第3話 動き出す悪意
朝の陽ざしが眩しく差し込むヤメス城の中庭に、金属と金属がぶつかり合う甲高い乾いた音が鳴り響いていた。
「参りました!」
身を翻して切りつけようとしたレオニスの喉元には、アンドリューの剣が突きつけられている。
「やはりまだ父上には敵いません」
「いや、お前の左手に握っているのが杖ならもう私は敵わんだろう、強くなったな、レオニス」
レオニスがヤメス城に戻ってから五日、父と子はここで朝の手合わせをするのを日課としていた。
「ところで父上、アメザスが各地方の軍をまとめて統一軍を創設というのは本当ですか?」
汗をぬぐいながらレオニスが尋ねる。
「本当だ、その件で昨日伝書鳩が来た」
アンドリューは、水を一飲みしてから答えた。
「で、
「私に【
「何ですか?その王の矛というのは」
「新設する軍の総指揮官の事だそうだ」
「父上!手紙にも書きましたが、私は【死者の森】でスカーデッドを見ました、予言は本当なのです!それなのに国同士で争っている場合では…」
レオニスが顔を赤くして詰め寄るのを遮るように、アンドリューは冷然と言い放った。
「その事は承知している、レオニス。だが、今は隣国の脅威に備えねば、魔物に滅ぼされる前に隣国に滅ぼされてしまうのだ!」
「ですが、父上!」
なおも食い下がるレオニスを手で制して、アンドリューは言葉を続ける。
「承知しているからこそ、お前が【ウォール・ナイツ】に入隊するのも許したのだ。
私もなるべく早く国の間のいさかいを制するよう計らう、だから、お前もそれまで無茶はするな」
レオニスは不満そうな表情を浮かべたが、父の言う事は
反論もできずに黙っていると、アンドリューが王都・トライバルの方を眺めながら険しい顔で呟いた。
「それに、もめ事は隣国との間だけではない…」
「えっ!?」
レオニスが聞き返そうとしていると、太っちょの見張りの兵が大声を上げながら中庭に入って来た。
「レオニス殿下!ご客人です!」
声の方を見ると、級友のチャベス・ウッドとジュリエット・パックラーが、見張りの兵の後ろから、物珍しそうに城の中を見回している。
「チャベス!ジュリエット!」
レオニスは笑顔で駆け寄って、二人と再会の挨拶を交わす。
「こんな朝方に来るとは思わなかったよ!」
「聞いてよ、レオ! チャベスったらクマをスカーデッドと間違っちゃって、
「なんだよ!ジュリエットだってクマにビビッて泣いてたじゃないか!」
「泣いてなんかないわよ!」
口喧嘩を始めた二人に、レオニスとアンドリューは顔を見合わせて肩をすくめる。
「あぁ、ゴホン」
アンドリューのわざとらしい
「失礼しました、閣下。私はチャベス・ウッドと申します」
「私はジュリエット・パックラーと申します、閣下」
「父上は壮健かな?チャベスくん、父君とはアメザス統一戦線で一緒に戦った事があるのだよ、あの時は大いに助けられた」
「わが父の命を何度もお救い頂いたと伺っております」
チャベスは幼い頃からアンドリューの話を聞かされていたのだろう、伝説の人物に会ったかのように目を輝かせている。
「お互い様だよ、はっはっは」
アンドリューはチャベスの父との想い出を語ると、ジュリエットに視線を移した。
「母上はお元気かな?ジュリエットさん」
「はい、先の戦線の後、処刑されずに済んだのは閣下のお蔭だと申しておりました」
「なに、貴方の母君ほどの優れた女戦士には出会った事がない、その技量を統一王国の為に活かして貰う方が国の為と思ったまでの事」
アンドリューは優しい笑顔を浮かべると、言葉を続ける。
「そして、君という優れた戦士を産んでくれた」
恥ずかしそうに
「さぁ、夜通し森を抜けて来たならさぞ
「はい閣下!」
チャベスは言葉と共にお腹の音でも答える。
「ははは、お腹も減っているだろう、ちょうど朝食の時間だ、何か作らせるからたくさん食べなさい!」
「はい閣下!」
「お前は少し腹減ってる位でちょうどいいんだよ!」
目を輝かせて威勢のいい返事をするチャベスの腹を、レオニスは思いっきり摘み上げた。
**********
食堂に移動し、とうもろこしのスープとライ麦のパンで寒さと空腹を同時に解消した二人は、やっと落ち着いた様子だ。
「レオ、【ウォール・ナイツ】からの
「それがまだなんだ、父上の話では王都の方とゴタゴタしてるみたいで」
「えっ!? そうなんですか? 閣下」
チャベスが暖かい紅茶を一気に飲み干してから、レオニスの父・アンドリューに尋ねる。
「ふむ、まぁちょっとな、エリック・バートンめが何を考えているのやら……
ともかく、君たちは気にするな、召喚状が来るまではこの城を自分の家だと思ってしばしの休息を楽しむといい、レオ、落ち着いたら城内を案内して差し上げなさい」
アンドリューは
「そう言えば、サイラス校長もバートンがどうとか仰ってたわね、バートンってチャベスの所のご領主様よね?」
「そうさ、国王陛下に取り入るのに精いっぱいで領民の暮らしなんて気にもしない嫌なヤツだよ!」
「おいおい、チャベス、自分の領主をそんな風に言っていいのかよ?」
「だって本当の事だもん、テキスの領民はみんなヤメスが羨ましいって言ってるよ!
