第一章 -Fateful encounter-(運命の出会い)

第1話 卒業式

アメス・センチュリー(DC)1016年・春

-アメザス王立魔法剣術学院・闘技場-



 音を立てて豪快に振り降ろされた豪剣を、百八十三cmの長身に似合わぬ軽やかな身のこなしで後方に跳躍ちょうやくしてかわしたレオニス・ラフリスに、空中で激しい雷撃らいげきが襲い掛かった。

 

護れウェルテイド!」


 間一髪、持っていた杖を振い、薄い半透明の防御膜で雷撃を逃れたレオニスは、音もなく石畳の闘技場の床に着地したが、中性的な整った顔には僅かに焦躁しょうそうの色が覗いている。


「レオ、まさかそのままで私たちの相手をするつもりじゃないだろうね?」


 雷撃を放ったの教授アリア・フレイが、後ろに束ねた美しいブロンドの髪を揺らしながら挑発の言葉を投げつける。


「それならそれで構わんさ、卒業演武で終わらせてやる!」


 の教授サムエル・ターナーが、その大剣に敗けない大きな腕で上段に構えて、鋭い目でレオニスを威嚇いかくした。


 レオニスは、二人を順に見て大きくふぅっと息を吐くと、腰に下げたさやから剣を抜き右手に構えた。

 左手には杖を構えている。


「ようやくのお出ましかい?」

「それでこそだ!」


 アリアとサムエルは、弾かれた様に二方に別れて、それぞれに剣と杖を構えた。



 今日はアメザス王立魔法剣術学院の卒業式が行われている。

 その中のメインイベントが、剣術・魔法戦闘術それぞれの首席卒業生と、担当教授による卒業記念の模擬戦闘【卒業演武】だ。

 生意気な首席卒業生がコテンパンにやられるのを楽しみにする者や、自分の代わりに先生にしごかれたお礼をして貰おうという者など、様々な思惑で毎年この日は大変な盛り上がりを見せる。

 二科目の首席が同一人物という事はこれまでにも何度もあり、その場合は順番に一対一で戦う事が常であったが、今年に限って特別に一対二の戦いとなったのは、なにも校長の悪戯いたずら心の為ばかりではない。



 正確には剣と杖なのでではないが、右手に剣を左手に杖を持ち、剣と魔法を同時に扱うレオニス独特の戦闘法なら、一対二の戦いも不可能ではない。


 レオニスは剣を下段に構えると、目にも留まらぬ速さでサムエルの懐に飛び込んで下から切り上げる。

 剣撃がサムエルの大剣にさえぎられ、衝突の火花が散った瞬間。


燃やせ!ブルチャーレ

 レオニスの左手の杖から炎が吹き上がる。


「っつぅ!」

 炎を受けたサムエルは、慌てて大剣を振り回してレオニスを跳ねのけると、自分も後ろへ飛びずさる。


凍てつけフレッドローザ!」

 尚もサムエルを追撃する炎がアリアの呪文で凍り付く間に、レオニスは低い体勢のまま滑る様にアリアの懐に飛び込んだ。


護れヴェルテイド!」

溶かせスクアリオ!」


 アリアの出した半透明の防御膜を杖の先から溶かしながら、できた隙間に剣先をねじ込んで切り裂く様に防御膜を破壊すると、そのまま杖の先をアリアの喉元に突きつけた。


(勝負あり!)


 観客がそう思った瞬間、レオニスの目に不審の色が浮かぶ。


(雪の幻影)」

 

