第12話 小早川可憐は妹のためにAVコーナーへと赴く 


 しかし、昨日今日と、風間先生は契約している動画配信サービスを使って、評価のいい二時間の映画を分けて流した。どうやらまきノンを再び上映するつもりはないらしい。残念だが、あの日の空気を考えたら仕方のないことだ。


 今の所、小早川が映研部で活動しているとの噂は、僕の耳には届いていない。僕の忠告を素直に聞いてくれている小早川は、野球部と同じペースで教室を出て部室に向かってくれている。僕が行ったときですら人気の少ない文化部の部室棟に、多分一着でついているのではなかろうか。案外安全なのかもしれない......なんてことは、もちろん思っちゃ駄目だ。


 しかし、気になるのは剣持だ。一本の映画を見終わった時点で、感想を述べそれを部誌にまとめるのが映研部の活動の一つなのだが、僕と小早川は、その映画を見れば誰もが抱くだろう無難な感想を言うだけだ。しかし剣持は、なんと言うんだろう、変にいいことを言おうとしてる感じがあった。どう言うつもりなのかは知らないが、陰キャがいきなり気合いを入れるとロクなことがないので気をつけたほうがいい。少なくとも僕の共感性羞恥はビンビンに刺激されてしまっている。


 逆に言えば、問題と言えるのはそのくらいで、今日の活動は終わり、明日からはゴールデンウィークと振替休日のコンボで八連休だ。人目を気にしながら部室棟を出て行く小早川と剣持を見送ってから、部室の鍵を返しに風間先生と一緒に職員室に向かい、ついでに風間先生の高校生カップルに対する愚痴に付き合っているうちに、夕陽は山の間に隠れてしまった。


 僕はここ数日の疲れも相まって、まきノンの続きが猛烈に見たくなっていた。この中毒性が、まきノンの恐ろしいところなんだよな。せっかくの八連休、まきノン三十一話を一気見するチャンスだ。中途半端な話数。


 帰り道、温くジメッとした風に吹かれながら考える。結局、四人目は未だ見つかっていない。少なくとも一組は、小早川と剣持以外にぼっちはいなくて、いくつかのグループを見て回ってみたが、どこも結構楽しそうにやっているのだ。


 ただまあ、小早川は、別に部員に孤独を貫くよう強要しているわけではないからなぁ。実際今、僕めちゃくちゃ江藤グループの中いるけどお咎めなしだし。それに、席替えを自由にできるというメリットはそれなりのものだし、まあ、小早川は怒るかもしれないが、小早川という存在も、男子からしたら大きなメリットだ。入ってくれる人を見つけること自体は難しくないかもしれない。問題は、小早川のお眼鏡に叶うかって話だ。剣持ですらギリギリだったし。

 

 他クラスで、小早川みたいな真面目ぼっちを探してみる、という手もある。部活の人間関係めんどい、でもサボるのも罪悪感がある、なんていう人は、案外いるんじゃなかろうか。風間先生に、他クラスで部活に入ってない人リストを得られないか聞いてみようかな。


 この街に二つしかないTSU○AYAの片割れが見えて来た。駐輪場に自転車を止める。やめやめ、とりあえずゴールデンウィークまで乗り切ったんだ。今はまきノンで頭をいっぱいにしよう。しかし、田舎のTSUTA○Aの駐車場ってなんでこんなにでかいんだろう。田舎にある車全部止まっても埋まらないんじゃないかと思う。いや、流石にそれはないか。


 中に入ると、ゴールデンウィーク前の金曜の夕方だというのに、随分空いていた。動画配信サービスがすっかり定着した昨今、これが実店舗の現実なのかもしれない。しかし、僕としてはありがたい。知り合いにまきノンを借りてるところなんて見られたら、もう最悪だもんな。ちなみにまきノンはどの動画配信サービスにもその名を載せていない。まあそんなハイカラな仕事についているやつに、まきノンの魅力はわからないんだろう。


 一応、映画の棚や漫画コーナーなんかを見て回って、柏葉生がいないことを確認してから、アニメの棚へと向かう。ああ、なんかもう見たくて見たくてたまんなくなって来たぞ。芸能人なんかは大麻なんかに逃げる前に、まずまきノンを試してほしい。依存度も大麻並みなので危険は危険だが。

 

 すると、腰のあたりにぽふっと何かがまとわりつく感覚があった。なんだなんだと後ろを振り向くと、小学校高学年くらいの女の子が一人、僕の腰にまとわりついていた。


「おにーさん、柏葉高校の人ですよね!」


「......あ、はい」


 突然の展開に思わず敬語になる。そして、腰に抱きつく女の子を、思わずマジマジと見入ってしまった。


 ちびっこなので、流石にどうということはない。が、あと十年もすれば、男女問わず振り返る美女になるだろうし、前映研部員だったら今の段階でも振り返るに違いない、随分と整った顔の少女だ。