それに、僕はもう【ウォール・ナイツ】の一員になるんだから関係ないしね」
「ふぅん、そっちも色々あるのね」
ジュリエットは、さして興味無さそうに呟くと興味深そうに部屋の中を見回し、サラと目が合うと、思い出した様に声を掛けた。
「そうだ、サラさんって杖無しでも魔法が使えるって聞いたけど本当?」
「えっ? は、はい、少しなら」
「ねぇ、ちょっとやって見せてよ!」
「えっ? で、でも……」
サラも内心では
テレサがヤレヤレといった感じで
楽しそうに去っていく妹と級友の背中を見送りながら、レオニスはチャベスに声を掛ける。
「チャベス、例の奴持ってきたのか?」
「あぁ、もちろんだよ!」
チャベスは、持ってきた荷物の中をゴソゴソと探して目当ての物を見つけ出すと、大理石のテーブルの上に広げた。
「なになに?」
物珍し気に覗きこんで来るライオットとロザリーに、チャベスは胸を張って答えた。
「設計図だよ!」
「設計図って何の?」
ロザリーは分からないながらも真剣に図面を覗きこんでいるが、王都守護隊の作戦参謀兼武器の設計長であるライオットは、食い入るように図面を見つめていた。
「ほぅ、これは凄い! チャベス君って言ったね、君、一体どこでこの着想に至ったんだい?」
「ちょっと、ライ兄さま、わたしにも説明してよ!」
難しい話になる前になんとか説明を受けようとするロザリーに、にこやかな笑みを浮かべたチャベスが問いかける。
「ロザリーは弓矢は得意?」
「うん、得意だよ!」
ロザリーが自慢げに胸を張る。
「じゃあ、弓矢と剣どっちが好き?」
「う~~ん。」
たっぷりと時間をかけて悩んでから、ロザリーは答えた。
「私は剣かな」
「どうして?」
「だって、弓は両手塞がっちゃうし、1発撃ったら次撃つまでに時間かかっちゃうでしょ」
「そう、それが弓矢の弱点だ!」
チャベスは、我が意を得たりという様に、興奮した様子で話し始めた。
「その弱点を克服したのが、この連射式のチャベス・ボウなんだ!」
「連射できるの?」
「そうだよ!しかも弓をセットしたら、狙いを付けてから発射するまでは片手で大丈夫なんだ!」
「へぇ~、それは凄いね、兄さま聞いた?」
ロザリーは目を輝かせながらライオットに同意を求める。
「あぁ、それが作れたら本当に凄い、特別な戦闘訓練無しでも戦士として戦えるとなれば……」
ライオットは上の空で答えると、設計図を見ながら実現性を検討しているようだ。
通常、弓矢は弓を引く際の反動の大きさから、的に命中させるには相当の訓練を必要とするが、戦闘訓練を積んでいない者でもそれなりの威力と精度を確保できるこの武器の構想を最初に聞いた時、レオニスは半信半疑だったがこうやって設計図を見せられると、
「だから、レオも作るの協力してよ!」
「それは【ウォール・ナイツ】に入ってからだな」
「まぁ、そうだね」
「え~、ここで作らないの?」
残念がるロザリーの頭を撫でながら、レオニスが
「遊び道具じゃないんだぞ!」
「でも、新しい武器がどんどん出てくると、そのうち剣士も魔法使いもいらなくなっちゃうかもね」
ロザリーはつまらなそうに呟くと部屋を出て行った。
「剣士も魔法使いも不要か……、ロザリーはなかなか鋭いね」
「そうか?」
ロザリーに同意したチャベスに対して、レオニスが不満そうに否定の声をあげると、それを聞いていたライオットがレオニスに問いかけた。
「レオはデクチェフ帝国のアリキルメンデウスって発明家知ってる?」
「聞いたことあるよ」
「今、デクチェフが隣のチャロスにどんどん侵略してるのは、彼の発明した新兵器のお蔭って話だよ」
