第9話 こだわり

 重量の差はいかんともしがたい。直接組み合ったなら重い方が有利だ。

 まぁ技で差を埋めることも可能ではあるが……今、ベアドンと組み合っているドラゴンという生物に柔道など格闘技の心得があるとは思えない。


 思いたくない……本当に思いたくない。

 背負い投げとかベアドンが喰らったら、私は落っこちる自信があるのだ。


 五十メートルの高さから落ちたらほぼ確定で人は死ぬ。

 例外などない。あったとしても起きる確率は天文学。期待しちゃいけない。


 組み合い、ベアドンとドラゴンは静止していた。

 だがまったく微動だにしない訳ではなく、かすかにググギギッと音が聞こえてくる。


「どうしたこの熊! さっさと潰しちゃえよ!」


「……思いの外、このドラゴンは力が強い。胴長短足のわりにはよく食らいついてくる」


「だったら火の球でも吐けって! ヤツの方がちょいチビなんだから頭にぶつけてやんな!」


 そうすれば大ダメージを期待できる。ドラゴンだって頭をやられれば痛いはずだ。


「ルール違反だと思う」


「なんのルールに反してるって言うの!?」


 実に衝撃的な返答だった。


 こんな状況にルールも何もあるものか。勝たなきゃいけないんだったら何してもいいはずだ。


「怪獣は組み合っている時は、基本的に遠距離技を放たないんだ。正々堂々、力比べをして……」


「だったらァ! さっさと投げ飛ばすなりして距離を離せよォ!」


「うるさいヤツだな……む?」


 ベアドンが何かに気がついたようだ。

 私は何が起きてもいいように、ベアドンの頭からうなじの辺りに移動。

 しがみつきつつ身を小さくする。


 ……ボジャア!


 頭までしっかり身体を丸めこみ、ノミみたいになりながらも、今の奇妙な音はちゃんと聞こえた。

 そして音が聞こえてすぐ、ベアドンは何故か後ろに下がった。

 頭を手で覆っていたから下がる原因を見てなかった。


「何が起きた!?」


 縮こまるのをやめて、私はベアドンに問いかけた。


「あのドラゴン、俺の顔に火を吹きやがった……ナンセンスなことを」


 相手は敵。こっちのルールに、丁寧に合わせてくれるはずはない。

 だから敵にチャンスを与えてはいけないのだ。


「だからやっちまえって言ったんだ」


「うむ。だが俺は俺のルールを……信念を曲げたりはしない。ちゃんとしがみついていろ、こっからが本番だ」


「本番?」


 私は敵のドラゴンの様子が気になって、ベアドンの頭の上に移動した。


 その直後、ドラゴンの大きな口から火炎の砲弾が発射された。ベアドン頭部……つまり私も巻き添え。


 私が悲鳴を上げる間もなく着弾してくるだろうスピードにもう絶望するしかない。

 恐怖で思わず目を閉じる。


 すると過去の記憶が映画みたいに、まぶたの裏側に映し出されていく。

 これが走馬灯ってやつなのかな。


 ボジュ……ドバァン!


「なっ……何が!?」


 衝撃が音となって私に届く。そのせいで走馬灯が遮られた。


「俺が腕でヤツの火炎弾を打ち払っただけだ……見ていなかったのか?」


「目ぇ閉じてた」


「それは恐怖でか?」


「……そうだけど、文句ある?」


 人として普通のリアクションだったと思う。

 わざわざ問うまでもなくわかることだろうに。

 もしかして、怪獣だから人間の感情が理解できていない……とかだろうか?


