第7話 価値観の相違
命は大事にするものだと思ってた。
他人に差し出すような代物ではないはずだ。
「え……いや、待って」
私はリアから銃口を逸らすため、下に向けた。
もしものことがあったら、一瞬で私は殺人犯だ。
「この命なんて対価にならない? スオウちゃんの身の安全と健やかな生活は、他人の命より重いんだね。ちょっと他に差し出せるやつ考えるよ」
「だから待てってば!」
命のレートがワケわからなくなってくる。
いや……命にレートなんて、あっちゃいけないんだけど。
「まったく、どういうつもりなの?」
「つもりもなにも、喋った事が全てだよ。信用してほしいから、命をあげるってこと」
「……ぶっとんでる発想ヤバすぎ」
言葉がそれ以上でてこない。
「そうでもない、このくらいは当然だよ。スオウちゃんの信用は何がなんでも得なければならない。ベアドンと守る人類の未来のために、関係は綺麗な状態じゃないとダメなんだ」
「……そうなの?」
「そうだよ。人類を守る戦士が、互いに疑心暗鬼だったらよくないでしょ」
命をかけてまですることなんて、この世のなかには存在しないと、私は思っている。
だけどリアは違うみたいだ。
信用なんて不安定で、いつ崩れ落ちるかもわからないようなのに命をかける。
そんなのはアレだ。
「馬鹿みたいだ」
信じてもらいたいがために、拳銃を私に渡してきた。そして殺していいとまできた。
本当に馬鹿みたい。アホらしい。
「リア、さては人と関わったことがないね?」
「いやいや、そんなことはないと思うけど?」
「人に信じてもらいたい……とりあえず私を懐柔する方法なんて簡単だよ」
親指と人差し指で小さな輪を作って、リアにしっかりと見せる。
「金だ。金さえあればいい。金を貰えれば、信用してあげる。命なんて重たいものはいらないし、チャカなんて物騒なモンもいらない」
私はリアに拳銃を突き返した。こんな危険物、いつまでも持っていたくない。
「そんなことで信じてくれると?」
「しぶしぶ……信じてあげるよ。私に改造なんかしないって。だから金は頂戴ね」
「見込み通り……変わってるねぇ。やっぱりスオウちゃんに改造なんかいらないねぇ。このままで充分面白いもんねぇ」
人を小馬鹿にしたような、ゆったりとした口調に戻った。真面目な喋り方から戻らなくていいのに。
「じゃ、スオウちゃんの自室に案内するねぇ。そしてそこにいるホトケダぁ、罰としてこの部屋の掃除しといてねぇ」
さっきまでの真剣な雰囲気はどこへやら。緩急の激しいリアのペースに、私は気後れしてしまう。
「スオウちゃんの部屋は四階の奥、これが鍵だよぉ」
私の顔写真が張られた、免許証に似たカードを渡された。
このタイプの鍵は使ったことがない。
悲しいことに、私はこういう最新の代物に追いつけてないのだ。
つまり機械オンチだ。認めたくはないが。
「ここでの身分証明証みたいなものだからぁ、無くさないでねぇ。万が一、無くしたらすぐに教えてよぉ」
「……わかった」
階段を降り、四階に到着。たかが一階下に、エレベーターなど使わない。
四階はまるで下宿屋のようだった。長い廊下の両側に五つの扉が並んでいた。
「右側、一番奥だよぉ。タマユラって表札もちゃんと付けてあるからぁ……じゃ、今日は疲れただろうからゆっくり休んでねぇ、おやすみぃ」
リアはそう言い残して去っていった。
確かに身体も精神もこれまでに経験したことがないほどに疲れきっている。
私は指示された扉の前に立ち、開け方を推理する。
すぐにインターホンの下のパネルを発見。
そこにカードをペタッとくっつけたら鍵が開いた。
うん……思ったより簡単だった。拍子抜けだ。
リアの部屋の扉みたいに、もっとテクノロジーが満載な感じかと勝手に思ってた。
扉を開けて、忍び込むようにゆっくりと中に入る。
そして部屋を少し見物。
