「えーっとあれや、テキザイテキショ」

「ん、健康状態戻ったな。検査結果も、特に異常はなし、と。そっちから何かきたいことは?」


 数日をかけて移動を繰り返してあちこちの検査を受けて回り、最終が岩代イワシロという医者の問診だった。

 岩代は、恭二キョウジら同様にタシロのビルに寝泊りしている。飛鳥アスカの言う「三巨頭」のうちの一人だ。

 ちなみに他の二人は飛鳥の叔父とタシロ経営者の身内。三人ともが恭二の能力を知っていて、さすがに実際の接触はさりげなくけられるが、共同生活を送っているせいもあってか、馴染なじんできている。

 恭二の岩代の第一印象は、スキンヘッド、だった。

 白衣でなくサングラスに黒スーツだったりすると、一般人には見えないだろう威圧感めいたものも持ち合わせていた。

 飛鳥と京は能力の制御訓練中ということで、恭二は一人で岩代との面談だ。


「あの…この能力、脳が関係あるって聞いたんですけど」

「ああ、まだ仮説だがな。俺はあまりそっちは突っ込んでやってないんだが…人の脳の働きがまだ完全に解明されてない、って話は知ってるか?」

「そうなんですか?」


 ドラマでやってたんだけどなあ、という岩代の「声」が聞こえたが、俺もリアルタイムで見てないしなあ、という呟きも一緒に聞こえた。

 昔のドラマだろうか。少し気になるが訊いたら嫌がられるだろうか、と考える。考えを覗き見されて気分のいいはずがない。


「大まかな予想やら特定できてる部分もあるにはあるんだが、個人差が大きくて、どれが個人差でどれが共通かの境がはっきりしないってのもある。DNAが解析されたって話は知ってるか?」

「え。あ、はい…聞いたことは…」

「DNAってのは、解析したはいいが成分だけわかっても一体何がどう働いてるのかわからん、もしかしたら働いてないんじゃないかっていう部分がわんさかあるんだ。聞いたことあるか?」

「は、はい。あの…ジャンクとか何か、そういうのですよね…?」

「そうそれだ。脳ってのも同じでな。物としては、数多くの医者やら何やらが解剖してるし、ここに刺激を与えたら指を触られたような感覚がある、なんてこともわかってる。でも、そうやってわかってるのはごく一部だ。おまけに、さっきも言ったが人によって違ってたりもするしな。虫の声を聞いたときに右脳が反応する奴がいるかと思えば、左脳が反応する奴もいる。で、だ。使われてるのも一部らしいんだな。難しい数学の問題を前に必死に頭しぼって考えたところで、実は脳の大部分はさぼってるんだ」


 恭二と向き合いながら、岩代は、軽く自分の頭を叩いて苦笑した。


「だから、超能力が使われてるときの脳の様子を調べたら、活発になってる部分があるにはあるんだが…果たしてそれが超能力が原因かというのは、まだ断定はできてないんだ。使ってないときにも一応反応はあるし、おそらく超能力自体がなかっただろう頃の記録は残ってない。超能力がない人との比較も微妙でなあ…そもそも、脳のこと自体がよくわかってないしな。それでも推論は立てられるんだが、結論出すのはもっと慎重に行こうぜってことで、目下探求中だ」 

「…はあ…」

「そう、呆れたかおするなよ」


 え、っと慌てて顔に手を当てるが、岩代の「声」からは、負の感情は感じられない。表情も、苦笑にとどまっている。

 そこでふと、恭二は首をかしげる。


「あの」

「うん?」

「脳の使われてなかったところが使えるようになって、それで今までなかった力が使えるようになった、ということ、なんですよね?」

「ああ。仮説だがな」


 意地や慎重さというよりはどこか面白そうに、岩代は「仮説」との注釈を入れる。

 だが恭二は、自分の疑問をまとめるのに手一杯だった。

 ここにいる人たちは厭がらずに恭二の言葉を待ってくれるが、それでも、緊張してしまう。嫌われたらどうしようという、恐怖も付いて回る。


「その…だからって、僕以外の人にまで影響を与えることなんて、あり得るんですか? えっと、あの…凄く遠くのものまで聞こえるようになるとか、足が速くなるとか、力持ちになるとか、そういうのだったらわかるような気がするんですけど…人の考えがわかるとか、幻を見せられるとか、っていうのは…脳の働きでどうにかできるもの、なんですか…?」