「文句はない、命の危機など生き物ならば何だって怖いものだ」


 あぁ、それなりに理解できてるっぽい。

 たぶんだが、リアの教育があったのだろう。

 研究所にいるんだから、人間に詳しくても不思議じゃない。


「DORAAA!」


 なんてことを考えていたら咆哮が響いてきて、その主であるドラゴンからまた火炎弾が発射された。


「……また炎が来てるよ!?」


 危険を伝える。

 だがベアドンは動じない。

 

「命を奪われるという恐怖は、もう金輪際しなくていい。安心していろ」


「どう安心しろって!?」


 ベアドンは行動で示した。

 先程と同じように、ドラゴンの炎の球を毛むくじゃらの大腕で弾き消したのだ。


 ……何で毛が燃えないのかあとで聞いてみよう。


「特撮の原点にして頂点である、あの大猿のことは知っているだろう」


「なんの話?」


「彼は美女に一目惚れし、いかなる危険からも美女を守り抜いた。最期まで美女の心を掴むために……必死で戦い、生き抜いたのだ」


 あ、その映画知ってる。

 世界で一番有名な大猿の映画だ。

 リメイク版は観た。3時間半もある長いヤツだ。


 だけど最初の白黒バージョンは観たことはない。古すぎて観る気が起きないからだ。


「最期は人の文明が生んだ武器に殺されてはしまったが、俺はあの大きな彼を尊敬している、彼のようにありたいと思っている」


 私の中のあの大猿の印象は、美女に付きまとう厄介なストーカーなのだが……。

 それを正直に言ったらベアドンはぶちギレそうだ。


「だからスオウ」


 私が余計なことを考えていた今の時間も、ドラゴンからの火炎弾は止まなかった。


「お前のことは、必ず守り抜く。怪獣として約束する」


 ベアドンはその全てを、何故か燃えない毛むくじゃらの巨大な腕で、バシュンッバシュンッ……と打ち払っていった。

 ズン……ズン……と前に進みながら。


「バケモンが約束なんて……意外に面白いことを言うじゃん」


 嘘をつくのが日常。約束なんて反故にされるのが当たり前。

 人間ですらこんな有様なのに、人間ですらない怪物との約束など大して期待していない。


「怪獣は約束を必ず遵守する。約束を果たすために動く……突き進むのが、怪獣だ」


 気がつけば、ベアドンの腕が届く範囲にドラゴンがいた。どちらも射程圏内だ。


「DOR……」


 ドラゴンは炎を吐くのを止めた。有効打にならないと学んだらしい。

 ベアドンの頭の上から身をちょっぴり乗り出し、ドラゴンの眼をちらりと見る。

 私が見る限り、ヤツにはまだ戦意はあるみたい。

 だから、別の手段の攻撃があるということだろう。


「DORGURARRRRRRRRR!!」


 ドラゴンの咆哮。


「BEAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 ベアドンの咆哮。


 両者の叫びが島中にこだまする。

 私はとっさに耳を塞いだが、反応が遅れた。耳の中と頭がギンギンする。痛い。


「BEARRR……!」


 背後から熱気を感じた。

 ヤバイくらい熱い。


 ベアドンの背中にある水晶が熱を発しているのだと、振り替えって見なくてもわかる。


「ヤツを仕留める……強めのをやるから、俺にしっかり掴まっていろ」


「こんな熱いの嫌なんだけど!」


 私の抗議には無視を決め込み、ベアドンは正面にいるドラゴンだけを見ていた。


 ドラゴンの方は背中の翼を大きく広げ、今にも飛び立とうとしている。


 何をするつもりなのだろうか、と予想を始めた瞬間に、ドラゴンは翼を羽ばたかせ宙に浮いた。

 浮いたことで、手足に鈍く光るナイフのような爪がはっきりと見えた。


 ドラゴンの手足は今まで地に着いていたから……

そんなところまで気にしてなかった。

 まさか、あんなに恐ろしげな武器を隠し持っていたとは。


 きっとあの爪での攻撃を狙っているのだろう。

 空中での機動力を活かしたヒットアンドアウェイか、それとも弱点を一撃で貫く戦法か。


 どちらにせよ、ベアドンには不利だろう。

 どう見ても、ベアドンは空を飛べそうにない。

 空中にいる敵を倒す手段は火炎弾。一撃で仕留めねば、おそらくジリ貧となる。空から一方的にやられるだけだ。


「飛ぼうとも、俺は外しはしない……俺は眼が良いからな」


 自慢を披露するようなウザい声が聞こえた直後に、ベアドンの口から火炎弾が発射された。


「熱いッ!!」


 放った瞬間まで抜かりなく熱かった。


 ベアドンが放った火炎弾の軌道は、空を飛ぶドラゴンの右の翼を焼き抜いた。

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