第8話 ベアドン
私がリアに連れてこられたのは、三階にあるバルコニースペースだった。
またここで怪物の戦いを観戦しなければならないらしい。
「緊張してるぅ?」
何故だか楽しそうなリアが問いかけてくる。
どうやったら長時間も笑顔を維持できるのか、いつかコツを聞いてみたい。
「そこそこ……昨日の今日でやって来るドラゴンは暇なの?」
「さぁねぇ~、むしろ忙しいんじゃないかなぁって思うんだけどっ……と通信がぁ失礼」
リアの耳には、補聴器のような小さな機械があった。それを触って話し始めたから、きっと通信機なのだろう。
一分もしないうちに通信は終わったようで、リアは私の方を向いて話始めた。
「ドラゴンの形状は前回と同じぃ、オーソドックス・タイプと断定ぇ。現在、ドラゴンはこの島の上空をグルグルと旋回しているだけぇ……って頼れる仲間から通信が来たよぉ」
「そんなことを私に言われてもね、どうしろと?」
「どうやらあのドラゴンはこっちを様子見してるっぽいからぁ、その間に少しでも事情をスオウちゃんに話しておきたいかなぁって」
「事情?」
「この『ルリミゾ研究所』の地下深くには、ドラゴンが狙っている『マナ』というエネルギー物質が大量に眠っている」
いきなり真面目な口調で訳の分からない話をしだすな。唐突すぎて頭に入ってきにくい。
相づちを下手なりに駆使しつつ、頑張って話を理解することに努めてみよう。
「ドラゴンの体内には『マナ』を生成する器官が存在する。だがそれだけでは、供給量が足らなくなることがある」
「へぇ」
「ドラゴンが万全に活動するには、『マナ』が大気中に蔓延していなくてはならない。だから奴ら、この場所を狙ってるんだ」
「ふぅん」
「地下の『マナ』格納庫を破壊し、『マナ』を解放するためにね」
「……なるほど」
なんとか眠らずに聞けた。内容をすべて理解したとは言いがたいが、それなりに大まかに理解した。
「つまり、ここ『ルリミゾ研究所』は人類生存の要で、なおかつ絶対的なデンジャーゾーンということ?」
「うん。それだけ理解してくれれば、今はいいよぉ」
何がいいものか。
今すぐにでも、逃げ出したい。こんなところにいたくない。
「……ぬぅ、本当にクソだ」
だがここを出て行って、待っているのは悲惨な生活だけだ。
「朝御飯はこの騒動が終息したらにさせてねぇ、そのぶん豪勢なメニューにしとくよぉ」
タダで食事が提供される。
とても幸せなことだ。
何より、あのベッドでまた眠れる。
それだけでも、私がここに留まる理由にはなる。
同じようなクソなら、少しでも栄養がある方のクソに行く。
「じゃあ……話したいことも話し終えたしぃ、そろそろ準備しよっかぁ。ドラゴンもいつまで空を飛んでるかわかんないしねぇ」
「準備って……私は何かやることあるの?」
「もちろんだ。俺の女よ」
突然、私の胴を毛むくじゃらのゴツい何かが包み込んでくる。
よく見るとそれは熊の手だったので、私を掴んだ馬鹿など、手の主を見なくてもわかった。
「ちくしょうベアドンこのクソが! どっから沸きやがった!? それと俺の女ってなに!?」
「怪獣とは神出鬼没。怪獣の真の恐ろしさとは、その隠密性にある。どんな巨大さでも、怪獣は捕捉されない……されたとしても振り切れるのだ、スゴいだろう怪獣は!」
「黙りやがれ!」
質問したのは私だが、黙れという権利も私にあると思う。
私の質問には一切答えず、ひたすら持論を展開された。誰だって言いたくなる。
「ちょうど俺の手が届くところにいてくれて助かった。このバルコニーを設計した者に祝辞を述べたいな」
水晶を背負った五十メートルの赤熊は、何故か私を頭の上乗せた。
「いってらっしゃーいねぇ」と気の抜けるようなリアの声がかすかに聞こえた気がする。
いや、それよりも大事なことがある。
「何するんだよ! 私はただのアンタの応援係なんだろ! そんで俺の女って発言は何!?」
「特等席だ。大丈夫、安全は保証する。特撮における善良な怪獣は、女子供と心を通わし共に戦うものなのだ……」
「話が違う! あまりにも!」
噛み合わないというか、なんというか。
こういう時、普通ならばお互いに一旦落ち着く。それから仕切り直す。
だが相手は人間ではなく、私も平静ではない。仕切り直すのが非常に高難易度だ。
「俺の女、何も違ってはいないぞ。役割はすでに聞かされているはずだ」
「アンタのことが理解不能なんだよ!」
「怪獣に付き添う人間は、怪獣だけを信じて見ていればいい」
そんなことはリアから聞いていないぞ馬鹿野郎。
応援だけしていればいいって言われただけだ!
