奈良山京
露骨にしていたつもりはないのだが、さすがに
今日で、兄と叔父、医師の
はじめは当然のようについていくと言っていたのにやめたのは、いってみればただのわがままで、その気まずさもあった。
何より、兄が気にしない様子なのが余計に京をぎくしゃくとさせる。
「残念やけど、生活環境自体はこっちの方がいいやろうしな」
一緒に行くのをやめると告げたときに叔父はそう言った。たまたまその場にいた岩代も同意し、そこに兄がいたところで、引き止めてはくれなかっただろう。
自分で決めたことだというのに、それが、淋しかった。そう感じたことが子どもっぽく思えて、厭になる。
つまり自分は、それまで
「京さん、もう皆集まってますよ」
ひょいと、恭二が姿を見せる。時計の針が夕食の時間を示しているのは知っていた。
いつもであれば多少ばらつきのある夕食だが、今日は三人の送別会も
「…わざわざ探しに来んといてよ」
「あんまり意地、張らない方がいいと思うよ。そういうのって、どんどん引っ込みがつかなくなっていくんだから」
「わかったようなこと言わんといて」
「経験者は語る、かな」
わずかに陰を帯びたように感じられた恭二の言葉に、京は
逆に、京の反応に気付いて笑みを深める。
「自覚はあるだろうけど、反抗期もほどほどにした方がいいよ?」
「そんなんっ…。…反抗期って、普通、親にじゃないん?」
素朴な疑問に、恭二はきょとんと瞬きを返す。
「親のような存在、だから、飛鳥さん相手で間違ってないと思うよ?」
「えー? 親代わりって言うなら一郎兄さんやけど」
影の薄い、というよりもろくろく記憶のない父や滅多に顔を合わせない母ではなく、実際育ててくれたのは、祖母や叔父だ。兄ともずっと一緒だったが、二つしか離れていない。
が、恭二は譲らない。
「兄弟って、意外に親よりも親っぽいと思うけどな。飛鳥さんが京さんのことを一番に考えてるのは、見てればわかるよ」
そこに反論はない。ない、が、素直には認められない。
ただ二年、先に生まれただけの人だ。叔父のように倍ほども生きているわけではなく、母や祖母のように、産み落としてくれたわけではない。ただの、同じ親から先に生まれただけの、言わば他人。
それなのに――そこまで庇護してもらう
だが改めて考え直して、気付く。言われてみればごくごく当たり前のように、京はそれを受け
それなら。
「お兄は…だから、もうやめたくなったんかな」
「え?」
「たった二コ離れただけの妹の親なんてしたくないって、だから引き止めてくれんかったんかな…」
「――親子の例えで言うなら、飛鳥さんも、子離れしようとしたんだと思うよ」
「…恭二さあ、なんで、残ったん?」
「残る?」
再びの驚き顔に、京は
「
飛鳥にべったりと
それも、京が一緒に行くのをやめた一因でもある。
京がいなくても、飛鳥は気にしないだろう。そう思うと
だが恭二は、考え込むように顔を曇らせた。
「イチ君を気にしてやってほしい、とは言われたけど…僕は何も言われてないし、多分、イチ君も。クラさんもだと思う」
「ええ?」
春が声をかけられなかったのは、自分が断ったからだろうと思っていた。男所帯に一人誘うわけにもいかず、だが、恭二たちにはそんな遠慮はいらないはずだ。
何か気が変わったのかと首を傾げる京の目の前で、恭二は難しい表情を崩さない。
「恭二?」
「え? あ。とりあえず、食堂に行こう。…京さん、飛鳥さんと何でもいいから話してみてくれない?」
「は? いいけど…?」
何があるのかと恭二を見るが、それ以上何を言うでもなく、先導するように先に立って歩き出す。京も、素直にそれに従った。
食堂では、いつもよりも多少豪勢な料理が並び、それぞれが
何気なく恭二の視線の先を追うと、一葉が一人誰とも距離を置いて座っているのが目に付いた。蔵之輔は別の一角で盛り上がっていて、春は皐月や数人の女の子といる。
飛鳥はと見れば、和哉と一緒に、食べながらも何か書類のようなものをめくっている。
「京、恭二君。どこに行っとったんや? 食べるものなくなるで」
「一郎兄さん。そう言う兄さんはどこに行くつもり?」
食堂に入ってきたばかりの二人に向かい合う形で、一郎が歩いて来ていた。そのまま横を抜けるような素振りを見せていたのが、ぎくりと立ち止まる。
「いやあ…その。実は、荷造りがまだで」
「ええ? 明日の朝やろ、出て行くの。めっちゃ時間あったやん、なんで?」
「なんでやろうなあ」
「もう。手伝うわ」
「え、いや、ご飯まだやろ、俺はもう食べたから、ゆっくり」
「わかった。食べたら行くから」
それでも何かと渋る叔父を追い立てて、京は一角に集められている食器を手に取った。バイキング形式なのは、いつもとは言わなくても珍しくもない。
隣で、同じように恭二が皿を手にしていた。が、見てみれば二枚ある。
「そんなに食べるん?」
「飛鳥さんに。空になってるのに、取りに来そうにもないから」
言われて見てみれば、和哉の皿にはまだ料理が載っているが、飛鳥のものは空だ。
単に要らないだけではないかとも思うが、兄の好物を迷いなく載せていく恭二を見ていると、何か感じたのかも知れない。
恭二はテレパスで、勝手に心を除き見ることはないが、常に勘が
「悪いけど、たのんでいい? あっちに行ってるから」
頼んでいるようでいながら、有無を言わさずごく自然に皿を手渡し、恭二はさっさと一葉のいる一角へと行ってしまう。
いつの間にか出し抜かれたようで悔しさはあるものの、追いかけて行って断るのも馬鹿らしい。
出会った時とは比べ物にならないくらいに、この一年近くで、恭二は大人っぽくなった。ずるいなと、何故か京は思ってしまう。
面白くもなさそうな顔で一葉に迎えられた恭二を見送って、京は、自分の食べるものを選んで兄の元へと向かった。
隣に座る和哉は、今でもやはり苦手ではあるが、車椅子を
「恭二から」
つい素っ気無くなる。短く告げて皿を置くと、はじかれたように顔を上げた飛鳥は、それを一瞬で笑顔に切り替えた。伊達眼鏡の向こうで、見慣れた眼が
「ありがとう」
「頼まれただけやから」
「まあまあ座れって。こっちも区切りついたし、こいつが
「せっかくだし、きょうだい水入らずの方がいいかな? いつも飛鳥をこき使ってごめんね、京ちゃん」
「…いえ」
気にせんといてください、と言う飛鳥を笑って振り切って、和哉は松葉杖を手に移動してしまった。片足が動かないといっても、全く移動できないわけではない。
和哉の分の皿を持って追いかける兄をぼんやりと見ながら、京は、ため息をこぼした。
恭二にはああ言われたが、改めて話せと言われると何をどうしたものかわからない。ただでさえこのところ、ろくな会話をしていない。
それに――眼鏡をかけた飛鳥には、
はったりに、とかけ始めた度の入っていない眼鏡。始終かけるようになったのはいつからだったか覚えていないが、随分と雰囲気が変わると戸惑ったことは鮮やかに覚えている。
もやもやとしたまま、京はこちらに戻って来る飛鳥を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます