「だからって手を止めたらあかんやろ?」

 離れているといっても、昼間であれば顔も見分けられる程度の距離だ。彼らが、襲われているのがはっきりと見えた。棍棒のような武器を持って、少なくとも二人いる。

 相手は黒ずくめのようで見分けにくいが、能力を持っているはずの、それも、どちらかといえば攻撃に適しているはずの能力を持っているはずの「仲間」たちが、ばたばたと倒れる。


 ミヤコは、いや、サツキと一葉カズハも、一瞬、息をんで立ち尽くした。

 はじめに一葉が動き、つられて、京らも我に返る。

 が、京は立ち尽くしたままだった。

 京も攻撃はできるはずだが、そのためには相手に触れなければならない。至近距離で、何もされずに能力を発揮できるだろうか。

 数日前、ハルに守ると言った。

 嘘のつもりはなかったが、今ここに春がいて、同じことを言えるだろうか。自分すら、守りきれるだろうか。

 隣でサツキが駆け出し、一葉が気を集中させるのを感じながら、ただただ、立ち尽くす。座り込まないようにするだけでも精一杯だ。

 痛いくらいに見開いている眼が、突進して行ったサツキが軽くあしらわれ、身を沈めるのを映した。


「なんで――」 


 急に聞こえた、途方に暮れた迷子のような呟きに、思わず一葉を見る。その一瞬に、軽い足音が迫ったのを知り、咄嗟とっさに目をつぶってしまっていた。


「はい、お前らアウト。恭二キョウジ、カズさん、終わったぞー」

「………は?」

「クラ、怪我けが人おらんよな? おったら、即センセーんとこ連れてって」


 目を開ければ、すぐ近くに見慣れた顔があった。

 バンダナか何か、布で顔の下半分を覆ってはいるが、十四年も一緒に過ごしてきた兄を、見間違えるはずがない。声も、聞き間違えようがない。

 飛鳥アスカが、京を覗き込んでいた。


「な…」

「襲ってきたやつらに対して、目をつぶったらそこで終わってまうやろ。例え反撃できんでも、見て、状況は判断しな」

「なっ、なんで…っ、何これ!?」

「説明はまとめてやるけど、ま、抜き打ち試験ってとこか。外の危険を知ってくださいってな」


 腹立たしいことに、そんなことを言った飛鳥は、あっさりと隣に立つ一葉に視線を移す。一葉は、何故だか思い詰めたような顔をしていた。


「イチ、お前はなんで何もせんかったんや? 最大の難関はお前やと思っとった」

「…飛鳥に、力なんか使えへん…」

「あー、そっか気付かれたか」


 飛鳥は苦笑して、頭をいた。

 たしかに、顔がわからなくても声を聞かなくても、親しい人を見分けることはできる。京も、街中の雑踏で、会うとも思っていなかった友人を後ろ姿だけで発見したことがある。

 しかし、今のは全くわからなかった。それなのに、一葉は気付いたのか。そう思うと、複雑な気分になる。

 喧嘩してるとこなんて知らんし、という声や、でもお兄やのに、という声がぐるぐると渦を巻く。

 京の気も知らず、飛鳥は、一葉に目線を合わせるためにわずかに腰をかがめ、子どもにするようにその頭に手を乗せた。


「でもな、イチ。だからって手を止めたらあかんやろ? 俺が敵方になることもあるかも知らんし。それか、めっちゃ顔や動きの似た奴とか、京みたいに幻を見せるってこともある。ま、京みたいなのはどうしようもないけど、相手が生身なら、とりあえずひっ捕まえて、確認した方が安全やぞ」

「なんで…」

「ん?」

「なんで、このこと、俺には話してくれんかった」


 あたしにも、話してくれへんかった。

 京も隣で呟いたが、言葉としては出てこなかった。ただ、一葉を見つめて苦笑するように細められる飛鳥の目を、ぼんやりと見ていた。

 伊達眼鏡だてめがねは相変わらずで、既に、かけていないときの顔の方に違和感を覚えるだろう。襲い掛かるなんて危ないから外せばいいのに、と、わずかに思った。


「――実を言うと、それ、カズさんに言われた。俺やって気付いたら、イチは絶対に攻撃してこーへんって。でもな、イチ。ひどいこと言うけどな。お前は、もう少しは俺を疑った方がいい」


 ――それは、あたしにも言ってる?

 急に、飛鳥が遠くに思えた。

 一人で両親の代わりをこなしてくれた、本当は頼りにも自慢にも思っている、兄。誰よりも身近だったはずの、兄なのに、急に、知らない人のように思えた。


「さて、とりあえず戻るか。こんなとこでほんまに襲われたらしゃれにならん」


 ぽんと肩を叩き、飛鳥は京らに背を向けた。

 隣を見た京は、自分もこんな顔をしてるんかなと、思った。

 親を見失って途方に暮れて、それ以上に寂しくて、何故か裏切られたような気分にもなって、泣き出しそうな、子どもの顔。

 今だけは、天敵のはずの一葉が、双子のように思えた。

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