第4話 一目惚れ
綺麗に整えられた本棚ばかりの部屋だった。一般的な所長室というイメージとかけ離れている。
本棚にはファイルや分厚い辞書のようなものがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。一度取り出したら、二度と仕舞えなそうだ。
「コーヒーは少々待っててねぇ」
部屋の奥、見るからに安そうな長机を挟んで私とリアは座った。
「ちょっとなら怒らずに待てる。不味かったら怒るけどね」
「あーそれじゃ怒られちゃうのは確定だねぇ……どうせ怒られるなら、包み隠さず話すよ」
「あのベアドンってなんなの? ドラゴンってのにも説明を」
「さっき言ったこと以上には教えられないなぁ……今はね。でも安心してぇ。そのうち全部わかるよぉ」
「……じゃあいいよ」
最高に気に食わない解答だが、まぁ許す。
そう簡単に教えてもらえるものでもないだろうなって思ってた。
自身の研究所を国の暗部とかって口走ってたし。
きっと知ってはならないヤバいこともあるのだろう。
まぁ、そんなことは今はいい(あまりよくない)。
それより優先的に確認すべきことがある。
「私をここに連れてきた理由はなに?」
これこそが本題だ。コーヒーも目当てではあるが、一応ついでだ。
「ざっくり言うとぉ、ドラゴン共との戦いでスオウちゃんのことが必要だからぁ連れてきたんだぁ」
私の目をみて、リアはそう言った。
必要? 私のことが?
そんなことを面と向かって言われたのは初めてだ。
「私のことを監視してたんでしょ? どこらへんを必要としてんの? 借金? 体?」
自分がロクな人間じゃないことはわかっているつもりだ。売りになるような長所など、パッと思い浮かばない。
「その可愛らしい顔かな、その良い容姿が必要なのぉ」
「そんなの……リアでいいじゃん」
自分の容姿にまったく自信がない訳じゃない。キャバクラで働かされたことで少し自信がつけられた。
だがその自信は削られ減った。
目の前にいるリアは、遥か格上といった感じだ。ただ突っ立っているだけでも金になりそう。美しいリアを拝むため、貢ぐ男は途切れないだろう。
「それでなくても私より可愛い娘なんて、探せばいくらでもいるでしょうに」
「ベアドンが一目惚れしたんだよぉ」
「はぁ?」
「白髪まじりの小汚いスオウちゃんを可愛いって」
なんだと? 喧嘩売ってる?
いや……そこに食いつくのは今は違う。
ベアドンに一目惚れされただって?
「そりゃいったい、どういうこと?」
「どういうこともなにもぉ、言った通りだよぉ。ベアドンが一目惚れしたって言うからぁ、スオウちゃんを連れてきたのぉ」
「……依然として、どういうこと?」
そんなんある?
五十メートルある巨大熊に惚れられるって、馬鹿が集まって言い合うくだらない冗談みたいな話だ。
「納得も理解もできてないようだねぇ。じゃあ経緯から説明するとしよっかぁ……ベアドンは特撮が大好きなオタク熊でねぇ、ある日突然に女の子を要求しだしたんだよぉ」
「熊の癖に」
「それ同感……ベアドンは『人々を守る善玉の怪獣ならば、美しい女か可愛い女がいつも傍にいるものだぞ』とか抜かしだしたのぉ」
「意味不明なんだけど」
「オタクってマジわかんないよねぇ……ベアドン曰く、特撮のお約束というやつらしいよぉ。そんで白羽の矢が立ったのが、スオウちゃんって訳さぁ」
理由、大熊のベアドンに気に入られたから連れてこられた。
嘘みたいな理由だが、リアの声色や声のトーンなどを鑑みるに、どうやら本当らしい。
「連れてきた理由に関しては、納得してもらえた?」
「いいや、納得はしてない。そんなことよりベアドンは……可愛い女をいつも傍にいさせたいらしいじゃない?」
ベアドンはドラゴンに対抗する、意思を持った生物兵器。意思を持つということは、反逆の可能性もあるということ。
要望を聞き、反逆の芽となりえそうなものは潰しておく、当たり前のことだ。
ベアドンほどの巨獣が牙を剥いたら、甚大な被害となることは間違いない。
まぁ……その点の対策をしていないとは思えない。
だが保険は多くあった方がいいに決まっている。
