佐々木恭二

ぜろ

 その朝佐々木ササキ恭二キョウジは、途轍とてつもない絶叫に叩き起こされた。


 去年の夏、自分をかばった兄の死以来ほとんど部屋を出ずにただ生きているだけの恭二は、それを聞いてもただ震えるだけだった。

 頭からタオルケットにくるまり、必死に耳をふさぐ。

 それが母か父の声かもしれないと考えついたのは、絶叫が聞こえなくなってしばらくってからだった。


 おそるおそる階下に降りた恭二は、そこで愕然と凍りついた。

 人の形をした炭の塊が、そこにはあった。おまけにその塊から広がったものか、申し訳なさそうにしかし確実に、床に炎が上がっていた。

 そして突然、頭を殴られたような衝撃が起きた。

 しかし実際に殴られたわけではなく、炎からは距離を置いた位置で膝をついた恭二の頭の中に、誰とも知れない声が響き渡った。そのほとんどが意味をさない絶叫で、多くが恐怖と苦痛にいろどられていた。

 あまりに多くの声に一つ一つを聞き取ることなどできず、ただ、頭が割れそうに痛い。怖い。

 意識の遠のきかけた恭二を、支える手があった。そしてその手が触れたと感じた瞬間、恭二は今度こそ意識を失った。

 触れた手からは、あまりにも多くの声が――感情が、聞こえた。

 恐怖や必死さ、聞き取れないたくさんの声。そして、その中に恭二への失望と愛情を感じ取っていた。


「恭二、立て!」


 父にそう言われたときには恭二は意識を手放していたが、自分自身が恐怖と混乱の只中にあったに違いない父は、息子を見捨てることはなかった。

 しかし、恭二が意識を取り戻したのは、体を強く打ったためだった。


「…とお…さ……?」


 目の前に、炎に飲み込まれる父の姿があった。

 生きながら焼かれる苦痛、恐怖、絶望。全てが恭二に流れ込んできた。そしてその奥にかすかに、恭二に生き延びろと呼びかける願いまで。

 そして恭二は――強すぎる感情が頭に流れ込んで、再び意識を失った。 

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