 しかし、どこかで見たことあるような......と見ていると、小学生もまた、目をそらすこと無く、僕の顔を上目遣いで覗き込んできた。子供でありながら、随分自分の容姿に自覚的な振る舞いに感じた。


「よかったら、私と仲良くしませんかー?」


「............」

 

 目の中にドンパッチでも入ったのかと思うくらい、目の前がチカチカした。そのくらい衝撃的な展開だ。最近、こういうとんでもないイベントが多めな気がする。何か、本当にラノベ主人公になってしまったのか。本気で荷が重すぎる。


「......えーっと、お父さんかお母さんかと一緒に来たの?」


 とりあえず、状況を把握したかった俺は、優しくその女の子を引き離し、彼女の目線まで屈んで聞いた。


「お姉ちゃんと来ました!」


「あ、そうなんだね。じゃあ、とりあえずお姉ちゃんを探そうか」


 つまり、仲良くして欲しい、というのは、お姉ちゃんを一緒に探して欲しいということでいいんだろうか。年の割りにはちょっと幼いお願いのような気もするが、うちの妹の兄離れが早すぎただけかもしれない。


「あ、友達になったんで、LINE交換してくれませんかー?」


 違う。普通に友達になってた。参ったな。


 小学生とライン交換なんて、危険な臭いがプンプンする。ぜひとも避けたいところだが、小学生相手でも堂々と断れないのが僕というものだ。


「ああ、いや、僕、スマホ忘れちゃってさ」


「ええー? ほんとですかー?」


 そういうと、逆ナン小学生は俺のスラックスのポケットに手を突っ込んでゴソゴソし始めた。側から見てたら非常にまずい光景だ。過疎っといてくれて本当に助かった。なんならこのまま潰れて欲しい。


「あ、スマホはっけーん。あはは、お兄さんおっちょこちょいですね」


「……はは」


 乾いた笑いしか出てこなかった。乙葉ちゃんはそのまま僕の顔の前にスマホを突き出しロックを解除すると、慣れた手つきでスマホを操作し、「はい、登録しておきました!」と言って僕に返す。僕のラインの新しい友達欄には、♡乙葉♡との表示が。なんだこれ、僕今日死ぬの?


「また連絡しますから、その時はよろしくお願いしますね」


 連絡って、何の連絡だよ。トーク履歴に残ってるだけで捕まるような連絡じゃないだろうな。


 不安に青ざめ、何とかなかったことにできないかと試行錯誤していると、手首のあたりを掴まれ引っ張られるので、危うくコケかける。なんだなんだ。

 

「それじゃ、お姉ちゃんのところに行きましょー!」


「あっ、えっ」


 なに、お姉ちゃんの居場所知ってたのか。ていうか何で僕がこの子のお姉ちゃんに合わなくちゃいけないんだ? 真っ当な教育を受けた人なら、間違いなく僕を警察に突き出すに違いない。


 しかし、小さな手を無理やり振り払うわけにもいかず、仕方がなくついていくと、彼女の目的地は、偶然にも僕と同じアニメ棚だった。そして、さらなる偶然、マ行の棚に辿りついたところで、偶然というにはちょっと出来過ぎだと分かった。


「おねえちゃ〜ん」


「乙葉、借りたいのは見つかった......」


 白シャツにジーンズというラフな格好をした小早川は、手にしていた魔法少女まきノンのケースから乙葉ちゃんの方を見た。そして、乙葉ちゃんの手を何者かがつかんでいることに気がつき、手を伝ってついに僕の顔にたどり着く。ああ、小早川の驚いた表情が見たいかもなんて思ったが、決してこんな形を望んだわけではない。


「私ね、この人と友達になったんだー。LINEも交換したしー」


「............」


「ね、ね、明日のショッピング、啓介さんも一緒でいいでしょー?」


 小早川の表情が、驚きから警戒へと鮮やかに移り変わっていった。僕は、動揺で片言になりながらも、なんとかここまでの経緯......と呼べるほどでもない出来事を小早川に説明した。現実に起こったことではあるが、自分でもなかなか信じられない話に説得力があるのか不安だったが、乙葉ちゃんの破天荒っぷりは小早川も周知のことだったようだ。


 手に持ったものに気づいた小早川は、さっとそれを棚にしまい、空いた手で乙葉ちゃんの手を掴み、ぐいっと自分の方に引き寄せる。そして、乙葉ちゃんの後頭部を押して頭を下げさせ、合わせて自分の頭も下げた。


「妹がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


「あ、いえいえ」


 小早川に妹......まぁ糞野郎の僕に妹がいるくらいだから、意外でもなんでもない話だが、こうやって一緒にレンタルビデオ店にきているのは、ちょっと意外だ。少なくとも家族相手には、関わり合わないとかそんなことは言ってないようだ。ちょっとホッとしてから、なんで僕がホッとしてんだよと気持ち悪くなった。


 すると、小早川の手を振り払ったと思ったら、すぐさまその手に抱きついた乙葉ちゃんが、不満げに唇を尖らせる。


「ええー? ただ普通に、友達になってもらっただけだよ? 迷惑じゃないですよねー、けーすけさん?」


「......うん、まあ、そうだね」


 小学生相手にまでしっかりイエスマンの自分がいい加減恥ずかしいが、まぁ小早川の妹ということで、普通の小学生じゃないので仕方がない、ということにしておこう。


 しかし、確かに顔は似ているが、誰とも友達になろうとしない小早川姉と、初対面の男といきなり友達になろうとする小早川妹は、その点では全く似ても似つかないな......といっても、妹の方は妹の方で、どうやら事情があったようだけど。


「......それでは、失礼します」


 小早川は軽く会釈し、乙葉ちゃんの手を引っ張ってその場を去ろうする。僕としてもありがたかったのでホッと胸をなでおろしたのもつかの間、ぐいっと引っ張られよろめく。


「......乙葉、手を離しなさい」


「えーヤダヤダー。せっかく友達になったんだから一緒に回りたーい。ね、いいでしょ啓介さん?」


 媚びたような声だが、その目は草食獣を狙う肉食獣を狙う違法ハンターのようにギラギラと輝いていた。肉食獣ですらない僕としては抵抗の手立てがないので、仕方なく頷く。どうせ小早川がきっぱりと断ってくれるだろう。


 そう思ったのも束の間、「やった、ね、お姉ちゃんもいいでしょ?」と甘えた声を出す乙葉ちゃんに、小早川は「......緒方さんが、それでよろしいのなら」とあっさりと受け入れてしまった。おいおいマジか。もちろん小早川が僕を弟と誤認してしまったわけがないので、どうやら妹相手には、関わらないどころか甘いらしい。江藤には、まず妹から攻略する方法をお勧めしておこうかな。


「それでは行きましょう。乙葉はぷにキュアでいいですね」


「ちょっとー。私もうそんな子供じゃないんだよー......あれ? お姉ちゃんはまきノン借りないの? 見たいって言ってたよね?」


「......言ってません」


 小早川は僕たちを引っ張りながら、いつもの早歩きよりもさらに早いペースでま行の棚から離れていく。やはり僕の見間違いではなかったようだ。まあ孤独を貫いているからといって、センスまで良くなるってわけじゃないもんな。『お〜い粗茶』なんてものも飲んでたし。しかし、まきノンを受け入れられるんだったら、江藤くらい簡単に受け入れられそうなもんだけどな。ぜひとも検討してほしい。


 そこからは、乙葉ちゃんを挟む形で、小早川と並んで歩く形になってしまった。知った顔がいないことは確認したものの、この状況は流石に心臓に悪すぎる。ので、乙葉ちゃんの手が緩むたびに離れようとするが、すぐさま乙葉ちゃんの小学生らしからぬ握力に妨害されてしまう。マジで困るなぁ。


 誰かに見られるのも困るし、小早川とこうやってロクな目的もなく行動をともにすると言うのも困る。僕と小早川は、会話こそしたことがあるものの、その全てが事務的なものだ。日常会話なんてもちろんしたことがないのだ。


 しかし、案外気まずいことにはならなかった。もちろん、僕と小早川の間での直接の会話はなかったが、乙葉ちゃんがうまいこと僕たちの間に入って会話の配給をしてくれるのだ。なんとも末恐ろしい小学生だ。マジで将来僕の上司になる可能性もあるので、今の内に媚びへつらっておくのが正解かもしれない。


 すると、乙葉ちゃんが僕たちの手を放り出して、タタタタッと駆け出した。小早川が早足で乙葉ちゃんを追いかけるので、この隙に離れてしまおうとしたが、「おにーさーん、帰っちゃ駄目ですよー!」と振り返った乙葉ちゃんが大声で言うので、仕方なく距離を取りつつ彼女たちを追った。


 乙葉ちゃんは十八禁コーナーの暖簾の前に立っていた。

 