「んー」


 腕組みをして、椅子の背に体重をかけて天井を見上げる。恭二は、そんな岩代を息を潜めて見詰めた。色々と考えているのはわかるが、断片的なのと専門用語が多いのとで、あまり意味がつかめない。

 やがて、腕組みをいた岩代は、頬をぺしと叩いた。


「いいか、これは俺の推論だ。どっちかと言や、漫画寄りのな。それでもいいか?」

「はい」

「そうだな。何か考えたり、体を動かすときなんかに、脳はその情報を伝えようとするだろ。それが、何でやり取りされてるか知ってるか?」


 恭二の知識は、ほとんど小学生のときで止まっている。

 だが、刺激が必要とでも思ったのか、部屋に入れられたテレビをつけっ放しにしていたことは度々たびたびだ。中には、教育番組も含まれていた。


「…電気信号、とか何とか…」

「はい正解。ごく微量だが電気を流して、足動かせーとか昨日何食べたっけ、とかやってるんだよ、生き物ってのは。で。幻肢げんしっていう、切り落としたはずの体の一部がまだあるように感じられる、って症状があるんだ。これはどうも、切断で一度はなくした、親指なら親指の、動きの指令を出したり感覚を受けたりする部分が、別の場所にうまれることでできるらしいんだ」

「…?」


 一生懸命についていこうとはしているのだが、理解が追いつかない。

 そんな恭二に気付いたらしく、岩代は人差し指を額に当てて目をつぶり、眉間にしわを寄せた。思わず、もういいですといいかけるが、岩代が目を開ける方が早かった。

 唐突に手を伸ばして、恭二の頬をつつく。仰天ぎょうてんして、目を見開いた。


「こうつつかれると、頬を触られてるってわかるだろ? でも幻肢のある奴は、例えば、頬を触られたと思うのと同時に、指を触られた、とも思うわけだ。もちろん、指をなくすまではそんなことはなかった。指をなくした後に、何故だかわからんが、別の場所に新しい電気信号の回路が生まれちまったわけだ。で、それを利用して義肢を動かせるようにするって研究が進んでる。折角生まれた機能だ、上手く繋げば血の通ってない作り物でも自分の意思で動かせるようになる」

「…それは…本当の話、なんですよ、ね…?」

「ああ。まだ完璧じゃないがな。まあとにかく、生き物ってのはそんなふうに、いくらでも適応がくもんなんだよ。だからこれも、適応の結果じゃないかと思うんだ」

「適応…ですか?」

「そうだ。その結果、脳の電気信号の力が強くなったとしたら、どうだ? 自分の中の電気信号を他人にも強制的に狙い撃ちで発動させれば、幻覚くらい見せられるかも知れない。他人の電気信号を拾うことができれば、考えていることもわかるかもしれない。…まあ、考えや動きってのはその電気信号を受ける側が問題になるんだからそれだけじゃないだろうが、大雑把に言うとこんな感じか。これ、俺の仮説」

「…でも、どうして…」

「あの日、何かが起きた」


 あの日、という岩代の言葉に、苦い感情が重なった。あの日。両親が死んだ、多くの人が亡くなり、今も続いてるその始まりとなった、あの日。

 岩代はかすかに、自嘲気味に笑った。


「それが何かなんて訊くなよ? とにかくその何かで、脳に異変が起こった。その結果、発火したり液化したり、それまでになかった能力が生まれたり。一見変化がないように見える俺たちも、実は何か変化してるのかも知れん。…知ってるか。発火やら液化やらでの死亡は、明らかに十代に少ないんだ。それ以下やその上は、性別も年代も、モンゴロイドだろうが違おうが、割と似たような割合で死者が出てる。いやまあ、未だに行方不明者も多いからはっきりとは言えないんだがな。人種に至っては、圧倒的にモンゴロイドが多いから、何とも。それでも、それが正しいとして仮説を立ててみようか。超能力は、発火する代わりに生まれたとは考えられないか。逆に、超能力が生まれそこねて、発火に至ったとでも言えるかも知れんな」

「……何らかの脳の異常で、この力を持つようになるか死ぬか、だった、と…?」

「まあそんなとこか。しっかしまあ、お前さんといい奈良山ナラヤマきょうだいといい、我慢強いな。俺なら、御託ごたくはいいから結論だけまとめろ、って怒鳴ってるところだ」 


