幕間

 かけられた鍵の音を背に、飛鳥アスカは一度、長いまばたきをした。

 開いた眼には、景色がわずかに、違って見えるような気がした。そんなはずがないとは、十分にわかっているのだが。

 ああ殺伐とするなあ、と、胸の内でつぶやいた。

 急ぐでも遅らせるでもなく、真っ直ぐに、先ほど後にしてきた場所に向かう。

 おそらくは「遭遇」の混乱で投げ出された倉庫だろう。どこもほこっぽく、それなのに、飛鳥たちを連れてきた青年たちがまり場にしていたのか、妙に生活感がうかがえる。

 中に入ると、青年たちはあのまま、そこにいた。


「なんや、逃げてなかったんか」

「て、め…っ」


 ぴくりとも動かない者が数人、うつろに視線だけを向けるものも数人。

 比較的元気そうな一人がかすれた声を出し、後は二人ほど、射殺しそうな眼で飛鳥を睨みつけている。だが、その向こうに、怯えも見えた。

 いつの間に、虚勢を見破るのが上手くなったのか。そして、暴力に躊躇ちゅうちょしなくなったのか。

 声は無視して、にらみつけていた一人の前に腰をかがめた。中途半端に長い髪をつかんで、無理やり顔を上げさせる。


「お前、前にも会ったな。二度目や。わかってるな?」

「…それが、どうした」


 へえ元気、と呟いて、飛鳥は少し顔をしかめた。頭が痛い。男の顔を殴ると止んだ。鼻くらい折れたかもしれない。


「仏の顔も三度までって言うけど、俺、そこまで気ぃ長ないからな? 次があったら、息の根止める。とりあえずまだ人殺しはしてないし、できるならこのまま呑気にやっていきたいから、今回は見逃したるけど」

「びびってるだけだろ」

「うん、かもな。でも、死なな止まらへんなら、止める。俺は不愉快になるけど、お前らは何も感じんなる。それでいいっていうなら来ればいい。次は、できるなら攻撃受ける前に打って出るから」


 おそらくは精一杯の、あざけりの表情を作ろうとした男を、無表情に見下ろした。平淡な声が、我ながら不気味だった。

 男の髪を離し、両肩をつかみ、背に膝を乗せる。鈍い厭な音と感触がして、関節がはずれたのがわかった。

 男が、それまでの虚勢をかなぐり捨てて叫ぶ。

 飛鳥は、気にせず近くにいた別の男にかかった。さっきと同じように、こちらは仰向けになっていたのでひっくり返し、背に膝を置いて、両肩を外す。

 後は、ひたすらそれを繰り返した。

 逃げようと、あるいは反撃に出ようとした者もあったが、適当に返り討ちにして、そのあたりはついでにあごもはずしてみた。

 二十人ほどの肩を外し終えると、ふう、と、飛鳥は溜息を落として立ち上がった。


「ああ疲れた。面倒やから、もうやるなよ。ああ、次は殺せばいいだけやからもっと楽かな。ここ出たら、とりあえず警察には連絡しといたるから、運が良かったら干からびる前に出られるんちゃうか。ん。足は無事やから、自力でどうにかできるかな。どっちがいい」


 返事がない。仕方がないから、もう一度、はじめの男を覗き込む。


「連絡しとくか、自分らでどうにかするか」

「っ…で、でて、いってくれっ…!」

「そうか。まあ、じゃあ、頑張って俺の知らんとこで幸せになってくれ」


 廊下に出る。せめてもの情けに扉は開けといてやるか、と思ったが、そうするとここを出るときに誰かの目に付きそうだ。肩をすくめて、閉めて出た。

 罪悪感はなかった。手と耳に残る不快感も、すぐにどうでもいいことになる。それよりも一葉と春は大丈夫だろうかと、その方が気になった。


 目を閉じて開ける。

 変わりない景色が、そこには広がっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る