奈良山飛鳥1

 何やってるんやろなあ、俺。

 ふと気付くと、そんなひとごとを胸の内で呟くことが増えた。

 それは、大人にまぎれてスーツを着て物々しい会議に出席しているときだったり、同世代の少年少女をひっ捕まえて説教をしているときだったり、何の苦労もなく笑顔をつくっているときだったりする。

 飛鳥アスカは、そんな自分に呆れていることを知っている。柄じゃないのは、誰よりも自分が知っているのに、周りはそう思っていないところが尚更にむなしい。


「あー、何やってるんやろ、俺。ライフルで狙撃されにゃならんようなことしたかなーしたかもなー」


 日本も随分と物騒になって、と続けながら、飛鳥は公園の遊具の中で銃声のするたびに身をすくめる。独り言は、呑気だからではなく現実逃避だ。

 ついでに、案外丈夫な遊具にも感謝しておく。銃弾の二発も喰らえばあっさり穴が開きそうな気がしたが、もってくれている。それとも、狙撃者に同じ所に当てるほどの腕がないのか。


「とりあえず俺一人のときでよかったー叔父さんとかおったら洒落しゃれにならんわー」


 今のところ一緒に暮らしている叔父とその友人は、武闘派と名乗れば盛大に嘘つき呼ばわりされそうな人たちだ。

 この間も、診療所もねている一軒家に侵入した泥棒に何もできず、飛鳥がどうにかした後で腰が抜けていることが発覚した。どちらがとは言わないが、どんぐりの背比べだ。

 飛鳥は、スーツのポケットに入れてある安っぽい玩具おもちゃの腕時計を脳裏に浮かべ、即座に消し去った。

 心強い友人や妹や仲間たちと繋がっていたそれを、断ち切ったのは飛鳥の方だ。今更何があっても、すがれるはずがない。

 ――呼べば来てくれるヒーローにはなれなかったし、なってもらおうとも思わない。


「しっかし、弾尽きんのかいな」


 雨音のように途切れず続く銃声と着弾に、いい加減身体もすくめ飽きた。

 というのは嘘で弛緩しかんする間がなく緊張で強張こわばっているが、それよりも、音が反響するせいで頭が痛い。


「…ま、本当に一人でよかった」


 飛鳥一人なら、何があってもそれで終わりだ。一緒にいて助けられなかった誰かのことを悔やみながら終わらずに済む。


「知らんかったなー。俺、結構ウツウツとした奴やったんやなー。明るさだけが取り得やと信じて生きて来とったのになー。うっかりや」


 自分を茶化していると、不意に銃声が止んだ。ようやくの弾切れか様子をうかがうことにしたのかはわからないが、考えるのが面倒になって、飛鳥は腰を上げた。

 金属製の山の中からい出て、まだ青い空を見上げるように背伸びをする。こうしてみれば、ただの平凡な日常だ。


「あー腰痛」

「動くな」

「え、無理」


 声をかけられ頭に何か硬いものが当てられたが、背伸びの体勢をずっとたもつのはつらくて、あっさりと手を下ろしてついでに反転する。

 ライフルを構えた中年男が立っていた。


「…。どちらさん?」


 これっぽっちも見覚えがない。

 そろそろ肌寒いというのに半袖の男は、似合わないサングラスをかけて今にも湯気ゆげを立てそうな赤ら顔で飛鳥をにらみつける。

 顔が引きっているが、だからといって知人なら、見間違えるほど形相が変わっているわけでもない。

 男は、何度かしゃっくりのようなことを繰り返した後、飛鳥の額にライフルの銃口を密着させ、一度、深呼吸した。実は、飛鳥が勧めたのだが。


「し、知ってるんだぞっ、お前が諸悪の根源なんだろっ」

「はあ?」


 なんだそりゃ。

 続く言葉を飲み込むが、根が正直な飛鳥の怪訝けげんさはあふれ出てしまったらしい。男が、赤ら顔から茹蛸ゆでだこに昇格する。


「お前がっ、遭遇を起こしてっ、妙な力で世の中支配しようとしてるんだろっ」

「なんつー壮大な」


 飛鳥の呟きを無視して、男は一方的に非難の言葉をあふれさせる。

 今までにも色々と噂は耳にして、『遭遇』が人為的に引き起こされたものだ、といった陰謀説は飽きるほど聞いたが、まさかその首謀者に任命されるとは。

