「俺とお前の仲やん?」

「ありあとっしたー」


 聞きなれた声を背に、蔵之輔ゾウノスケは、っ立て小屋じみた店を後にした。

 いつものように買い叩かれたが、元手はただだからまあいいかと思う。安値ではあるが、色々とおまけもしてくれるし、蔵之輔の知る限りでは一番高値で引き取ってくれる。

 この頃蔵之輔は、民家や会社に忍び込んでは、そこの電化製品や電池などを持ち出し、時にはばらして売りさばいている。それでとりあえず生きている。

 趣味が、こんなところで役に立つとは思わなかった。


「…さて、どーするかな」


 売るといっても金は半分ほどだ。

 驚いたことに、一応金もいまだ有効だが、それよりは現物の方がありがたい。食料も日用品も、余分にあれば別のものとの交換もできる。物々交換が基本というと、原始社会のようだが仕方がない。

 蔵之輔は、手に入れたばかりの新聞を広げる場所を探して視線を彷徨さまよわせた。

 新聞は、さすがに今までのような厚みはない。号外のような薄さは、しかし出るだけましで、祖母から聞いた戦時中のそれを思わせた。


「…どーすっかな」


 帰って読んでもいいが、どうせ、読み終えた新聞は別の何かと交換する。鮮度は当たり前だが高い方がいいのだから、戻る時間が勿体もったい無い上に手間だ。

 まあいいかと、多少目立つのを覚悟して近くの塀に寄りかかった。その中の民家にまだ住人がいるのかどうかはわからないが、問題ではない。

 目をはしらせた紙面には、相変わらず、政府の訓話じみた呼びかけと発火者に遭遇した場合の対処、食料配布や避難所の案内、こんな中でも頑張ろうといった投稿や探し人などしか載っていない。

 一月ほど前に始まったという、各企業や団体が連盟で行っている発火の究明がいくらか進んでいないかと思ったのだが、におわせることすらしていない。

 思わず、舌打ちがれた。祖母がいれば、すかさず注意されているところだ。


「よー、クラ。それ、今日の? 見してくれへん?」


 発火事件以降の知り合いが、蔵之輔の姿を見つけて近付いてくる。

 へらへらと笑っているが、意外に抜け目はない。あまり好きな相手ではないが、使える奴ではある。聞いたことはないが、同い年くらいだろう。通称は、フクロウ。


「代りに、俺は何がもらえるんや?」

「俺とお前の仲やん?」

「一方的に搾取される仲になった覚えはないけどな」

「ちぇっ、クラもがめつくなったもんや」


 クラという呼び名は中学生のときのクラスメイトが使い始めたものだが、今ではすっかり通称として定着してしまった。

 石動イスルギ、という苗字はなじみがないからか呼びにくいらしく、蔵之輔という名は嫌いだから呼ばれたくない。

 そのあたりを見抜いてつけたあだ名なら感心するところだが、呼び始めた当人は、どこかつかみ所がなくてどうなのかわからない。まぐれ、というのが一番有力だ。

 それでも、そのクラスメイトは嫌いではなかった。

 友人というほどに近くはなかったが、何故かたまに思い出す。親しくなっていれば、それはそれで面白かったかもしれないと思う。だが彼は何かと中心になりがちな人間で、今頃、蔵之輔のことなど覚えてもいないだろう。

 そんな知人とは違って、以前であれば極力関わりたくはなかっただろう目の前の青年は、大袈裟に悩むふりをしてから、にやりと蔵之輔に笑いかけてきた。


「じゃあ、耳寄り情報を提供したるわ。超能力者がおるらしい」

「はぁ?」


 思い切り、呆れた声が出た。だが青年は、動じることなく笑う。


「そんな、頭おかしいみたいな顔するなって。本当やって。あの遭遇以来」

「ちょっと待て、遭遇って何や?」

「何や、知らんのか? 誰が言いだしたか知らんけど、この事態は隕石やら宇宙人のよくわからん物質やらが引き起こしたんちゃうか、っていう話になっとってな。未知との遭遇、略して遭遇」


