石動蔵之介
はじめて
「よークラー泊めてくれー」
「おうー」
主な生活場所は他へ移したものの、
この頃は、
やっぱり部屋をあけて置いてよかったと、
元々は飛鳥との二人部屋だったものを、移って一人になったから誰かのところに引っ越そうかとも思ったのだが、まだ部屋数に余裕があったのと
「おい、寝るなら眼鏡」
「んー」
はじめは
外す気配がなく、余程眠いのかと蔵之輔が手を伸ばすと、急に腕をつかまれた。
「な?!」
驚いて妙な声が出る。見ると、いたずらが成功したような顔で、飛鳥がにんまりと笑っている。
「…何するんや、阿呆か」
「なあクラー、
「なにっ、おまっ」
鏡を見なくても、顔が赤くなるのがわかる。飛鳥の、にまにま笑いが強くなる。
「ええい放せっ」
「なんや照れるようなことでもあったんかー?」
完全に、からかわれている。わかるのだが、祖母以外で誰かが自分を好きでいてくれる、という状態自体に慣れない蔵之輔としては、どうしようもない。
皐月と一緒にいられるだけで、ふわふわとしてしまう。
そんなことを素直に打ち明けられるわけもなく、蔵之輔は、一生懸命に飛鳥の腕を外しにかかる。
が、飛鳥もそう簡単に手を放すわけもなく、気付けば、はじめが何だったかも忘れて取っ組み合いになっていた。
喧嘩ではなく、ただの遊びのようなものだ。
「何、さすねん、阿呆っ」
「あはは、ごめんごめん、怒っちゃいやん」
息の切れている蔵之輔と違って、飛鳥は、髪も服もぐちゃくちゃになりながらも、余裕で笑っている。
こういうところが
今度は蔵之輔がタオルケットを被って、自分のベッドに寝転んだ。
「寝る」
「えー? ラブラブ生活でも語ってくれるかと」
「誰が!」
「まあ何にせよ、おめでとう」
いつもの軽口のようで何かが引っかかり、蔵之輔は体を起こした。ベッドの上に
蔵之輔が見ているのに気付き、首を傾げる。
「何?」
訊かれても、何があるわけではない。いや、と首を振ってしまう。
「あ、そや。今日はもう遅いからって話明日回しになったけど、学校、再開するって」
「…は?」
「学校やって、学校。大分落ち着いてきたし、ようやくそこまで回ってきたな。ちょっと試験とか測定とかあるけど、まあこれで、大体戻るかな」
学校、と言われても、ぴんと来ない。
蔵之輔は今はここの機械全般のメンテナンスや場合によっては新しく組み立てたりもしていて、今更、教室で数学や国語をやると言われても戸惑ってしまう。
飛鳥も、そんな蔵之輔の様子に気付いたのか、苦笑した。
「今更要らんかも知らんけど、今までの勉強だけじゃなくて、超能力絡みでも色々やるから、とりあえず十代はみんな集まってくれってことになるらしい」
今度こそ、わけがわからない。
「あのな、海外でのインフルエンザ、遭遇の変形バージョンやってのは聞いたやろ?」
「あ、ああ」
「遭遇のあれこれを、仮にウイルスによるものやとする。仮に、な。まだ因子の特定は出来てないから。で、仮ウイルスに感染したら、超能力開花したり発火したり熱出したりしたわけや」
わかるか、という風に見てくる飛鳥に、一拍遅れて肯きを返す。
「さてここで設問。仮ウイルスは、どんな基準で感染していったか」
「え? ああ、俺みたいに何もなかった奴がおるんやから、感染非感染があるんか。…偶然違うんか?」
「ハズレ。実は、設問自体がずるいんやけどな。仮ウイルスは、もれなく感染してました」
「は…?」
何を言い出すのかと、まじまじと飛鳥を見るが、張り付いたような笑みは微動だにしない。
そんな顔を、する奴ではなかった。そう思ってから、この頃ゆっくりと飛鳥と顔を合わせていなかったことに気付く。
この部屋に泊まりに来ても互いに寝るだけで、まとまって話をするのも、考えてみれば久しぶりだ。
蔵之輔は、置いて行かれたようで、急に不安に襲われた。
だが飛鳥は、気付かないのか気にしないのか、
「感染して、反応に差があったってだけの話。ある程度大人には後に残るような変化はなかったみたいやけど、多分、カズさんくらいがぎりぎり上限で、それぞれ何かしらの力はついてもたみたいやな」
「いや…でも、俺…」
それなのに、飛鳥はじっとみつめてくる。眼鏡はなるほど箔付けになっていると、妙なところで感心する。
「機械の、いや、物の仕組み、前よりわかるようになったと思わんか?」
思い当たる節に、ぎくりとする。飛鳥は、訊いておきながら言葉は待たず、納得したように頷いた。
「サイコメトリーってのかな、物から読み取る力。それほど強くないから、クラも俺も、気付かんかった。そんな風に、誰もが何かしら持ってる。それは、全部が全部とは言わんけど、多分、鍛えたら強くなる。下手したら、暴走も。学校は、それを…厭な言い方やけど、管理するためにも必要なんや」
「は…なんで…じゃあ…」
管理するためには、グループ分けが必要になるだろう。その方が、やり
蔵之輔は、ここで暮らす他の者たちと違って力はないものと思っていた。
それならそれで、なんとか気持ちの切り替えも出来た。土俵が違うのだ、と。だが、そうでないなら。劣等感を抱く自分が、簡単に想像できた。
呆然と見詰める先で、飛鳥は、表情を浮かべないまま、口を開いた。
「俺も、行くことになる。ただ――教師としてって話になってる」
それは、そうだろう。見ただけで、能力の傾向と強さがわかる。ただの生徒にしておくには惜しいし厄介な能力だ。今までだって、飛鳥は他の者たちに力の使い方を教えてきた。
それでも。
違うところに立つのだと、ありありと思い知らされたようで、蔵之輔は打ちのめされた。ふわふわとした「幸せ」はやはり壊れてしまうのかと、そんな風にも、思った。
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