 どうこたえたものか、岩代はあっけらかんとそんなことを口にする。

 そうして不意に、笑みを消す。それだけで、凄味があった。


「ここからは、内密の話だ。奈良山きょうだいと恵梨エリちゃん、ザキ以外には緘口令かんこうれい、ってことで。まあそのうち、秘密にする必要もなくなるだろうがな」


 ここで生活をしている者以外には話すな、ということになる。何かと出入りする者は多く、たまに泊まる者もいるが、定住に至るものは今のところはいない。

 頷くと、岩代も頷き返した。


「ようやく、一連の件を解明する体制が整えられつつあってな。いくつかの企業やら大学やらの連合で、一応中心に日本政府ってことになってる。タシロもそこに一枚噛むらしい。まあ、具体的に何が変わるかって言うと、扱えるデータが格段に増えるとか外部からの依頼が来るかもしれないっていうとこで、お前さんたちにゃ直接の関係は少ないんだがな。ここまでは、言わば表向きの話だ。出入りしてる奴らにも、恵梨ちゃんが話をすることになってる」


 で、裏なんだが、と言いながら岩代は机の上を探った。何か探しているようだが、やたらと物の積み上げられた事務机からは、なかなか見つけ出せない。


「ここみたいに既に調べ始めてるところは多くってな。超能力のことも、たどり着いてるところがある。もっともこれは、お前さんたちくらいの年代のあたりで噂になってることの方が詳しいらしいがな」

「噂?」

「ん。ああ、噂だ。二階建ての家を跳び越えた人影とか何もない手から炎を出したとか、少し前なら都市伝説で笑い飛ばすたぐいの話だ。親を亡くしてストリートギャングみたいに徒党を組んでる十代が多いらしいが、そこで噂になってる。中にゃ、当事者もいるだろうしな。お、あった」


 岩代が引っ張り出したのは、ビニール製の腕時計だった。

 金具もしっかりとしているのにどこか安っぽいのは、タシロが売り出している、子供向けの特撮物の派生商品だからだろうか。

 丁度ちょうど、恭二が幼稚園に通っていた頃に放送されていたものだから、覚えている。通信機でありながら武器にもなる、隊員たちの必須小道具。

 意外に覚えているもので、懐かしいと思いつつも何故ここで出て来るのかと困惑して、恭二は岩代と腕時計を見比べた。


「そのかおは知ってるな? 何とか戦隊のグッズらしいが、とりあえず、これが丁度よかったらしい。希望があれば、指輪や携帯電話にも変更できるらしいぜ。つけとけ」

「これ…ですか?」

「ああ。発信機がついてる。どこの誰がやってるのか知らんが、超能力者狩りが起きてるらしくてな」

「――え?」

「研究のために連れ去られてるとも、私設軍にしようとしてるとも聞いてるが、今のところははっきりしない。が、急に姿を消した、それもどうやら超能力が使えたらしい奴ってのが結構いるらしいんだ。他の企業のところでも、そういった話が出てる。縁あって関わってた奴が、急に姿を消した、ってのがな。勿論もちろん建前上、今回の共同体制に参加してるところでは危害が及ぶような検査も研究も、被験者の意思を無視した調査も認めてないが、建前は建前だし、今回参加しなかったところもある。気休めみたいなもんだが、一応な。玩具おもちゃだが、無線もついてる。おいおい、もっとしっかりしたのも用意するとさ」


 手渡された腕時計は、ビニール特有の手触りと、思っていた以上の重みがあった。

 ひたひたと、不安が恭二の胸に押し寄せる。この数日の慌しさに紛れていた不安までが一挙に押し寄せ、自分でも、かすかに手が震えているのがわかった。

 底の見えないふちを覗くような、妙にぽっかりとした気分でいる恭二に、不意にふわりと、暖かな感情が触れた。


「センセー、戸ぉ開けてー」

「勝手に開けて入れー」

ミヤコ抱えてるんですって。あーけーろー」


 呑気のんき飛鳥アスカの声に我に返り、面倒そうに腰を浮かせかけた岩代よりも先に立ち上がり、戸を開ける。そこには、京を抱えた飛鳥が立っていた。

 京はぐったりとして気を失っているのか、目をつぶっている。京を横抱きに抱えた飛鳥の腕からは、赤い血が流れている。


「っ…!?」

「恭二もおったんか。あ、それ。俺の赤やで」

「…………え?」

「おーい、戸口で話してないで入れー」


 ぽかんと立ち尽くす恭二の横を通って、そうやった、と苦笑した飛鳥が部屋に入る。とりあえず、京を診察用に置かれている寝台に横たえる。

 そうして、恭二を振り返った。


「邪魔して悪い、ちょっとセンセー借りるわ。座っとき」


 き腕から血が出ているというのに、のんびりと恭二を気遣う。

 入り口近くに置かれた椅子を指差し、自分は、さっきまで恭二の座っていた、岩代の対面の椅子に腰を落とす。


「ちょっと京が暴れて。診てもらえます?」

「ああ、そりゃいいが…とりあえず腕出せ」


 驚きもせず、岩代は飛鳥の傷口を洗い、消毒して包帯を巻く。

 またやったのか、この頃は落ち着いてたのに、という「声」が聞こえて、気付けば恭二は声を出していた。


「何…何が、あったんですか…?」

「あー。京が自分の幻で錯乱して、止めようとしてちょっと引っかかれた。よくあることやから、気にすんなって。な、グリーン」

「…はい?」

「グリーンやろ? 俺、レッド。京はピンクな」

「いや、あの…何の話ですか」


 包帯を巻かれた飛鳥は、確かめるように何度か腕を振って、うん?と首を傾げた。ポケットを探り、出てきたのは恭二が手にしている玩具の時計の、色違いだった。


「これ。あとは、ブルーとイエローとホワイトとブラックやな。って残りのが多いやんか」

「なんで戦隊物の話…」

「え、だってこれそれのやろ? まだ在庫あったんやなーって感心したんやけど。京が欲しがったんやけど、けっこうな値ぇしたから買えんかった思い出の一品。でもこの無線、五メートルしか使えんってのは詐欺やと思うな。壁あったらアウトやし」


 怖がるのが馬鹿らしくなった、といえば言いすぎだろう。だが恭二は、いつの間にか震えが止まっていることに気付いた。

 飛鳥は、いつもそうだ。根拠もなしに、安心させてくれる。


「その話は置いといて、飛鳥、どうした京ちゃんは。この頃は安定してきてただろうが」

「ああ、それですか。うん、見せる幻を選んだりできるようになったんで、攻撃できるようになりたいって言うんで、その練習を」

「攻撃ってお前…」

「悪夢でも見せられたらできるでしょ、攻撃。相手のイメージだけ引き出すのができるはずなんですけど、今は自滅してますね」

「そんなこと…どうして…」


 恭二は、思わず口を挟んでいた。岩代も苦いかおをしている。

 どう言えばいいのかわからなかった。そんなことを京にさせる飛鳥を責めるのも、何故飛鳥がそんなことの相手をするのかというのも、何かが違う。焦燥感だけがつのった。

 飛鳥は、あっさりと肩をすくめる。


「自分で自分を守れるなら、そうした方がいい。出番がないように努力はするけど、完璧じゃないからな。危ないとは思うけど京もやる気やし、止めるほどの理由がない」

「でも…それでも…飛鳥さんがやることないんじゃ…」

「ここで一番暇してるのは俺やし。幻と現実の違いもくっきりわかるから、被害も少ないし。えーっとあれや、テキザイテキショ」


 怪しげな発音をする飛鳥からは、気負いも悲壮感も感じられない。あまりに当たり前のようで、返す言葉が見つからない。岩代も、諦めているようだった。


「じゃあ…僕が、攻撃できるようになりたいって言ったら、協力してくれるんですか?!」

「うーん。もうほとんど、俺にできることないけどな。読まんようにしてるのをやめたらいいだけやし。それより、我流でいいなら空手とか教えよか?」

「え?」


 恭二自身何を口走ったのかと疑うような発言だったというのに、返事はさらに予想外の方向にあった。そういう問題なのか。


「小さい頃からおじさん以外男手が俺しかおらんかったから、これは強くならな、と思って、色々かじったんや。迷惑かけたくないから、どこも昇級試験とか受けんと辞めたけど。ほら、ああいうとこって基本、喧嘩禁止やから」

「…お前さんの先行きが不安になってきたぜ」

「えーっ、なんでですか。最大限、生き残る努力してるだけじゃないすか」


 恭二と岩代は、そろって溜息をついた。眼が合う。

 強くなろう、と恭二は思った。それこそ、昔見た戦隊の人たちのように。

 飛鳥や京を止めるには、どうやらそれしかなさそうだ。せめて、足手まといにはならないようにしなければ。

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