「建前の説得なら、聞きたくない」
「
「あ、うん、ちょっと待って」
ここに来た当初よりも伸びてセミロングになった髪を
応じて、二人の医者がややくたびれながらも気安く送り出す。
はじめの頃は、遠慮していて
今日は、京から誘ってのことだ。
「お待たせ…何持ってるん?」
京の下げたバスケットに、春が首を
自分の言動が素っ気無いくらいに尖っている自覚のある京は、そんな春が
「外仕様にしてもらったから、公園にでも行こ」
「え、いいん? 危なくない?」
訊き返す言葉には、怯えはあまり感じられなかった。一度
しかしとりあえず、肩をすくめて、歩き出すよう
「バンドつけてるやろ? 公園って言ってもすぐそこやし、一応、クラさんには断ってるから。何かあったら、あたしが春ちゃん守る」
「あ…ありがと」
「お礼はいいわ、わがままやってわかってるもん。でも、人多すぎやし息抜きしたいんやもん!」
「うん、それはうちもちょっと思う」
にこっと、ちょっとした共犯のように春が笑う。京も笑い返した。
人が多い。
本当に、この一月ほどで増えた。
診療所を
原因――と言っていいのかどうか、とにかくきっかけは、
東京の大学に通って一人暮らしをしていたらしいのだが、遭遇以来、各地を転々としてやっと姉の元にたどり着いたということだ。
恵梨奈は大喜びし、
それまでは飛鳥が中心にまとめていたことも、気付けば当たり前のように和哉がとりまとめを行っている。
その上で、和哉が道々で出会い行動をともにしていたという少年少女たちが、我が物顔で同じ建物の下で生活しているのも少々腹立たしい。
「おーい京」
今にも建物を出ようとしたところで、飛鳥の呑気な声が呼び止めた。思い切り不機嫌に、首だけで振り返って
「何」
「うわ機嫌悪。なんや」
「お
「何やねん一体…。いやな、クラに聞いたんやけど、外で昼食べるって? 危ないから」
「ついて来るも出るなも却下。行こ、春ちゃん」
会話を続ける気も無く振り切ろうとしたところで、肩をつかまれる。もう一度睨みつけると、飛鳥は困った顔をした。
いい気味だと思う反面、八つ当たりとの自覚もある分、少しだけ申し訳なくも思った。
飛鳥は春を見て、京を真っ向から見つめた。さっきまでの情けない顔のどこからと思うほどに、憎らしいほどしっかりとした顔つきをしていた。
「何に
「…飛鳥君」
春が小さく、声をこぼした。服の
そのときは無事に戻れたが、あれほど近くで
こうなると、
「わかった、今日は
「そうしてくれ」
「でもお
飛鳥が、ぐっと唇を
それでなくても飛鳥は、この建物で暮らすようになってからというもの、素通しの眼鏡をかけることで
はじめの頃は眼鏡を外しているときもあったが、最近では、外しているところを見た覚えがない。さすがに、寝るときにはかけていないのだろうが。
京は、兄を睨みつけた。
「建前の説得なら、聞きたくない」
「飛鳥さん、屋上の鍵預かってきました。京さん、春さん、どうぞ」
勢い任せに続いて飛び出しそうになった言葉を上手い具合に
そっと、手の平に鍵が落とされる。
「高い分風があって寒いから、一度部屋に行って毛布でも持って行った方がいいよ。飛鳥さん、クラさんが探してました」
「ああ…ありがとうな、恭二。じゃ」
ぽんと叩くように恭二の頭を
まだ幼さの残る顔つきながら、出会った当初の素直さはどこへやら、笑顔という仮面を手に入れた少年は、にこりと笑みを見せる。
はっきりと心の内を読む能力を持っていて、それは使わないまでもある程度の感情は感じ取れる恭二は、逆に自分の感情を読み取らせないのが上手くなってしまっている。
京は、口を尖らせた。
「あんなのに助け舟、出すことないのに」
「僕が舟に乗せたのは、京さんのつもりだったけど?」
「…かわいくない!」
あそこで色々と口走れば、飛鳥の反応がどうあれ京は後で落ち込んだだろう。そこまで見透かされていることに、いよいよ口が尖る。
厭な気分にはならないが、ふてくされる。
「ごめん。でも、かわいいって言われる方が落ち込むよ。僕、一応男だし」
困ったような笑顔でいなされる。
そういう問題じゃない、と言い
「行こ、春ちゃん」
「うん。恭二君、ありがと」
「…ありがとう」
渋々と、京も礼を口にすると、恭二が、出会った頃のような
「ミヤちゃん、どうかした?」
春に顔をのぞき込まれ、激しく首を振った京は、よろめいて春の腕をつかむ。
思わず恭二の反応が気になったが、話はついたと思ったのか、すでに背を向けて歩き出している。
とりあえず、恭二の忠告に従って毛布を取りに行く。
まだ部屋数に余裕があるとはいえ、和哉らが来てからは春と京は相部屋だ。以前からいた
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