第3話 プロレス
「よろしくもクソもねーでしょうが、あんなのケダモノのバケモンじゃん、ドッカーンてするやつじゃん。何をよろしくってすりゃいいのか皆目検討つきませんねェ!」
「わかりやすくテンパってるねぇ」
熊らしき巨大生物と空から飛んでくるドラゴン。
この世の光景とは思えないようなことが起きているのだ。
こんなの見せられてパニックにならない人間なんていない、私がそうなんだから絶対そう。
「アイツを見事ぉ、撃ち落として見せてあげてぇ。この娘にアピールタイムぅ」
ベアドンというらしい怪物に向かって声をかける。 だけど声量が小さい。
距離的に聞こえてないと思うし、何より言葉が通じるのだろうか。
「……オーケーだ、ドクター・リア」
「えっ誰の声っ!?」
周囲には誰もいない。人間は私とリアだけだ。
なのに、野太いがダンディな男の声がした。
「BEARRRRRR!」
咆哮。その後にベアドンの背中の透明な水晶が赤色に輝きだした。
ベアドンから熱を感じる。距離は近くない。それなのに感じるということは、ベアドンから相当な熱が放出されているということか。
背中から頭部まで順繰りに水晶は赤く輝いていった。
そして水晶が全て赤く染まった瞬間、ベアドンの大きな口から炎がチラチラとこぼれだした。
「見せてやろう」
謎の男の声。
直後にベアドンの口から巨大な炎の弾が、ドラゴンへ向かって放たれた。
「DORAAAAAAAA!?」
空のドラゴンは声をあげ、避けようとするが間に合わず。炎の弾に直撃した。
「DORAGYYYYY!?」
悲鳴らしき声。炎の弾の威力が強かったのか、ドラゴンは何もできずに地上に落下した。
「いいねぇ、いい火力だぁ。ナイスぅ、ベアドン」
山の麓辺りに落下したドラゴンを見て笑いながら、熊の怪物を労うリア。
私は一部始終をみていて、腰を抜かしていた。
全てにおいてスケールが違いすぎる。
ヤクザ共から追われていたような私が立ち入っていいような場所ではないと思う。
「あらぁ、どうしたのぉスオウちゃん。尻餅なんてついちゃってぇ」
言われて気がついた。いつの間にかリアは私の腕を離していた。
驚きと恐怖のせいで、無意識のうちに無様を晒していたようだ。
「いつも……こんなことを?」
「そだよぉ。いつもドラゴンが出現したらベアドンが殺すんだぁ……あのドラゴンに、今からトドメを刺しにいくっぽいよぉ」
手を借りて立ち上がり、私はリアに示された方向を見た。
水晶が元通り透明になったベアドンが、ぐったりと弱っているドラゴンに接近していた。
炎が直撃した部分の黒い鱗が、まだ燃えている。
その燃える苦しみによって、ドラゴンは動くことが困難なのだろう。
さっきからもがくだけ。
そんなドラゴンの頭部を、ベアドンはその足で踏みつけた。何度も何度も、釘打ちのように。
私たちがいる広々バルコニーまで、ズン……ズン……と振動が伝わってくる。
それが五分ほど続いた。
「……いい加減死んだかなぁ」
「そうっぽいよ」
ベアドンがこちらを向いて、戻ってきたからそう思った。
ちらっと見えるドラゴンは、頭が血でグチャグチャになっていてピクリとも動かなくなっていた。
首周辺の黒かった鱗が、もはや赤になっていた。
壮絶に、念入りに踏みつけたに違いない。
「お疲れぇ、ベアドン。登場シーンってやつも良かったんじゃないかなぁ」
「うむ、一度やってみたかったのだ。怪獣といえば地面から突然、ドガンと出現するからな」
見知らぬ声がまた聞こえる。
そして違和感に気がつく。耳から音が入ってくる感覚がない。脳に直接、聞こえてくる感じだ。
「……もしかしてだけどさ、この熊の化け物の声だったりするの?」
まったくの勘だ。そう思った理由なんてない。
強いて理由をあげるとするなら、こんなありえない化け物ならテレパシー的なこともできるんじゃないかって思ったのだ。