中は十畳くらい。
結構広くてよろしい。
そしてユニットバスとトイレもある。
実によいではないか。
テレビもパソコンも冷蔵庫も洗濯機も乾燥機も、丁寧なことに簡易キッチンまである。
全部コンパクトなサイズだが使えれば何でもいい。
大まかに見ただけだが、生活に必要なモノは大体揃っていた。
それに何より嬉しいのはフカフカのベッドだ。ちょいと小さめだが寝るには充分。
私はすぐにベッドに倒れ、感触を楽しむ。
コンクリートの上とは比べ物にならない寝心地。
ものの五分ほどで、私は眠ってしまった。
とくに夢をみることもなく翌朝。
警報のもはや騒音とも表現できる、非常にやかましい音に目を覚まさせられた。
「ううん……寝させろって……」
いつぶりかもわからない布団での睡眠は、私にとって至福だった。だから二度寝したくなる。
心の底から思う。
もっとゆったり寝ていたい。
布団を被って警報に抵抗を試みるが、サイレンの音を防げなかった。
「クソ……」
天井をよく見たら、警報器があった。そこから音が鳴っているのだ。
こんな近場に音源があっては、布団程度の防御など貫通して聞こえてくるのは当然だった。
何かぶつけて警報器を壊して止めようと思い立ったその時、扉からかすかにノック音が聞こえた。
そしてサイレンでかき消されそうなっているが、リアの声も聞こえてきた。
「スオウちゃーん、初仕事ぉ。ベアドンが外で待機してるからぁ、急いで出てきてくれるぅ?」
「まず警報を消せ! うるさくてたまんない!」
「ん? あぁ警報か。おっけぇ、切るよぉ」
私の声も一瞬聞き取れなかったようだ。
今度からもっと音を小さく設定したらいい。
「……ようやく静かになった」
警報の音が止められたようで、私はホッとした。
あんな不安を誘う音がずっと鳴っていたら、間違いなく気が狂う。
「スオウちゃーん、お仕事ぉ」
二度寝してバックレてやろうかと思ったが、リアの指示を無視することは利口な行動ではないと思った。
あんまりリアに反抗しすぎると、何をされるかわかったものではない。
待遇が悪くなったりするのはマジで勘弁してほしいので、私は素直に扉を開けてリアと対面した。
「おはよぉスオウちゃん……ん、なんかちょっと匂うよ? ちゃんとシャワー浴びた?」
「あぁ、忘れてた」
私の状態は昨日のまんま。何も変わっていない。
「時間ないけど……シャワー浴びてきてぇ。その間に服を用意しておくよぉ。ベアドンは結構そういうとこにうるさいからさぁ」
「熊の化け物の癖に綺麗好きな訳?」
「とにかくスオウちゃんには綺麗でいてほしいみたいだねぇ……ほらほらぁ、パパっとお願いねぇ」
「はいはい」
リアに促されるまま、私はバスルームへと向かった。まともに身体を洗うのも、これまたかなり久しぶりだ。
やっぱり雨の中で垢擦り紛いのことをやるより、ずっとずっと心地がよかった。
シャンプーとボディソープのフローラルな香りを楽しんでいると、バスルームの外からリアの声がした。
「着替え、置いておくねぇ。しつこいようだけどスピーディに頼むよぉ」
私はとてもゆっくりしたい。
だが無視するのは後が怖い。
汚れを落とし、さっぱりした体を拭いた。
そして用意された服をとりあえず着用する。
薄手の白いシャツに深緑色のジャケット、そして黒のカーゴパンツ。
着てみたところ、何のことはない普通の服だった。
何かよくわからない仕掛けがあるんじゃないかと警戒していたが、特になさそうだ。
私は扉を開け、リアと対面する。
「うんうん見立て通りだぁ、似合ってるよぉ……その髪も染めないでいてくれたんだねぇ」
「あの熊の化け物は白髪だらけの私を可愛いって言ったんでしょ……すっごく嫌だけどそのままにしとく」
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