「ね、お姉ちゃん、なんであそこって私入っちゃダメなのー?」


 うわ、これは面倒なことになったぞ。コンビニのエロ本置場をなくすなんて話を聞いた時は買ったこともないくせに憤慨したものだが、こういうことが起こると、それも仕方がなかったのではと思うな。


「......言ったでしょ。あの先は、十八歳以上の人しか入っちゃ駄目なの」

 

「それは知ってるよー。私が知りたいのはその理由なの。教えてよ、お姉ちゃん」


 乙葉ちゃんの疑問に、小早川は眉根を寄せる。


「実は、私も理由を知らないの」


「え、お姉ちゃん、ちゃんとした理由も知らないのに入っちゃダメとか言ってたんだー。なんかお姉ちゃんらしくないね」


「............」


「でも、そーなってくるとますますきになるなー。あっ……おにーぃさん、そっちって何があるんですかぁ?」


 ちょうど十八禁コーナーから出てきた眼鏡の男性に、乙葉ちゃんが駆け寄っていく。眼鏡の男性は「あっ、うぇっ、おっ」と絵に描いたようなキョドリを見せ、手に持ったDVDケースを慌てて後ろに隠した。


「乙葉、やめなさい」


 小早川が乙葉ちゃんの服の襟を掴んで止めに入り、メガネブルーシャツに頭を下げる。メガネブルーシャツはキョドリながらも、どこか名残惜しげな視線を残しつつその場を去っていく。


 小早川は抵抗する乙葉ちゃんをなんとか十八禁コーナー前から引き剥がすと、しゃがんで乙葉ちゃんと視線を合わせた。


「とにかく、入っては駄目というルールなの。分かった?」


 小早川の説教に、乙葉ちゃんは頬を膨らませて応戦する。そして、乙葉ちゃんはわざとらしく、ポンと手を打つ。


「じゃあ、お姉ちゃん達で見てきてよ!」


 ......何を言い出すんだ、乙葉ちゃん。


「中がどんなところかさえ分かったら、私も満足だからっ。はいっ、手つなごっ?」


 そう言って、乙葉ちゃんが俺の手と小早川の手を無理やり繋がせようとするのを、小早川は必死の抵抗で逃れた。うん、俺としても緊張に湿った手が小早川に触れるのは避けたかったところなので全く気にならない。ウンウン。


「乙葉、駄目なの。私たちも十八歳未満だから」


「でも、私が入るよりは大丈夫でしょ? もし今見てきてくれないなら、一人で来た時勝手に見ちゃうから」


「......何を言っているの、絶対に駄目」


 小早川が、端正な顔を苦渋に歪める。どうやら妹相手には、なかなか感情豊からしい。いや、この場合、妹がどうとかのレベルじゃないか。


「やっ! 見るったら見るもん! それとももしかして中身知ってるの? お姉ちゃん、私に嘘ついた?」


「......ついてません。本当に知らないです」


「だったら見てきて! 早くぅ!」


 十八禁コーナーの近くで口論をする美人姉妹と、その横に立つ僕には自然と視線が集まる。僕は徐々に徐々に彼女たちから距離を取った。そしてそのまま返ってやろうかと思い始めた頃、小早川がすっと立ち上がった。


「わかった。行きます」


「えぇ......」


 驚きの展開に思わず嘆息が出る。あいにく、僕がどれだけ性癖をこじらせていたとして、ノミも思わず吹き出しちゃうくらいの心臓がゆえ、小早川とAVコーナー周りなんて命が持たない。しかも性癖拗らせてないし。いやマジで。


「ただし、私一人で行ってきます。緒方さんは制服姿なので入れませんから。緒方さんはここで乙葉と待っていてください」


「えぇ〜」


 しかし、続く小早川の言葉に、乙葉ちゃんは不満げながらも反論できない。どうやら助かったらしい。


 しかし、制服姿といっても、ブレザーさえ脱いでしまえばスウェットにスラックスなので、誤魔化しは効く気もするのだが、本人自ら行くと言っているんだから、僕が止める理由もない。決して小早川が酷い目に会うのが見たいというわけではない。


「あ、ちゃんと一周して隅々まで見てきてねー。時間、ちゃんと測ってるからズルしたらわかるよー。ズルしたらもう一回だからねー」


 中の様子を隅々知ってそうな乙葉ちゃんが、天真爛漫を擬人化したように笑う。小早川はというと、スタスタと十八禁コーナーの入り口まで歩いていく。顔は平静を装っているが、壊れちゃうんじゃないかと言うくらい拳は堅く握られ、肩なんて上がり切っちゃってる。おいおい、まさかマジで行くつもりなのか?