「うむ、その通りだ……その通りだが訂正するところがある。俺は化け物ではなく怪獣だ、大怪獣ベアドンなのだ!」
「ごめんねスオウちゃん、伝え忘れてたよぉ」
リアに首だけ動かすタイプの軽い謝罪をされる。
そんなに謝るつもりもないのだろう。
「コイツさぁ、特撮オタクってやつでさぁ。カッコいい怪獣に、ガキみたいに憧れてるんだよぉ」
「そう、俺は怪獣として……」
「だからさぁ、ちょっぴりコミュニケーションが面倒くさいんだよねぇ」
「おい、ドクター・リア。俺の話を遮るな」
「だって長いんだもぉん」
なんだかベチャクチャと話をしだした。
私に何を伝えようとしているのだろうが、サッパリわからない。無駄な内容が多すぎる。
「ちょっと黙ってくれる? さっきから情報量が多いんだよ」
私はただの一般人。紛れもない善良な市民だ。
ドラゴンだとかベアドンだとか、急に現れて戦いを見せつけられても、脳ミソが処理しきれない。
「来ればわかるって言ったはずだけど……何をそんなに悩むことがあるのぉ?」
「来てもわかんなかったんだよ! 世の中のわからないことが増えただけだった!」
「うーん……じゃあとりあえず中に入ってさぁ、コーヒーでも飲んで落ち着いて話そっかぁ」
リアの提案に私は縦に首を振った。
「ベアドンはぬいぐるみ形態になっておいてね。念のため、後で身体検査をするから」
「わかった」
もはや疑問に思うのも馬鹿らしくなってきた。
浮かんでくる謎が多すぎるせいだ。
「スオウちゃん、所長室に行こっかぁ」
私の気も知らず、にこやかなリアの顔面にパンチしてやりたかった。だが下手なことをすると報復が恐ろしそうなのでやめておく。
私とリアは、ベアドンを残してこの場から立ち去った。
あんな巨大な熊は人様の建物に入れないから、放っておくしかないのだろう。
だがそんなことはどうでもいい
今はとにかくコーヒーを飲みたい。
まともなコーヒーは久しぶりなんだ。
「多少は反抗されるかと思ったけどぉ、ずいぶんと大人しいねぇ?」
「コーヒー飲めるのに反抗なんかしない」
フフフ、と笑ってくるリア。
馬鹿にされているようでムカつく。
「ごめんごめん。そんなに気を悪くしないでよぉ」
「だったら笑うな」
「美味しいのを淹れるからぁ、機嫌を直しておいてねぇ。イライラして飲んでも美味しくないからねぇ」
話しているうちにエレベーターに到着した。乗るように手招きで促される。
「ここって……三階だったんだ」
天井付近にあるモニター表示でわかった。
目が覚めてから気がつくタイミングがなかった。
ドラゴンとやらが襲来して、私の気持ちも含めてドタバタしていたせいだ。
「そうだよぉ。この研究所は五階建てで、地下にも三階層まであるよぉ」
「すげぇデケェ建物じゃん」
「所長室は最上階にあるのだぁ。眺めは最高ぅ」
最上階、五階に到着。
SF感溢れる扉が自動で開くと、様々な実験機材が至るところに配置されていた。
そして薬品の匂いがキツい。鼻が曲がりそうだ。
「五階は全て所長の自由エリアなんだぁ。所長室は奥にあるから、機材とか薬品に触らないようにね」
「……わかった」
何に使うのかサッパリわからない物ばかりだ。
山のようにある実験道具の中で、名称を知っている道具なんて一割くらい。残りは全て未知の道具。
私に教養がないだけかもしれないけど。
少し触ってみたくなる気持ちはあるが、グッとこらえる。
あまりに危険そうだからだ。
ドラゴンだのベアドンだの、超常現象を平然と受け入れて利用している者が使っている道具だ。
用途も機能も不明な道具、下手に触ったら死んでしまうかもしれない。
「さぁどうぞ、この銀色の扉が所長室の証さぁ。リラックスして、ゆっくりお話をしようねぇ」
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