第5話 ホトケダ
「失礼する」
中途半端に長いボサボサ髪のアゴヒゲ男が、お盆にカップをふたつ乗せて部屋に入ってきた。
「お望みのコーヒーを持ってきたんだが」
「あぁ、ありがとぉ。ここに置いてくれるぅ?」
「承知しましたよっと」
ダンディな印象を受けるこの男、まぁまぁな男前だった。着ている黒のスーツも似合っていた。赤いネクタイが良い感じに映えている。
オシャレなオジサン、ファッション雑誌の創作物かと思っていたけど、実在してたようだ。
男は美しい動作で、コーヒーのカップをテーブルの上に置いていった。
「紹介するねぇ。この人は私の私兵の……」
リアが言い終える前に、男は私に握手を求めてきた。私はすぐにそれに応じた。
「はじめまして、俺はホトケダ・リュウバ。一緒に頑張ろう」
「私は……タマユラ・スオウです。えっと、よろしくお願いします」
少しぎこちない私の自己紹介。少し恥ずかしかったが、ホトケダさんは口角をあげて笑ってくれた。
「……ホトケダぁ、スオウちゃんに色目使おうとしてなぁい?」
「まさか、そんなことはしない。仲間を誘惑なんてしてたら、仕事に支障が出るだろう」
なんか話してるけど、特に関係なさそうだから真面目に聞かない。
今は私、コーヒーを味わうので忙しい。
ブラックの風味ってやつが、缶コーヒーと全然違う。ヤバイ、すごい感動してる。
「真面目だねぇ。真面目だからこそ、仕事を頼んじゃうわけなんだけどねぇ」
「次の任務か、何をしてほしい?」
「しばらくスオウちゃんのぉボディーガードをよろしく頼みたいなってぇ……いいよねぇ?」
ん? よく聞いてなかった、もう一回言ってくんないかな。
「彼女のボディーガードか……俺は構わんよ」
私の方を二人ともジーっと見てる。
ボディーガードをやるのがホトケダさんで、その護衛対象が私ってことか。
「専属のボディーガードを付けるってぇ言ったでしょ。彼がその役割なんでぇ、よろしくしてやってねぇ」
「よろしくって、ずいぶんと急でいきなり……」
「あぁ、この男はジェントルメンだからぁ、不埒なことは決してしないと断言するよぉ、安心してねぇ」
安心しろと言われましても。
そもそも私は何から守られるのかわからない。
ボディーガードってのも、世間一般のイメージ程度の知識しか持ってない。
「困惑しているようだが、別に四六時中くっついている訳じゃない。君の身に危険が迫っている時が、俺のメインの仕事だ」
「……そうなんですか?」
目上の男性に対しては敬語を使う。
私のなかでは常識だ。
「そうだとも。俺が君のボディーガードである限り、君の身は絶対に守ってあげるさ」
なんだこの男、カッコいいこと言っちゃって……惚れさせる気か?
そうなら……やめてほしい。
私は純情だから、コロッと惚れちゃうから。それに胸が苦しくなるし、迷惑だ。
ふぅ……と息をついて、コーヒーを飲もうとする。
だがすでにカップは空だった。
「ホトケダぁ、色目は使わないんじゃないのかぁ? 口説きに入ってるように聞こえるぞぉ?」
「何を言っているんだ? 俺は業務の真面目さをアピールしているだけだろうが、難癖やめろ」
「話してるとこちょっと失礼……コーヒーおかわり。今度は砂糖を入れて飲んでみたい」
緩んでいた空気が、さらに緩んだ気がする。
「……だってさぁ、ホトケダ」
「……俺はウエイターじゃないぞ。ドクターリア、あなたが持ってきてあげたらどうだ?」
「どっちでもいいから、はやく持ってきてよ」
「……スオウちゃん、なかなか図々しいねぇ。気に入ったよぉ、持ってきてあげるぅ。その間はホトケダに研究所のこととか聞いててねぇ」
リアは椅子から立ち上がって、部屋から出ていった。必然、部屋には私とホトケダさんのみとなる。
研究所のことって……何聞けばいいんだろ?