 レオニスの背後から勝ち誇ったような声が聞こえると同時に、目の前のアリアが雪像の様に溶け出し、レオニスの首には左右から剣と杖が突きつけられていた。


「なかなかのモンだったが、先生たち二人を相手にするのは、ちょっと早かったな!」

 勝利を確信したように言い放ったサムエルだったが、すぐにその目に不審の色が浮かぶ。


(雪の幻影)」


 アリアとサムエルの背後から勝ち誇ったような声が聞こえると同時に、二人の背中にはレオニスの剣と杖がそれぞれ突きつけられていた。


「勝負ありじゃ!」


 校長の審判が下り、闘技場を埋めた観衆からは歓声と不満の声が地鳴りの様に広がって、例年にない盛り上がりを見せた【卒業演武】は終わりを告げた。



**********


 レオニスが【卒業演武】を観た同級生や後輩たちからの手荒い歓迎から抜け出して、級友のチャベスとジュリエットの元にやってくるのには、しばらく時間を要した。


「やったな、レオ!」

「サムエル先生のあの顔見た?本当なら私がやつけてやりたかったわ!」


 三人並んで石畳の通路を寮の方に歩きながら、レオニスは自分の事の様に喜んでくれている二人に笑顔を向ける。


「まぁ、あれ位やらないと、アメザスの双刀と一緒に戦えないからね」


 レオニスは三年前に死者の森で遭遇した、あの鮮烈な光景に思いを馳せながら呟いた。


「アメザスの双刀かぁ、あれからもう三年経つんだね」


 チャベスが遠くを見る様な目で城壁の様な石作りの学校の壁の先を見つめる。


「私、アメザスの双刀には会ってないんだよね…」


 あの時、ジュリエットは一足先に魔法で空を飛んで避難したので、先生を連れて戻った時には、既に【ウォール・ナイツ】は風の様に立ち去った後だった。


「ねぇ、やっぱり強かった?」

「そりゃぁ強かったよ、信じられない位だった」


 即答したレオニスにチャベスが質問してきた。


「でも、今のレオニスの二刀流なら結構いいセン行くんじゃない?」


 レオニスが剣と魔法の二刀流を練習し始めたのは、あの日の二刀流の剣技に衝撃を受けたからだ。

 まるで別の生き物のように自在に動く両腕を見て、魔法と剣術という別々の技術を同時に駆使できないかと研鑽けんさんを積み、今日の一対二での勝利に至って少しは自信めいたものを持ち始めていた所だったが、それでもまだ手も足も出ないだろうという実感がある。


「ねぇ、私にも二刀流の教えてよ!」


 ジュリエットが話の腰を折る様に尋ねてきた。


「う~ん、コツって言っても難しいんだけど…、右手で詩を書きながら左手で算術を解く様な感じかな?」


「だ・か・ら! それをやるを聞いてるのよ!」


 要領を得ないレオニスの答えに、ジュリエットは呆れたようにサジを投げた。


「レオは教師には向かないわね」

「まぁ、天才は人を教えるのには向かないって言うからね」


 チャベスも同調する。


「俺は天才じゃないよ」


 レオニスはすぐさまそれを否定した後、自分の故郷ヤメス地方の方角を見つめて呟いた。


「本当の天才は別にいる」

「誰なのよ?レオが認めるって!」


 『天才』の言葉に、ジュリエットが興味津々で食いついて来た。

 隣を見ると、チャベスも目を輝かせてレオニスの答えを待ち望んでいる。


「あ、いや、そんな期待させる様な人じゃないんだけど…。」


 言いよどんでいたレオニスだったが、寮の手前で待ち構えていた人物に声を掛けられて、ひとまず難を逃れた。


「おい、君たち!」


 頭髪ばかりか長く伸ばしたアゴひげまで真っ白なその老人は、見た目通りの枯れた声で三人を呼び止める。


「あ、校長先生!六年間お世話になりました!」

「こらこら、別れの挨拶は今夜の卒業パーティーが終わってからにするのじゃ。」


 校長のレジー・サイラス・サックスは三人の別れの挨拶を、寂しそうな表情でやんわりと拒絶すると、本当に名残惜しそうに口を開いた。


「それにしても、総合成績上位三人が揃って【ウォール・ナイツ】を志願するとは、学院始まって以来の事じゃて…。」


 レオニスたち三人は、今年の卒業生の総合成績で上位三人に贈られる赤色の羽飾りを胸に付けている。

 総合一位のレオニスは、剣術と魔法戦闘術ではトップだったが、凡庸な座学の成績に足を引っ張られて僅差でのその座を守り抜いた。

 そのレオニスを剣術・魔法戦闘術・座学全てで二位のジュリエットが追い上げ、チャベスはレオニスとは逆に目を見張る座学の成績で総合三位に滑り込んだ格好だ。


 例年なら成績上位の卒業生たちは、王都・トライバルの守護隊に志願し、比較的安全な任務をこなしながら、王のお眼鏡に適うための努力をし、出世の道を探る。

 対して、彼らが志願した【ウォール・ナイツ】は、更生の見込みのある屈強な罪人の流刑の場、通称【ナイツ送り】とも呼ばれ、隊員たちは【死者の森】との間に作られた【壁】を警護し、日々猛獣や好戦的な少数部族との戦いに明け暮れている。

 成績下位で行き場のない者ですら、自ら志願する者は皆無に等しい。


 レオニスは、二人が【ウォール・ナイツ】に志願したと聞いた時は心底驚いた。

 ジュリエットは優秀とは言え女の子だし、チャベスに至っては座学は天才的でも戦闘の能力については平凡そのものだったからだ。

 レオニスはそれとなく二人に翻意を勧めたが、けんもほろろに断られた。


「私は史上初・女性の【ブラック・ナイツ】を目指すの!」

「戦闘はお二人に任せて、僕は自分の特技で活躍してみせるよ!」


 心配は心配だが、旧知の二人が一緒に来てくれるのは、心強い事には違いない。

 結局は三人揃って志願する事となった。


(やっぱり、スカーデッドに遭遇しちゃったからか…)


 三年前の【死者の森】での化物との遭遇で、予言の未来から家族や愛する人を守ろうと思ったのだろう。

 それはレオニスも同じだった。


「あの…、校長先生! 予言は本当ですよ、もっと備えを…」

「分かっておる!ただ、王都の連中が分かっておらぬのだ!」


 サイラス校長は、レオニスの言葉を遮る様に語気を強めた。

 苦々しい視線を王都の方に向けたまま、吐き捨てる様に呟く。


「エリック・バートンめが、一体何を考えておるのやら…」


 言葉の真意を計りかねて不安そうな視線を向けるレオニスたちに気づいて、サイラス校長は柔和な笑顔を作った。


「さぁ、パーティーの準備じゃな、今日はご馳走を沢山用意したから、早く寮に帰って準備をしてきなさい。なにせ、【ウォール・ナイツ】に入れば、ご馳走には当分ありつけやせんのじゃからな」