「確かに、最近はチャロスはやられっ放しって話はよく聞くね」
「それにスパニス公国のスパニス・フレイア」
「海の上でも燃える炎か」
「そういう兵器が、戦いの行方を左右するようになってきてるんだよ」
「確かにそうかもね……」
レオニスは机の上の設計図に視線を落としながら、苦々しい声を出した。
「でも、そういう兵器が人に使われるのはなんか嫌だな」
「そうだな、レオ、兵器の威力が増すほど、被害を被るのは人だ。
素人でも使えるという事は素人が戦場に出るということ……、そうなれば戦争は泥沼だ」
「そうだね、だから僕はこの兵器はスカーデッド対策として【ウォール・ナイツ】で作ろうと思ったんだ」
チャベスは言い訳する様に呟くと、そそくさと設計図を自分の荷物の中に仕舞い込んだ。
**********
-アメザス王国・王都トライバル-
王宮の外れにある
評議会が行われていない今、誰も居ないはずのその審判の間の長い大理石のテーブルの端に一人の男が座っていた。
細身だがよく鍛えられた体つきのその男は、四十代中盤位であろうか短く刈り込まれた白髪交じりの頭は年輪を感じさせるが、その眼は鋭く
「アレクサンドルよ」
その男が、低いが良く通る声で誰も居ないはずの空間に呼びかけると、どこからともなく黒い影が揺らめいて人の形へと姿を変えた。
アレクサンドルと呼ばれたその男は、全身黒ずくめで濡れたような黒髪の長髪をなびかせて振り向くと、深い闇の様な
「何だ?エリック…」
「アレクサンドルよ、いよいよだ、本当に力を貸してくれるのか?」
「もちろんだ、貴様の方こそ準備はできておるのだろうな? エリック・バートン」
アレクサンドルは
「いらぬ心配をするな、黒の魔導士アレクサンドル・ラス・プラーフよ。
バートン家は約束を果たす」
エリックはアレクサンドルの目を見返して冷然と言い放った。
**********
-サビエフ王国・王都クリュスタロス-
炎に焼かれる王都の街並みを見下ろす氷の宮殿の王の間で、イゴール・セルゲイ・ニコラフはイラ立った様子で部下たちの報告を待っていた。
三十代前半の血気盛んな闘争本能を隠す気もないその様子は、彼の鍛え上げられた巨大な身体と相まって、接する者に恐怖を与える。
「遅い…」
歯ぎしりをしながら呟いた時、王の間の扉が開き三人の屈強な兵士に連れられた一人の小太りの男性が、転がる様にセルゲイの前に放り出された。
その男を見るセルゲイの目に歓喜の炎が宿る。
「どこに隠れていたのだ? 前サビエフ王・ダミアン・シルバートン」
セルゲイの
「前ではない、セルゲイ」
「強がりはみっともないぞ、前王」
ダミアンは、尚も嘲りの言葉を続けるセルゲイを睨みつける。
「そう
ダミアンは無言のままだ。
「俺は貴様の様な老いぼれの首には興味がない、【ブルー・エメラルド】さえ渡せば壁の向こうで余生を暮らすことを認めてやろうと言っているのだ」
「貴様如きにドラゴンの力は使いこなせぬ」
セルゲイは、
「老いぼれ、二度は聞かぬ、俺が聞いているのは【ブルー・エメラルド】の在りかだ。」
ダミアンは返事の代わりに
セルゲイは氷の様に冷たい笑みを浮かべて立ち上がると、顔についた
「娘はどうした!まだ見つからんのか!」
「はっ、申し訳ありませっ」
答えを言い切る前にリーダーを殴りつけたセルゲイは、倒れ込んだリーダーを見下ろしたまま命令した。
「老いぼれの首を城門に掲げろ、娘をおびき出すエサになるだろう」
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