つまり……。
「……私はアンタらの仲間にならなきゃいけないんじゃないの?」
「うん、そうだねぇ。これから勧誘をしようと思ってたところだよぉ。この『ルリミゾ研究所』はアットホームな職場だってねぇ」
「嘘クサッ……」
確実にブラックな職場だろう。そして凄まじくデンジャラスな所だ。
こんなとこの待遇など悪いに決まっている。
「えーっ、我々の仲間になった暁にはぁ……この研究所にある広めの個室を贈呈しますぅ。それと一日三食の食事とぉ、給与とは別に月二十万ほどのお小遣いをあげようと思いまぁす。さらに専属のボディーガードも付けてぇ、身の安全も確保して差し上げましょー」
「嘘でしょ……?」
ビックリするくらい破格の好条件だった。
住み込みというのも私にとっては好都合。住むところが実質ない状態だったからだ。
すぐにでも頷いてしまいたい。
だがそれは軽率な行いだ。
「……そこまでして私を仲間に引き入れたい理由が知りたい。私にそこまで与える価値があるの?」
ベアドンに惚れられたという、たかがそれだけの価値しかないであろう私。
利益など発生しないであろう存在にそこまで尽くすなど、普通に考えてあり得ない。
「……ドラゴンとの戦いは毎度毎度、命懸けなんだよねぇ。特にベアドンなんかはぁ最前線も最前線。たった一匹で立ち向かわなきゃいけないんだぁ……裏方で我々がサポートするけどねぇ」
協力して立ち向かう。
だがドラゴンと直接格闘するのはベアドンのみ。
巨獣の考えなどわからないが、人間に当てはめて考えてみれば、きっと孤独だろう……私なら逃げ出す。
「ドラゴンの撃退の成功はぁ、ベアドンに掛かっているんだぁ」
「そうだろうね」
「だから精神的なケアというかぁ、気分の向上も大切な訳よぉ」
私のことをジッと見つめるリア。なんか妙に艶かしいオーラをぶつけられている気がする。
「……私がいると、ベアドンがやる気マックスで必死に戦ってくれると?」
「そーゆーことぉ」
リアがパチパチと嬉しそうに手を叩いた。
馬鹿扱いされているようで腹が立つ。
「戦いってのは、やる気も大事。惚れた女が近くにいればぁベアドンも必死こいて頑張るって、アイツ自身がそう言ってたぁ」
人間の男ならそうかもしれないが、巨大熊にも当てはまるのだろうか。
まぁ先程話した感じ、当てはまりそうだった。
「それにベアドンが頑張ってくれれば、サポートする我らの士気も上がるってことぉ。一石二鳥ぉ」
「つまり私は応援係ってことね」
「そゆことぉ」
よくわからないが、何となく納得できた。
説明通りならば、私は思った以上に重要ポジションにいるようだ。
それならば確かに私のことを身を削ってでも仲間に引き入れたいだろう。
「うん……大体はわかったと思う」
「そんで、仲間になってくれるのかなぁ?」
リアの懇願の意思を含んだ視線に対して、私は下を向いた。
そして考える。
考えること、数秒。
「今の説明に嘘がないと誓える?」
リアは手を組んで神に祈るようにして、こう言った。
「神に誓って嘘ついてないよぉ」
ドラゴンとの戦いの時には安全な場所で応援だけしていればいい。
たぶん私の役割はそういうものだろう。
私はベアドンに必要な人間なのだから、きっと丁寧に丁重に扱ってもらえるはずだ。
「なら……いいよ。仲間になる」
業務内容とその報酬にまったく文句はない。
ちょっとの時間に応援するだけで、かなりの金とそれなりの自由が手に入れられる。
とても素晴らしいことだ。
「ありがとう、スオウちゃんならそう返事してくれると思ってたよぉ」
「……見透かしたような言い方、ムカつく」
「監視してたんだよぉ? そりゃある程度の予測はできるようにもなるさぁ」
嬉しそうに、ニヤリと笑うリア。
私は……どんなに最低な仲間がいても、金と自由のためならば耐えてみせよう。
衣食住を自分から捨てることなど、すでに愚かだと学んでいる。
「あぁ、そろそろコーヒーが来る頃だねぇ」
リアがそう言った瞬間、入り口の扉からノック音が聞こえてきた。
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