聞きたいことは山ほどある。だが質問の取捨選択がまったくできない。
「変人であるドクターリアに、ずいぶんと気に入られているな……タマユラ・スオウ」
しばらくの沈黙の末、ホトケダさんが口を開いた。
「えっと……スオウって呼び捨てでもいいですよ。フルネーム呼びは面倒でしょ?」
「ではそうさせてもらうよ」
男性に名前を呼び捨てにさたことは何回もあるが、ホトケダさんに呼び捨てにされるとなんか嬉しい。
「スオウは、類は友を呼ぶ……という言葉をどう思うね?」
「どう思うって……?」
リアが座ってた椅子にホトケダが腰かけた。構図が面接みたいだ。
「なぁに、他愛のない無駄話さ。ボディーガードとして、護衛対象のことをよく知っておきたいんだ……会話をしてね」
「左様ですか」
なんか緊張しちゃって言葉が変になった。
「どう思うと言われても……何と言えばいいかわかんないです」
「じゃあ……実感したことはある?」
「実感なら……まぁたまにって感じです」
本当はよく実感してるけど。クズにはクズが寄ってくるからね。ちょっぴり鯖を読ませてもらった。
「そうか……俺はない。特にドクターリアと出会ってからだ。類は友を呼ぶって言葉はデタラメだと思うようになったのは。デタラメでなかったら、俺も変人ってことになってしまうからな」
うっすらと笑うホトケダさん。
私は笑っていいものか、反応に困る。
「だけど、どうしてだろうな。デタラメのはずなのに、ドクターの周りには変人がよく集まる。声をかけずとも、集まってくるんだ。光に吸い寄せられる羽虫みたくな」
「へぇ……それじゃやっぱホトケダさんも変人ってことになっちゃいますね。フフフ……もしや自覚がないだけだったりして?」
そう言った瞬間、ホトケダさんの瞳が鋭くなった気がする。
もちろん今のは冗談だ。
いやほんとうに、マジに冗談のつもりで言った。怒らせるつもりなんて毛頭ない。
「自覚なかっただけで、俺は変人か、なるほど……なるほどな。君がドクターリアに気に入られた理由がちょっとだけわかった気がする。いい度胸してる」
怒っているのかと思ったけど、そんなことはないらしい。不安でドキドキだった。
「……誉め言葉として、受け取っておきます」
「だけどな……」
急に神妙な面持ちとなるホトケダさん。
「俺が変人てのは違うよな、どう考えても、真面目に仕事をこなしてる普通の人間だ。そんな俺をなんでドクターは雇ってるのか、不思議でしょうがない……俺はただの……普通の……大人なんだ……」
言葉がつたなくなっている。どこか調子でも悪いのだろうか?
息が荒くなっている。背中でも擦った方がいいかなと思い、私はホトケダさんの近くまで寄った。
だがホトケダさんに来るなと、手でジェスチャーをされた。
「いや……もう大丈夫。心配させてごめんね、それとビックリさせて申し訳ない」
「いえ……」
特に顔色も悪いようではない。素人目だが、大丈夫そうだ。
「どうもストレスが溜まってるようでね、最近は仕事ばっかだったからかな。ちゃんと息抜きしなきゃいけないね……趣味とかでね」
「趣味……ですか。どんな趣味をお持ちなんです?」
「殺しかな」
「へぇ……んうぇ!?」
驚いたせいで変な声がでた。
さっきから驚かされてばかりだ。
「ハハハ……さっきの冗談の仕返しですか?」
「ん? いや、マジだよ。俺、元々はテロリストってやつでね。海外を渡り歩いて、色んなテロに関わったんだ」
流れの料理人とか医者ならニュースとかでチラリと聞いたことがあるけど、流れのテロリストなんて存在自体知らなかった。
「色々殺したよ。白人黒人黄色人、女も男も子供も大人も老人も、金持ちも貧乏も区別せず。差別せず山ほど殺した、いやはや懐かしいな……」
私、同じ人と喋ってるんだよな?
目の前にいるこの男は、ホトケダさんで間違いない。どこかの誰かと入れ替わったなんてこともない。
「ねぇ、ちょっと頼まれてくれる?」
豹変ぶりに困惑していた私は、返事をどうやるか忘れた。だから首を縦に振った。
「……首、貸して?」
嫌だよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます