岬一葉
部屋から出てきたときには、生真面目な顔つきをしていた。細縁のメガネとかしこまったスーツ姿とで、ずいぶんと「大人」に見える。
だがそれは、外で待っていた
「よー久しぶりー」
笑うと、年相応だ。むしろ、幼く見えるかもしれない。
変わらない
その隣を、一緒に待っていた
「お疲れ様です」
「おー。そっちもお疲れ様」
一葉は、じっと窓の外を見た。県庁に入るのは初めてだが、何が変わるわけでもない、ただの建物だ。
「護衛お疲れ。まだ終わってないけど」
気安い声。
何も変わらないのだと知って、やっぱり一葉の胸に、安堵と苛立ちとが同居する。
よかった怒ってない、何故怒らないのか。どちらも、勝手な感情だとわかっている。一葉が、飛鳥に望めることなど何もないはずなのに。
「えーと…。和哉さん、俺先行きますねー。寄り道していくから戻るのはそっちのが早いと思いますけど」
「ああ、うん、お疲れ様。今日はこっち泊まって行くんだよね?」
「そっち行って色々片付けてたら、夜ですからねー。今の日本で下手に事故ったら、見つけてもらったとき骨と化してておかしくないですからねえ」
「っ」
手が出たのはとっさの事で、何も考えていなかった。飛鳥のきょとんとした顔を見てはじめて、自分がスーツの
頭の中は、真っ白だった。
「どうかしたか?」
「
「呼んでるで? 話あるならまた後で――」
「棚橋、そっち一人でいけるな?」
護衛と称して、一緒に和哉の出先について回ることの多い棚橋は、和哉に問うような視線を向け、頷くのを待って大丈夫だと返した。
それで、決まる。
「俺、こっちにつく」
「飛鳥をよろしくね、岬君」
どうしてお前に頼まれる必要がある。その言葉は胸の中で潰して、
その音が聞こえなくなっても、動けなかった。
「えーっと…? なあ、俺、一人でも大丈夫やで?」
「ガキを
「今回の召集もメインそれやったけど」
和哉の外出に物々しい護衛がつくようになったのは、割合に最近のことだ。
どういった情報が漏れたものか、各地で、能力を持った子どもを束ねる者を襲う事件が頻発した。公のニュースではただの強盗や喧嘩で済まされているものが、内情を知れば全く違った意味を持つ。
今回わざわざ神戸の県庁まで出張ってきたのは、そういった「統率者」と政府と企業の連合が、対策を含めての話し合いを行うためだった。その集まり自体は既に、何度か行われている。
「でも俺、狙われる理由ないと思うんやけどなー。まとめてるんカズさんやし」
「アホか」
ようやくスーツから手を離すと、それを合図にしたかのように飛鳥が歩き出す。数歩進んで、
「守ってくれるんは嬉しいんやけどさ、俺、ここまでバイクなんやけど。平気か?」
「…心配なんはそっちの運転やろ」
「自転車の二人乗りよりはやりやすいぞ」
妙な言い方をする。
一歩遅れて後を追うように歩き出しながら、一葉は、そっと息を吐いた。一応、喋れている。
飛鳥に嘘をつかれていたと知ったときに、もう関わってはいけないと思った。自分でも驚くほどのショックに気付いて、離れる準備をしようと思った。
ずっと一緒にいてほしいとは望めないのだと、いつか置いていかれるのなら今のうちに諦めたほうがいいと。
それから、ほとんど口を
そのうち、飛鳥の方でも
「はいメット。で、悪いけど体重完全に預けてくれな。何せバランス命の乗り物やから、重心ずれたらすっ
予備らしいヘルメットと薄手ながら丈夫そうなパーカーを投げて寄越し、自分は黒皮のグローブも身につけ、スーツの上着を脱いでネクタイを外す。
「…革靴でバイク?」
「あ、これ? サラリーマン御用達に見えて実は、ハイキングに活躍のシューズ」
いつものようにへらりと笑いながら、さっさとバイクにまたがってエンジンをかける。そうしてから、一葉を手招いた。
少し
「ああそうや、何か来たとしても、一番は自分を守るために使えよ。俺のことはその次でいい。わかってると思うけど、順番、間違えるなよ。んじゃ、出るぞー」
これが女の子ならもっと楽しいのになあ、と、冗談のような言葉に乗せて発車する。それは牽制だろうかと、しがみつきながら思った。
だが。もう遅い、と、そうも思ってしまった。
手遅れなのだと、はっきりと自覚してしまった。何があったわけでもなく、ただ、久しぶりに会った。それだけで、わかってしまった。
「飛鳥。――好きや」
ヘルメット越しに、声は届いたのか風に流されたのか、飛鳥からの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます