第6話 クリミナル・ペット
冗談だと思いたかったが、このホトケダという男の今の言葉には熱があった。
「いやホント、一回でいいんだ。それで絶対に治まるからさ」
「イヤらしい感じに聞こえる言い方しないでよ。それに人は一回しか人生過ごせないって、ご存じ?」
「知っているとも。だからいいんじゃないか、一度きりの人生を無意味に奪う……最高に興奮することだ」
共感できそうにない。
たぶんだけどしちゃいけない。
「さぁこっちへおいで。首を絞めてあげよう」
親が子供を撫でる時のような優しい声色で物騒なことを喋らないでほしい。
席を立ち、こっちにジリジリと寄ってくる。両手をクネクネと動かしながらくるその様子は、まさしく不審者だった。
「……誰か助けて!」
怖い人に出会ったら、大声で助けを求めるのが正解。
何事も自分の力で解決しようとしてはいけない、今までの人生で学んだ教訓だ。
「助けてくださぁぁぁい! きゃあああああ!」
「悲鳴なんか止せ。聞かれたらどうするんだ」
聞かせるためにやってるんだ。
でも密室では聞こえにくいかと思い、私は扉に向かって走った。
「誰か!」
扉をガンガンと叩いてアピールするも、反応なし。
開けようとするも、開かない。
「さっきウィインて開いたじゃん! 外からだけなの!?」
銀の扉はうんともすんとも言わない。スーパーとかコンビニの自動ドアとは違う方式で開くらしい。
こんなの不便だ。
「ありがたいぞドクター……気を効かせてくれたのか」
「アンタら、グルなの!?」
言動から予想するに、この扉はリアだけが開閉させることができるっぽい。
グルなのが本当なら、ちくしょう。
それじゃあ詰みだ。
「おい! リア! リア!」
だけどまだ死にたくなんかない。
一欠片の望みと恨みを混ぜて、私は彼女の名を叫んだ。
「さぁ、その命を……」
「助けてちょっとマジで!」
変態による魔の手が私に伸びてきたその瞬間、ガンガンと叩きまくっていた扉が開いた。
「……リアって呼び捨ては嬉しいねぇ、スオウちゅあん」
扉の先には、嬉しそうにしてるリアがいた。
私は恐怖を味わってたんだから笑ってんじゃない。
「ホトケダぁ、スオウちゃんを殺すのはナシって伝えたよねぇ? この娘は生きてることが重要なんだからさぁ……」
「む……そうだったか?」
「まったく、とぼけちゃってさぁ。もういいよぉ『おすわり』」
突然、ホトケダがその場に跪く。
「あ、が……ギギギッ……ギ……」
そしてネジ巻きのオモチャの動く音みたいな声を発し始めた。
もうマジで怖い。なんなのこの男。
「もう大丈夫だよぉ、そんなにビビんなくても平気になったからぁ……本当にごめんねぇ」
「何がどう大丈夫なんだっつーの……あと、ビビってなんかないし」
飼い主に待たされている室内犬のように床で平伏しているホトケダは、今もギィギィと呟いている。
どう見ても異常そのもの。大丈夫と思うことなど不可能だ。
「ホトケダはねぇ『おすわり』って言えばぁ、ああいうふうに無様になってくれるからって、伝えておけばよかったねぇ……ごめんよぉ」
「『おすわり』って……そんな馬鹿なこと、犬じゃないんだから」
現に頭を垂れて這いつくばっているが……信じるには無理がある。
ちなみに、ホトケダの晒している無様で滑稽な格好をみて、私の心はスッとした。
「犬より忠実になってるよぉ……大幅に脳みそ弄くり改造したからねぇ」
思考が凍った。
脳改造なんて耳慣れない極悪罪深ワードを聞いてしまったせいだ。
「……なんだっけ、非人道的だから禁忌になってる手術の名前……あぁ、ロボトミー手術だ」
「ロボトミーは前頭葉を切除する手術だからぁ、脳改造とはちょいと違う気がするねぇ」
そうかな……?