 それは映画の題じゃなかったか。

 思わず突っ込みかけたが、そうすると長々と脱線してしまいそうで飲み込んだ。詳しく話し出すと、それも情報だと言い出しかねない。

 フクロウは、「遭遇」以来くしも通していないようなぐちゃぐちゃに伸びた髪の下で、目を光らせた。

 こういったところが、闇夜で獲物を狙うフクロウに似ているのかもしれない。


「遭遇以来、あちこちで聞く話や。異様に鼻がくようになった奴とか、手で触れんでも物が動かせるとか、夢でこれから起こることがわかるとか。そういう奴ばっかが集まったグループができつつあるって話も聞く」

「ふーん? それが、とっておきの情報?」

「ちょっとしたチャンスやと思わへんか? どいつも、それまでは何もなかったんや。遭遇以降って言ったけど、すぐ後につかえるようになった奴ばっかりちゃう。それなら、俺たちも何かあるかも知れん。それに、もしそうじゃなくても、そいつらができんようなことをやれるなら、対等に仲間になれる。お前の、機械の知識とか」

「阿呆言うな」


 シャツの下から、じとりと得体の知れない汗が滲む。暑さのせいだけではない。だが何に対してそうなっているのかが、蔵之輔にはわからなかった。

 フクロウの異様な様子にまれたのか、得体の知れない超能力者たちに怯え警戒しているのか、急激に変わって行く「世界」を恐れているのか。

 無性に、ここから逃げ出したくなる。

 だが代りに、蔵之輔がしたのは虚勢を張ることだった。何気ない様子で、フクロウをあしらおうとする。


「お前がどうしようが勝手やけど、俺は群れるの苦手やしな。集団行動で、いい思い出なんかない。お前が言うように俺の知識に価値があるなら、一人でやっていくわ。とりあえず、そういう動きがあるってのは初耳や。ほら、情報料」


 新聞をひらりと差し出すと、フクロウは、ひったくるように受け取り、伸びた前髪の下からじっと蔵之輔を見詰めた。ホラー映画の一場面かこれは、と、蔵之輔は心の中で叫び声を上げた。

 にっと、フクロウが笑う。


「ま、クラのことは結構気に入ってるからな。また誘うわ。じゃ」


 軽い足取りで去って行く後ろ姿を半ば呆然と見送って、蔵之輔は、背中に当たる塀に体重をかけた。汗が、どっと吹き出る。

 嘘は言っていないが、はぐらかしたことを見透みすかされた気がする。

 集団でいるのが苦手なのは本当だ。

 幼い頃から集団行動が苦手だったが、今も、先行きの不安なこの状況だからこそ、手を取り合って行こうと呼びかける人は少なくない。家族を亡くし、新しい絆を求め、そうでなくても多くの人がいることで安心しようとする。

 だが蔵之輔は、その輪の中に入ることはできなかった。同年代のグループから声をかけられたこともあったが、どうにも駄目だった。

 数日で、蔵之輔が不協和音を起こしていることがわかり、言われる前に輪を抜ける。それを二、三度繰り返せば、もう十分だった。

 今は、「遭遇」前から住む家でやはり以前と同じ独り暮らしをしている。

 近所にあまり人はいなくなっていて、蔵之輔がやっているように忍び込もうとする者もいるが、電流などのちょっとした防犯工作で、ほとんどがとりあえずは諦めてくれる。

 そんな生活をいつまで続けられるか、という不安はあるが、その不安を直視するのは怖かった。それを、フクロウに見透かされたような気がした。


「…っ」


 振り切るように塀を叩きつけ、体を起こす。家に戻るかどうか迷って、とりあえず荷物を置きに戻ろうと決める。そのまま仮眠をとって、夜にはもう一仕事することにする。

 まだ余裕はあるが、そうでもしていなければ落ち着かない。

 結局、家で横になったところで熟睡はできなかったが、うとうととしたのか、気付けば日が暮れていた。


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