行軍株式会社のはてしなき公道

ちびまるフォイ

歩け、歩け、だまって、歩け

高い給料


残業がない


休みが取れる



それだけで選んだ会社だった。

それだけで選んだからどんな会社なのかわからなかった。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


ざっ、ざっ、ざっ。


スーツを着た社員たちは一列に並んで行軍を続けている。

子供の遠足の風景ならまだ可愛らしさはあるが、スーツの大人の行軍は異様だ。


ざっ、ざっ、ざっ。


周りの人はぎょっとして足を止めたり、指を指したりしている。

ひたすら気にしないようにして前の人の背中を追い続ける。


これだけで給料がもらえるのだから。

それ以上のことは考えてはいけない。


ざっ、ざっ、ざっ。


「……おい」


「……なぁ、おい。いつまで歩くんだろうな」


「……おいって、無視するなよ。聞こえているんだろ?」


上司が列の横にやってくると、俺に話しかけていた後ろの人間を列から連れ出した。


「ま、待ってくれ! ちょっと声を出しただけじゃないか!

 なんなんだよ!? これがそんなに悪いことか!?」


列から追い出された社員は即クビとなる。

退職金はおろかこれまでの給料も払われることはない。


ざっ、ざっ、ざっ。


その日に指定された場所まで行軍を続けるとその日の仕事は終わった。

全員が目的地で待機していた社員バスでまた会社に戻る。


給料は高く、残業もないし、いつでも休みが取れる。


ホワイト中のホワイト企業。

友達からは「最高の職場じゃないか」とうらやましがられるが内容を知ったらどう思うのだろうか。


【 けして言葉を交わしてはいけない 】

【 けして列を乱してはいけない 】

【 なにがあっても行軍を続けること 】


社訓を1つでも破ればその時点で追い出されてしまう。

すでにこの行軍の意味を調べようとした社員や、つまづいた拍子に声を出した社員がいなくなった。


「さて、今日も行くか」


出社前には靴の点検を念入りに行う。

途中で疲れたりして休めば列を乱したと会社から追い出される。


ウォーミングアップを兼ねて会社までは歩いていく。

この時点でなにか体に変調があれば即休みを取ったほうが身のためだ。


「おにーちゃん、おはよー。いってらっしゃい」

「あ、おはよう。今日もありがとね」


いつもボール遊びをしている女の子に会う。

挨拶していくうちに少し仲良くなった。


会社につくと、すでに社員用バスがぶるぶると獣のように唸って待機している。


「乗ってください」


言葉短く上司に指示されてバスに乗り込む。

バスで毎回異なるスタート地点に向かわされ、毎回異なるゴール地点に向かう。


先頭を歩くのは上司。

その後ろをついていくだけなので、これからどこへいくのか。

ましてどんな道を進んでいくのかはわからない。


ざっ、ざっ、ざっ。


バスから降りると行軍がはじまる。


山道のときもあれば、一般の道のときもある。

それでも列を乱してはならない。


自分が渡るときに横断歩道が赤になっていても。

たとえ大粒の雨が降っていても。


ざっ、ざっ、ざっ。


けして行軍は止まらない。

目的地に向かうムカデのような集団はただ歩き続ける。


「ああああああっ!!! ああああああーーー!!!」


列の後ろの方で叫び声が聞こえた。

振り返らずにただ前にいるスーツの背中を追い続ける。


発狂してしまうことは少なくない。

もうすでに3人目だ。

あっという間に列の後ろから叫び声は聞こえなくなる。


ざっ、ざっ、ざっ。


目的地に到着するとバスに乗って会社に戻る。

これで1日の勤務は終了する。


――いったいなんの意味があるのか。


そんなことを考えてしまえばそれこそ発狂の沼にハマりそうで

もらえる高い給料のことだけを考えるようにした。



翌日、靴のすり減り具合を確認して家を出る。


今朝はめずらしく会社までの道のりがさわがしかった。


「あの、どうかしたんですか?」


「ひき逃げよ。ひどいわねぇ。小さい子がはねられたんですって」


「ち……小さい子?」


「近くをボールで遊んでいたんですって。

 それで車にはねられて……かわいそうに」


「その子はどうなったんですか」


通行人は答えずにつらそうに顔を下に向けた。

コンクリートに生々しく残る血痕が恐ろしかった。


その日はとても仕事に行ける気分ではなかった。


それからすぐに車は見つかりひき逃げ犯は捕まった。

ごく普通の男で、怖くなって逃げてしまったのだとニュースで知った。



それからしばらくしても同じ道を通る気にはならず、

通勤のたびに思い出さないようにとわざわざ遠回りの道を進んでいった。


「乗ってください」


いつものように会社につくとバスが待っていた。

何も考えないようにしているのも体になじみはじめている。


バスが走り出すと窓から見える風景をただ目で流していた。


「……!」


あやうく声が出そうになった。

窓に映る景色には見覚えがある。


――うちの近くじゃないか。


こんなこともあるのかとバスが停車したのは家の近くの駐車場。


いつもわけのわからない道をある化されていただけに、

見知った場所を歩くのは安心感が違った。


バスに乗る前は晴れて暑いくらいだったのに、

降りるころにはモヤが掛かっていて肌寒かった。


ざっ、ざっ、ざっ。


行軍は見覚えのある道へと進んでいく。

いつしか俺が通るのを避けていた道だった。


ざっ、ざっ、ざっ。


変に意識して列を乱さないように思考を制限して前に足を繰り出す。

近くを通る車が行軍にさえぎられて一時停止させられる。

これじゃまるで大名行列だ。


ざっ、ざっ、ざっ。


自分の家の近くだからといって、行軍に変化があるわけではない。

いつものように変わりなく意味のない行軍を続けて、目的地につけば終了する。


「今日もお疲れさまでした」


今日の道が実は俺の通勤経路だと誰も知ることもなく終わった。

きっとこの仕事に意味を求めてはいけないのだろう。


仕事はあくまでも生きるために必要なことで、

自分の人生を色づかせてくれるのはプライベートなのだから。


翌日も変わらず靴の調子をチェックして家を出る。


普段は避けてわざわざ大回りしていた道も、

昨日の行軍で通過したことで耐性ができたのか通る気になった。


ざっ、ざっ、ざっ。


塀の向こうからボールがてんてんとバウンドして道を横切った。


「あ、おにーちゃん。おはよー」


「えっ、ど、どうして!?」


「どうしてってなにが?」


「君は前にここで車にひかれて……」

「あはは。へんなのーー」


女の子は元気に去ってしまった。

コンクリートに残っていた血痕も残っていない。


「いったいなにが……」


昨日この道を行軍したときの記憶が呼び覚まされる。

あのとき、行軍に遮られて一台の車が止められていた。


思えばあの車はニュースで見たひき逃げ犯の車だった。


今ニュースを調べてもここで起きたはずのひき逃げはどこにもなかった。


どうして毎回行き帰りがバスなのか。

どうしてけしてしゃべってはいけないのか。

どうして列を乱してはいけないのか。


それに気づいた時、初めて俺は仕事のやりがいを理解した。



「乗ってください」



会社につくとバスに乗って今日のスタートする場所と時刻へ到着した。

それから俺たち社員は、一糸乱れぬ行軍で時間ぴったりにゴールへと向かっていった。


この行軍でなにが遮られたのかを考えることもなく。


ざっ、ざっ、ざっ。



ざっ、ざっ、ざっ。



ざっ、ざっ、ざっ。

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