やった?」


 頭にベアドンの右腕を差し込まれたドラゴンは、ぴくりとも動かない。


「やったさ」


 それなら安心。

 でも一応、自分の目でしっかり見て確かめておきたい。


「……グロッ」


 ベアドンが右腕を引っこ抜いた直後の惨状を見てしまった。


 思った以上だったので、本心がうっかり口に出た。

 頭がグッチャグチャのメッチャクチャ。

 腕を抜いたせいか、貫通していた時よりヒドさが増している。

 恐ろしい風貌のドラゴンが、別ベクトルで恐ろしくなっていた。


「そういうことを言うな」


 なんだ?

 死んだヤツに無礼とか言っちゃうタイプか?


「気分が削がれるだろう」


 違った。

 まぁ実のところ、そういう生真面目なタイプではないと薄々わかってはいた。確信に変わっただけだ。


「何の気分が削がれるっていうの?」


「怪獣は素晴らしい存在だなぁと、一人でたっぷりと誇っていたい気分だ」


「……ふーん」


 自己陶酔が激しめな熊の怪獣は、ゆっくりと研究所の方へ戻っていく。

 数分も経たずに、研究所の前に到着 ベアドンは頭に乗っていた私をバルコニーに降ろした。昇降は左手を指定した。ベアドンの右手は現在、血まみれであるためだ。乗ったら靴が汚れる。


「お疲れさまぁ、スオウちゃん。朝食は部屋に用意してあるよぉ。今日はゆっくりと休んでぇ」


 バルコニーにはリアが待っていた。私が降り立った瞬間に喋ってきた。


「今日はって……ドラゴンは一日に一匹だけしか来ないの? 複数の同時出現とかもない訳? そういうのがあったら私、その時になったら……」


「大丈夫だよぉ。時空の裂け目はぁ、ドラゴンみたいなデカブツが出入りするには狭すぎだしぃ……」


「時空の裂け目? なにそれ?」


 なんか聞き覚えがあるような……気がする。


「あれぇ言ってなかったっけぇ? ドラゴンは研究所の近くに出現するぅ時空の裂け目から出てくるんだよぉ」


「聞いてない。そもそもドラゴンって生き物が何なのか聞かされてないから」


 一番最初にドラゴンを見たときに、すっごい早口でベラベラと説明された気がするが……実際どうだったっけ?

 私その時は極限状態だったので、詳細なんか覚えてない。話を理解できるような状態じゃなかった。


「まぁそういう話は中で聞くよぉ。ベアドンはぁドラゴンの死体回収よろしくぅ。終わったら休んでねぇ」


「了解だ」


 不満を言うことなくベアドンは指示に従うために振り向いて、ゆっくり歩いていった。


「死体、ケッコーなグロさだけど……どうすんの?」


 頭部は完全に肉塊。片翼は炎で焼かれている。

 専門家じゃないからわからないが、あまり良い状態ではないと思う。


「どんな状態であれぇ研究サンプルだよぉ。もちろん綺麗ぇなのが望ましいけどねぇ……それで、やることなんて想像ぉできるでしょ?」


「そりゃ……まぁ、ね」


 ドラゴンを倒すための秘密研究組織。

 まるでアニメか映画にでてくる敵の軍団みたいだ。

 なんかあんまり良いことって思えない。


「嫌そうな顔だねぇ。でも死体を解剖ぉして調べたり実験したりしてドラゴンを学んでるからぁ、スオウちゃんに説明ぇができるんだよぉ」


 私が何か言っても、たぶん感情論になる。

 リアの意見に口出しするには、あまりに幼稚。


「あぁ……うん。おっしゃるとおりですよ。私が悪うございました」


 だから素直に謝っちゃうことにした。

 別に反省なんかしちゃいないが、表面は取り繕っておく。


「いやいやぁ、そんな心のこもってない謝罪は結構だよぉ」


「……とにかくもう絶対に大丈夫ってことで、信じていいんだよね?」


「絶対とまでは保証できないなぁ。ドラゴンについて全てがわかってる訳じゃないんだからさぁ」


「じゃあさっさと調べてわかるようになってよ。私は疲れたからメシ食って寝る」


「食事は食堂でお食べになってねぇ」


 手をヒラヒラと振るリア。振り返すほど仲良くなったつもりはないので、私はささっと中に入った。


 屋内に入ってからボチボチ歩いて気がついた。

 そういえば私、食堂の場所を知らない。

 自室から用事があって出歩いたことなどない。そういう時間もなかった。

 だがたかが食堂。適当に歩いていれば見つけられるだろう。


「こんなところで何をしている?」


 突然、背後から声がした。

 男の声。振り向かずともわかる。がっつりと印象に残ってしまっている。


 ホトケダだ。

 頼むから消えてなくなれ。

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