 三人は無理やりその場を収められ、不満そうな表情を浮かべて寮へと向かう。


「やっぱりウォールナイツではご馳走食べられないのか…」


 チャベスの不満は別の所にありそうだった。



**********


 頑丈そうな木の扉を押し開けて石造りの大広間に入ると、中央にはダンス用のステージが設けられ、その周りを豪華なご馳走が載せられたガラスのテーブルが取り囲んでいる。

 天井からは宝石の様な氷の結晶が何百本も垂れ下がり、天窓の月明かりキラキラと反射させてテーブルの間に置かれた幾つものクリスタルの像を照らし、正面に陣取った見送りの後輩たちによる楽団は流麗な交響曲を奏でていた。


「こいつは凄いね!」

「俺もこんな豪勢だとは思わなかったな」

 チャベスが感嘆の声を上げ、レオニスも興味深げに周囲を見回していると、入り口の方がザワ付き始めた。

 入り口の方に目をやると、ジュリエットが入ってくる所だった。


「ヒューッ!」


 賞賛の口笛を浴びて入ってくるジュリエットは、胸元の開いた紫のパーティードレスに赤毛が映え、普段の彼女とはまるで別人の様だ。

 はにかんだ様な笑顔を浮かべて、居心地悪そうにレオニスたちの元にやってくる。


「ちょっと、ジロジロ見ないでよ!」


 チャベスの手からブドウ酒を奪い取り、一口に飲み干す。


「あ、いや、何て言うか君…、綺麗だよ」


 取ってつけたようなチャベスの褒め言葉に、三人が顔を見合わせて笑っていると、魔法戦闘術の教授アリア・フレイが声を掛けて来た。


「さっきはやられたよ、レオ」

「いや、先生のご指導の賜物ですよ」

「こいつっ!」


 軽口を返すレオニスの頭をグシャグシャと掻き回すと、アリアは真顔で聞いて来た。


「で、本当にお前の妹はフリエールに行くのか?」

「僕もこの前遣い鳩の手紙を貰ったばかりなんで…でも、本当だと思います」


 今年十五歳になったレオニスの妹サラ・ラフリスは、異例の措置でフリエール王国の王立魔法学院に越境入学する事が決まっていた。


「そうか…あれほどのを我が国で育てられんとは…。」


 アリアは悔しそうに呟くと、レオニスが持っていたブドウ酒を奪い取ってひと口に飲み干す。


 レオニスが言っていた天才の一人は、彼の妹サラだ。

 強大な魔力を持つ魔法族と違い、人間族が魔法を使う際には、通常ほうきなどの道具を媒介ばいかいし、魔力を増幅させてから術を放つ。

 だが、サラは幼い頃から杖無しでも魔法で様々な術を放つ事が出来た。

 以前、レオニスは試しに杖無しで雷撃魔法のフェチャルートを使ってみたが、指先から静電気に毛の生えたような弱々しい電気が出ただけであった。


(あいつは人間では教えきれないだろう。)


 サラが入学するフリエール王立魔法学院は、7大陸で唯一、魔法族の魔法使いが教鞭きょうべんっているのだ。

 レオニスが、妹サラの深く青色をした不思議と人を安心させる瞳を思い出して、郷愁に耽っていると、良く通る声が響いて来た。


「諸君!」


 卒業パーティーも終盤に差し掛かり、校長のサイラスが1段高い教員席から立ちあがってホールの生徒たちに呼びかけると、ダンスや飲食に夢中だった卒業生たちは慌てて四角帽子を頭に被り始めた。

 天窓が開き、夜の冷たい空気を室内に流し込んで、宴の終えんを知らせる。

 周りの教員たちは手にした鈴を鳴らして、まだ騒ぎ足りない生徒たちに注目を促した。


「あ~、諸君!」


 なおもお喋りを止めない生徒に鈴が鳴らされ、やっと静かになる。


「諸君は今日めでたく卒業を迎えた訳じゃが、ひとまずはおめでとうと言っておこう。」


 生徒たちから口笛や拍手が巻き起こり、またも教員たちの鈴が鳴らされる。


「諸君の中には、武術に優れた者、魔術に優れた者、また学問に優れた者、様々な優れた才能を持って生まれた者が沢山おる。 じゃが、そのどれよりも今後の人生で重要な事を言うておこう。

 それは【勇気】じゃ。

 勇気を持つ事に才能は不要じゃが、その勇気こそが諸君のこれからの人生で最も重要になる。

 決して才能に溺れる事なく、勇気を持ってこれからの人生を歩むのじゃ。

 諸君の人生が実り多きものとならん事を!」


 サイラス校長の締めの言葉とともに卒業生たちが一斉に帽子を上に投げると、その帽子は鳩へと姿を変え、開け放たれた天窓から夜の空へと羽ばたいていった。

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