その他、色々と文句を浴びせてやろうと思ったけど、それは叶わなかった。
「どっ……ドラゴンがこっち見てんだけど! 飛んでもくるんだけど!」
悲鳴をあげかけたが、ベアドンが身体を揺らしたことで遮られた。情けない声と引き換えに、ちょっぴり舌を噛んだ。痛い。
「またオーソドックス・タイプか。両手両足もあり、翼もあるのは結構。ドラゴンとしての記号を残さず持っているな……だが、やはりダメだ」
前と同じようにドラゴンはベアドンに空から直進してくる。
前と違うのは、私自身がベアドンの頭にしがみついていることだ。
「降ろせ! 私をここから降ろせ!」
「わめくな。突撃してくるなら迎撃する。落っこちないよう配慮するが、お前も努力しろよ?」
背中の水晶が赤色に輝きを放った後すぐに、口から火球が発射された。
「ひぇ! アッチィ!?」
熱波が私に覆い被さってくる。火傷するほどの熱ではないが熱いことには変わりない。
私は体がすぐに冷めるよう願いつつ、火球の行方を探した。熱がってたら見失ってしまったのだ。
「熱かったんだけど!?」
「耐えろ、じき慣れる」
「ドラゴンどうなった!?」
「避けられた」
「愚か者がァ! 仕留めろボケェ!」
私の役割はこの熊の応援。
ちゃんと覚えている。断じて忘れてない。
だからこうやって、喝を入れて奮い立たせようとしたんだ。
本当だ、嘘じゃない。
「昨日のよりも賢しいのか、あるいは反応がいいだけなのか……両方備わっているというのも可能性としてはあるな」
ドラゴンは私たちの前方百メートルくらいの場所に着地した。
私たちの背には研究所がある。
「よし今だ、私をリアのいるあそこに降ろせ」
「こうなっては、退くことはできないな。迎え撃つか、撃って出るかの二択しかない訳だが……お前ならどうする?」
「知らん。逃げる。逃がせ」
「弱腰だな。俺を……ベアドンという怪獣を信じるのがお前の役目なんだ、しっかりしろ」
何をしっかりしろというのか。
しっかりしてほしいなら、ここから降ろせ。そうしたら、いくらでも信じてやる。勝つことを神に祈ってもやる。
「む、ドラゴンめが突っ込んでくるようだ。迎え撃ちに決定だな」
「私を降ろしてから戦えよォォォォォ!」
私の声には耳を貸さず、ベアドンは走り出した。
ドシンッドシンッとベアドンが走る度に、私の身には凄まじい揺れが襲いかかってくる。
酔いそうだ。それに口を開けたら確実に舌を噛み千切ってしまうだろう。だから声すら出せない。
「BEARRRRRRRRRRR!」
「DORAAAAAAAAAAAA!」
両者、咆哮しつつ突進。
そしてすぐに互いの巨体が正面からぶつかりあった。
「BEARRR!」
重量差によってベアドンがぶつかりあいを制した。
「DOR……!?」
対するドラゴンは、ぶつかった際の衝撃で動きを止める。
その決定的な隙をベアドンは逃さなかった。
ズガアァァァンと大きな岩石が落っこちたような音が響く。
ベアドンがドラゴンの頭をその大きな腕で殴り叩いたのだ。
規格外の巨獣同士の格闘戦が始まった。
ベアドンの頭にしがみついている私はもう、ひたすら神様に祈っていた。
死にたくないです助けてくださいって、みっともなさ全開だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます