幕間

「今更だけど、本当、お見事だね。半分くらいは、返り討ちに合うかなって思ってたのに」

「残念ですか」

「うん、ちょっとね」


 優しいとさえ言えそうな笑みを浮かべる和哉カズヤに、飛鳥アスカは肩をすくめて返した。

 集会場所に使っている会議室には、もう二人しか残っていない。

 さっきまでいた子どもらは、それぞれの部屋に戻ったか、どこかで不満をかかえて気炎を吐いているかもしれない。

 私設の警邏隊を能力のある子どもらで作るという話が出たとき、飛鳥の出した条件があった。

 一度、襲撃劇を演じる。勿論もちろん、手加減はしない。

 先ほど終えたそれのために、わざわざ、岩代イワシロハルに待機しておいてもらったくらいだ。

 和哉ではないが、乱闘になって誰かが怪我をすることも考えていたというのに、決着はあっさりとついてしまった。

 持ち出した武器はポリウレタンの棒で、それで急所を打たれたり殴られたりすれば、速やかに「脱落者」として拘束する。

 実働隊は飛鳥と蔵之輔ゾウノスケで、拘束は警邏に加わっていなかった身のこなしの早い者三人ほどに頼み、判定は恭二キョウジに任せた。

 サイバーテロ防止のために、専門家に頼んで自社サーバーをハッキングさせる。防犯対策を高めるため、泥棒に入るよう頼んでみる。つまりは、そんなこころみだった。

 説明を聞かされた襲われた面々は、呆気に取られていた。


「でもこれで、弱点はわかったわけだ。ありがとう、飛鳥」

「弱点って言うか、無茶だらけですよ。ちゃんと、警備会社とか警察とか、専門家呼んで訓練してもらってください。能力の種類によっては連携の取りかたってのもあるし。素人がぞろぞろれ立って歩くなんて、カモねぎですよ」

「うん。しばらくはお休みだね。飛鳥は、訓練つけてくれないの?」

「俺も素人ですってば」

「そうかな?」

「そうです」


 首を傾げる和哉は、テレビで見た二枚目俳優のように絵になる。そうして、ふっとんだ。


一葉カズハ君、見事に見抜いたね」

「ああ、カズさんの予想通りでしたね」

「怒ったでしょ」

「ってか、泣かれるかと思いました。ミヤコと二人、この世の終わりみたいな顔されて。あいつら、一体俺をどんなのと思ってくれてたんやろっていう」


 窓の外を見遣ると、真夜中でとっぷりと闇に沈んでいる。

 会議室も、二人以外が出払った時点で一つを残して電気は消しているが、それでも、ガラスには闇に重なって飛鳥自身も映る。二人をあれだけ傷つけながら、飛鳥は、笑っていた。

 窓ガラスに映った和哉が、軽く眉をひそめる。


「本当に、君も出て行っちゃうの?」


 一郎や岩代イワシロ、それにくっついて飛鳥が出て行くことは、まだ一部しか知らない。「子ども」組では、和哉と京くらいのものだろう。まだ、蔵之輔らにも話してはいない。

 一緒に行くと言って来るだろうかという予想には、半分は期待も混じっていて、飛鳥としては苦笑する他ない。もしそうなったら、肯いてしまいそうだ。


「はい」

「それは、僕のせい? 僕が、皆を連れてきたから?」


 穏やかな声に、飛鳥は首を捻った。


「まあ、そうと言えばそうですけど。カズさん、気付いてますよね?」


 不意に、和哉の顔から表情が抜ける。

 能面のように平らかになった顔は、逆に、笑っているように見えた。皮肉気な、微笑をたたえているように。


「――僕らは、似ているね」

「はい。似てるものは、反発するか同化するか。俺は、これ以上増長させたくないんですよね、この性格」


 飛鳥と和哉は、人に頼られ、そのためになることで自分を立たせようとしている。

 それ自体はそう悪いことでもないだろうが、この状況下で、壊れかけ、もしくは一度壊れ、飛鳥らは危ういところに立っている。

 それぞれに自覚しているからこそ、一緒にいるのはけたい。


「でも、僕らが揃えば無敵な感じじゃない?」 

「まあそれはそうなんですけど。ただ俺、結構執念深いんですよね。根に持つっていうか。だから、イチを襲うような奴らあおる人と一緒にいるんはやめといた方がいいかなって」

「なんだ、知ってたんだ」

「割とあっさり吐いてくれまして。あれって、事前調査ってやつやったんですか? 今後はないですね?」

「うーん、まあね。そっか、許してくれないか。残念だな」


 笑顔を取り戻した和哉に飛鳥も笑みを向け、赤い腕時計に視線を向けた。


「俺らも、そろそろ寝ますか」

「そうだね。おやすみ、飛鳥。引越しまではよろしく」

「までって、多分、その後も結構行き来あると思いますよ? ここの分所みたいな形になるわけでしょ」

「あ、そうか。じゃあ、これからもよろしく、だね」

「ですね」 


 顔を見合わせ、二人は笑った。

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