「やっぱりこんなの…変やんな」

 ミヤコは、手の平に乗った小さなバッジを見つめた。

 市の陸上競技大会に参加したときにもらった、参加賞のピンバッジぐらいの大きさ。あるいは、校章とも似ているとも言える。

 針ではなく、ねじとナットのように二つに別れるパーツで、布を挟み込んでめるような仕組みになっている。妙に分厚いのは、薄型とはいえ太陽電池を入れるためには仕方がなかったのだろう。

 座っている二十人ほどの十代前後の男女の中で、立っているのは二人だけ。一人はバッジを配っていて、もう一人がそれが終わったのを確認してうなずく。


「それが、GPS内臓のバッジだ。皆、なるべく身に着けるようにしておいてほしい」

「はーいっ、寝てるときもスかー?」


 冗談交じりで勢いよく手を上げていすを蹴立てて立ち上がった少年に、今やたった一人で立っている青年は、にこやかに肩をすくめた。


「まあ、念のため。一応、寝返りを打ったくらいじゃ壊れないようになっているけど、物凄く寝相ねぞうが悪いなら止めておいた方がいいかも」


 なごやかに上がる笑い声が、京のかんさわる。まるで何かのセミナーにでも紛れ込んだかのようで、何でもないことが妙に気に障る。

 そのうちの一つは、さっきまで立っていた一人、飛鳥が、助手でもあるようにいいように使われていることだろうか。

 京は、腕にめた安っぽいエナメルのピンクの「変身時計」にちらりと目をやり、バッジを見た。

 言うまでもなく腕時計の方が高性能で、これがあればバッジはらない。しかし、和哉カズヤは一律に配ると言った。

 ――超能力を持つ者には、一律に。


 和哉を囲むように座る一団から少し離れたところに、椅子が三つ並んでいる。そこには、バッジを配られなかった蔵之輔ゾウノスケ恵梨奈エリナ、一郎が座っている。

 美登利ミドリ岩代イワシロ医師にも配られていないが、二人は仕事が片付いていないと言ってこの場にはいない。

 超能力を持つ者に配るのは、超能力者狩りがいよいよ横行しているからだという。

 どこかの『遭遇』対策に加盟している企業が行っているとも、非参加の組織が行っているとも、異能者を恐れた非能力者がやっているのだとも、能力者同士の潰し合いだとも、様々にささやかれるがはっきりとしたことはわかっていない。

 ただ、超能力を持っていたともくされる人たち――主には十代の子どもだが、彼ら彼女らが不自然に消息を絶っているのは事実だ。

 そして、万が一さらわれたときのためにと、和哉の発案で蔵之輔を中心につくり、配布に至った。


 だが、超能力を持たない者をはぶく理由がどこにあるのかが、京にはわからない。

 そもそも、襲われる危険は、ほぼ軟禁状態の続く基地での生活者よりも通いで住居と基地とを往復している者の方が高いはずだ。超能力者狩りでなくても、治安の乱れてきた昨今では気が抜けない。