そうでもないな……同じようなもんじゃん。
「なんにせよ、外道も外道。鬼畜の所業」
私がやってきた軽犯罪なんて、リアの行いに比べたら児戯に等しい。
「ホトケダの頭に何を?」
「簡単な手術さぁ。脳埋め込みチップ……分かりやすく言うならぁ、電極を何個か脳に付けただけだよぉ」
「……自由自在に操れる?」
「それができないのは、スオウちゃんも薄々わかってるくせにぃ」
先ほどの彼の行動や言動には、彼自身のろくでもない意思があった。
自由自在に操れるとしたら、ホトケダに本人の意思などないはずだ。
「私はこういうこと言っていいほど出来た人間じゃないけどさ……ホトケダが可哀想だって思わなかったの?」
「ちっともさっぱり思わなかったなぁ。だってホトケダ、連続殺人犯のつまらないサイコ野郎だったしぃ。スオウちゃんも慈悲なんてかけないでしょ」
私だって、こんなクソ男に慈悲などかけるつもりは毛頭ない。
いや……違うな。
こういう話がしたいんじゃない。
言いたいことはあるが、うまく伝えるにはどうしたらいいのか、私は必死に脳を回転させる。
「どんなゲス野郎でも……いくらなんでも、脳改造ってのはやり過ぎだって。 非人道的と有名なところまでしなきゃいけなかった?」
リアがやったことは、人権を踏みにじるような行為だ。私にはリアが悪魔にみえてきた。
「あれあれぇ……優しい人みたいなことを言うじゃん、どうしたのぉ? パニックで混乱してるぅ?」
「常識というか、倫理に反する行いに口出しをしないのはダメかなって思っただけ……話を逸らすな」
「うーん……別に悪いことをした訳じゃないんだけどなぁ。脳改造程度のことをとやかく言われるとは思いもよらなかったぁ」
「アンタ、それマジに言ってる?」
今、程度ってリアは言った。
つまり脳改造以上のことを、色々しでかしてると考えていい。
「マジだよぉ。ドラゴンに人類が駆逐されようとしてるんだよぉ? それと比べりゃ、人の行いの全ては些末事さぁ」
話を大きくしすぎ。
比較対象に人類滅亡を持ってくれば、そりゃ些末事にもなる。
「納得できないって顔だねぇ、そのスオウちゃんの顔はさぁ」
「いいや違うね。アンタのことを信用できないって顔だよ」
「脳改造するようなヤツとはぁ仲良くできない的なぁ?」
「それも違う。私もホトケダみたいにされるって疑いがあるんだよ」
「そんなことしないよぉ」
「信用できないって言った」
目の前にリアの前科がずっと平伏している。
私もギィギィ言って、こんなふうにみっともない姿を晒すように脳を弄られる。
そんな疑念が心に渦を巻いている。
ついさっき仲間になることを了承したが、撤回したい。今すぐ逃げ出したい。
「……なるほど、そっか。スオウちゃんの気持ち、察したよ」
そんな親密な間柄になった覚えはないんだけど。
私が文句を言おうと思ったその前に、リアは私に近寄ってきた。
「これ、渡しとく」
右手にズシリと重く、黒いモノを渡された。
「……なんのつもり?」
拳銃だ。レプリカではないマジの代物だ。実物を触ったことがあるからわかる。
「装填はバッチリ。セーフティも解除してある。引き金を引くだけでいいよ」
リアは白衣を脱いだ。リアは下に着ていた薄手のシャツを整えた後、拳銃を持つ私の手を動かす。
「ここを撃てば死ぬ」
銃口はリアの胸部に。
彼女自身の手によって運ばれた。
「防弾ジャケットとか銃弾を遮るようなものはないって、銃越しの感触でも充分わかるはず」
「……それがなんなの」
「恐怖なんて、与える側になったら消えるよね。だからいつでも殺せるように道具を渡したの」
「だから、なんなのって聞いてるんだよ!」
思わず声を張り上げてしまった。
リアはクスクスと微笑んだ。
「気持ちを察してあげたんだから、こっちのも察してほしいな。殺したくなったら、いつでも殺していいってことだよ」
そんなことを察せられるヤツなんて、いるとするならエスパーの類いだ。高難易度にも程がある。
「スオウちゃんの殺意は全身全霊をもって受け止め、受け入れます。こんなふうに、抵抗しない。積極的に殺されにいくと誓います」
「いやいや……待って、どういう話になってる?」
「この命はいつでもあげるから、その代わりに信じてほしいなって話」
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