 小早川が、一度こちらにちらりと視線をやった。が、僕が代わりに行こうと提案する前に、小早川は暖簾の先へと消えていった。いやマジでか。


 衝撃の展開に立ち尽くしていると、制服の袖をちょいちょいと引っ張られた。乙葉ちゃんがぷくーっと頬を膨らませてこちらを見ている。


「おにーさん、もっと押さなきゃ駄目じゃないですかー。せっかくチャンスだったのにー」


「チャンス?」


「そーですよー。せっかくお姉ちゃんとデートできるチャンスだったのに!」


「デート......?」


 AVコーナーを一緒に回るのがデート?......うん、やっぱり乙葉ちゃんはこの先に何があるか知らないんだ。じゃないと、小学生にしてとんでもない危険思想の持ち主ということになる。


「てゆーか、お姉ちゃんと知り合いなんですか?」


 乙葉ちゃんが、可愛らしく小首を傾げる。うん、やはり天使だ。背中に羽が見える。灰色の。うーん、どっちだ。


「ああ、うん、一応、同じクラスだけど」


「えー嘘! それ、すっごくいいですね! ......でも、友達じゃないんですよね」


「......うん、そうだね」


 僕が頷くと、乙葉ちゃんは、小学生らしくない重々しいため息をついた。そして、物憂げな表情で小早川の去った方......十八禁のマークの入った暖簾の方を見る。なんとも奇怪な絵面だ。ある意味凄い絵力を保ったまま、乙葉ちゃんが言う。


「おねえちゃん、クラスでどんな感じですか? 友達います?」


「......うーん」


 なんと答えるべきか迷っているうちに、その沈黙で察しがついたのだろう、乙葉ちゃんは「やっぱり」と再び大きなため息をついた。乙葉ちゃんが破天荒なことを姉が知っているのと同じように、小早川の学校での様子も、妹はある程度知っているようだ。


 小早川が学校のことを積極的に話しているとは思えないが、まあ家族なんて、本人が言わなくたって勝手に色々と知ってるもんだしな。僕だって妹が学校でどんな感じなのかくらい......全く知らないな。まだ羽ヶ崎の方が知ってるくらいだ。やっぱり羽ヶ崎が妹なのかな。


 心配なんだろうな、と乙葉ちゃんの横顔を伺うと、パチリと目があった。確かに小早川に似てはいるが、瞳のポジティブな輝きは、姉には一切見られないものだ。


「ということで、おにいさんには、おねえちゃんの友達になってもらいます! おにいさん、見た目もそこそこいいし、話し方とかもちゃんとしてるから、学校でもそれなりの地位築いてるだろうし。あ、大丈夫ですよ。ちゃんと私が繋ぎますから!」


 ......やはり、先ほどの柏葉生に対する熱烈なアプローチは、小早川のことを思ってのことだったようだ。それでも、決して褒められた行動ではないけれど。


「ははは、お姉ちゃん想いなんだね」


 先ほど自分の姉をAVコーナーに送りんだ子に違和感のある表現ではあったが、返答に困ったので仕方がない。すると、乙葉ちゃんはむず痒そうな顔をして「違います。自分の姉が陰キャなのが許せないんです」と早口で言った。どうやら姉に対する好意を認められないお年頃らしい。側から見たら普通にシスコンなんだけどな、乙葉ちゃんも、小早川も......小早川がシスコンかぁ。マジで意外だな。これ以上そういうギャップ的なものを見せないでくれるとありがたい。


 すると、話題のシスコンお姉ちゃんが暖簾をくぐって飛び出て来た。真面目に一周してきたんだろうか、表情はやはり平静を装っているが、耳が茹でダコでもスタンディングオベーションなくらい真っ赤だ。


「乙葉。行きますよ」


 そして、乙葉ちゃんの腕を掻っ攫うと、そのまま引きづるように出口へとかけていった。「おにーさん、また連絡しますからー」と引きずられる乙葉ちゃんが手を振るので、僕は苦笑いで返した。


 騒がしかった店内が一気に侘しくなり、さっきのメガネブルーシャツのように、どこか名残惜しい気分にさせられる。いやいや、むしろ安全地帯になってよかったじゃないか。なんだよ名残惜しいって、気持ち悪い。


 とりあえず、まきノン借りて帰るか、とアニメの棚に向かう。ま行まで行き着き、まきノンのケースを引き抜いたところで、何も借りてないことに気づいた小早川姉妹が戻ってくることを考えて、棚に戻した。これで映研部をやめた時、剣持や風間先生に責められたって気にならない。なにせ、布教のお手伝いをしたんだから。

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