 京もこれまで感じていたような、家族と親戚程度の感覚による区分けなら、蔵之輔たちにも配らないのは何故か。

 材料の調達が難しいとはいえ、五つくらいどうにでもなるだろうし、ならなくても、「変身時計」を持っている京らに回さなければ足りるはずだ。

 バッジを後で一郎に押し付けようかと考えながら、京は、和哉への不信感が強まるのを感じた。

 恵梨奈は諸手もろてを上げて歓迎し、色々とゆだねているようだが、どうにも賛成できない。


「それじゃあ、このくらいで。おやすみなさい」


 学校の合宿か、と内心毒づきながら、ざわめきだした人たちの中で、京はさっさと椅子から立った。隣で、春も立ち上がる。見ると、目線で苦笑を返してきた。


「飛鳥、ちょっといいかな」

「はい、何ですか?」


 和哉の呼びかけとのんびりとした飛鳥の声を聞き流し、京は、会議室に使われていた部屋を後にした。


「春ちゃん、あたし、これ叔父さんに渡そうかと思ってるんやけど」

「あ、うちも。美登利さんに持っていこうかと思ってた」


 何とはなしに声を潜めながら、頷き合う。春も、あまりいい感情を持たなかったことがわかる。


「クラさんは時計持ってるからいいとして、岩代先生と恵梨奈さんの分、恭二キョウジと…ミサキに、頼みに行く?」

「飛鳥君にも頼めへんかな。花岡ハナオカさん…あかんかな」


 花岡とは、岩代の助手として働いている通いの新米医師の名だ。頷きながら、京は顔をしかめた。


「やっぱりこんなの…変やんな。とりあえず先に配っとく、っていう感じでもなかったし」

「うん…何か、特権階級みたいで厭やな。力持ってるからって、多分そんなの偶然やのに。問題は、それで何をするかやろうのに。…一回、飛鳥君とちゃんと話したいな。考えてみたら、うち、和哉さんたちが来てからあんまり話してない気がする」


 言われて、気付く。

 京も、連絡伝達のような会話はともかく、まともに話し込んだ覚えがない。せいぜいが、公園へのピクニックを阻止されたあのときくらいだ。

 和哉は十数人の超能力者をともなってやってきた。

 基地での生活者が倍以上に増えたのだから、それまでの生活が変わるのは当たり前で、勝手が違うのはそのせいばかりだと思っていた。

 人数が増えたことで京の担当する経理関係の雑事も増え、周辺の病院や医療所がいよいよ閉鎖しているために、春が働いている医療部も忙しくなっている。

 すれ違いや苛立ちは、そのせいだと思っていた。

 だが考えてみれば、同室の春とはともかく、いやそれも疲れで多少減っているが、会話自体が減っていた。それでは、意思疎通が鈍るのも当たり前だ。


「春ちゃん」

「うん?」

「あの人たちが来る前の人だけで話をするのって、新しく来た人たちに失礼かな。あたしが受け入れようとしてないから、変わるの怖がってるから、こんなにぎくしゃくするんかな」


 いつの間にか部屋の前にたどり着いていて、鍵を開けて中に入る。そういえば、きっちりと部屋に鍵をかけるようになったのも、彼らが来てからだ。

 春は、ベッドにちょこんと座って考え込むように軽くうつむいた。


「うちにも、よくわからへん。でも…」


 よし、と、京は拳を握り締めた。春が、立ったままの京を、不思議そうに見上げる。


「下行こ。お兄もそのうち戻って来るやろうし、とことん話そ」


 ぽかんと見つめる春の手を取って、部屋を出る。勢いで動いている自覚はあったが、ここで立ち止まって、うじうじと堂々巡りの不満を溜め込むのもうんざりだ。

 折角そう決意したのだが、廊下に出たところで、方向転換を迫られた。


「京。ちょっといいかな」

「一郎兄さん?」


 血の繋がらない叔父が、女子専用の階になっているからか若干居心地が悪そうに立っている。京は春と顔を見合わせて、渋々と手を離した。


「うち、美登利さんと話してくるな」


 ひらりと手を振って、春が京たちから離れる。一郎が、申し訳なさそうなかおをした。    


「ごめん、何か邪魔したか?」

「ううん。何?」

香里カオリさんからメール」


 京の耳元で囁くように声を潜めたのは、少ないとはいえ他の少女たちを気にしてのことだろう。

 超能力を持ってしまった少年少女たちの、ほぼ確実視されている共通点がある。

 ――両親が、発火して死亡していること。

 発火や超能力の発現には、いくらか血筋、おそらくは遺伝子が関係しているとして、そちらでの解析も進められている。

 京と飛鳥の母は海外にいたために無事で、一郎とは血がつながっていない。伯父一家も数年前から海外で暮らしていて、京たちの近い血縁者には被害は出ていない。

 だが、超能力を持つ、おそらくは最低限両親とは死に別れただろう子どもたちとの共同生活の中では、それは逆に負い目にもなる。

 京は頷いて、一郎について最上階に上がった。

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