 飛鳥としては、世の中を支配しようと思ったことも破壊しようと思ったこともない。救おうと思ったことなら、今となっては心理的に昔々の幼少時代にあったかもしれないが。

 喋る茹蛸を見上げながら、飛鳥はふと、馬鹿馬鹿しさにやっていられなくなった。

 男は、あれだけ撃ちまくって今もライフルを突きつけているというのに、何をやっているのか。終わらせるならとっととしてくれ、とこちらからたのむのは妙な話だ。

 もしかして、弾切れか。いやそれ以前に、銃口を密着させてしまって撃てるのだろうか。銃口を詰まらせると暴発するのではなかったか。

 男の薄っぺらい腹をぼんやりと見ながら、飛鳥は、ため息をついた。


「お前っ、聞いてるのか?!」

「あ、すみません、何でしたっけ? 俺がアングルモアの大王って話?」

「アン…なっ?!」


 それまでも十分だと思ったが、それ以上に激昂した男を見て、飛鳥は、違うなあ、と呟いた。

 足を引っ掛けて、みぞおちを突く。たったそれだけのことで、男はあっさりと意識を手放して倒れる。

 一応回収したライフルは、形だけ似せたエアガンだった。


「あー…どうすっかなー」

「…動くな」

「お、当たり来た?」


 後方から聞こえた声は、まだ幼いといえそうな若い声。

 年下かな、と思いつつ振り返った飛鳥は、少し距離を置いてライフルを構えた人物を見て、首を傾げた。


「女の子」

「黙れ、動くな、親父から離れろ!」

「…動かずに離れろって、どうやって」

「うるさい!」

「えー」


 年下だと思うのだが、体つきはそれなりに女で、睨む目が異様にきつい。おまけに、髪は男でも短い部類に入るくらいの長さ。

 不意に、それほどの根拠もなく気付いてしまって、ああ、と、飛鳥は声を呑み込む。そうして、度の入っていない眼鏡越しに少女を見つめる。


「大変やったんやろうけど、その責任を俺に求められても困るなあ。残念ながら、そこまで超人違うんや、俺」

「お前に何が…ッ」

「わからへん。だから、わからんほどにフツーなんやって。お気の毒様、ご苦労様、ご愁傷様。お悔やみの言葉ならいくらでもかけられるし、謝れ言うなら謝ってもいいけど、俺が何かやってこうなったわけ違うし、そんな無関係の奴捕まえてそんなこと言われて、嬉しい? 何か治まる?」


 少女は、言葉もなくいきり立ち、ライフルの引き金に指をかけた。が、そこで動きが止まる。

 怯えた目から視線をらし、飛鳥は周囲を見回した。見知った顔を見つける。ついでに、腕時計を見る。


「おー時間ぴったり」

「…なんでっ、なんで飛鳥はオレがおらんときばっかり死にかけてるんやっ!?」

「いやそれ俺に言われても。ありがとうな」


 一葉に礼を言って、少女に向き直る。ライフルを取り上げようかと思ったが、それでは後々、この親子が困るのかもしれない。

 飛鳥は、スーツの胸ポケットを探り、名刺大の紙を二枚取り出し、倒れている男の上に置いた。


「ハローワークの地図と、世話焼きの和尚おしょうさんの名刺、置いとくな。あのな。俺が殺されて全部なかったことになるなら、喜んで自殺だってする。でもそうでないなら、俺は、生き残ってこの状態をどうにかしたい。あんたらも、できることからやっていった方が建設的やと思うで」


 さあ行こか、と一葉カズハうながし、公園を入ってすぐのところに止めていたバイクに近付く。幸いにも、これは撃たれていない。


「少し離れてから解放したってくれるか?」

「殺したほうが早ないか」

「あかん」


 一葉に予備のヘルメットを渡し、走り出す。しばらく、あてもなく走って海辺に出たところで止める。

 何の青春映画だ、と自分に突っ込むが、青春ものは河原だったような気がする。違ったかもしれない。

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