第9話 僕のスタローン
家に帰ってからの僕の苦しみようったら、それは凄いもんだった。普段は冷たい妹でさえ「......大丈夫?よかったら介錯してあげよっか?」と心配してくれたほどだ。もちろん介錯というのは、① つきそって世話をすること。また、その人。後見。の方ではなく、② 切腹する人の首を切りおとすこと。また、その役の人。の方の意味だ。早く一人暮らししたい。
妹から命からがら逃げた後、僕はなぜあのような愚行を犯してしまったのか考えた。そして、一応の結論と対応策を考えた。
あくまで僕独自の理論ではあるが、僕のような自己主張がしたくてもできないような人間は、心の中に破天荒な人物......例えば身近にいる憧れの人やアニメのキャラクターなんかを住まわせているものだ。僕の場合はシルヴェスター・スタローンだ。
普段から、映画のスタローンのように振る舞えたらどれだけ楽だろうとは思うものの、もちろん僕のような中肉中背がスタローンのように振る舞えば一瞬でいじめにあう。なので、そういうのはあくまで妄想にとどめておかなければならない。僕は心の中でスタローンを鎖でつなぎ飼いならすことによって、平和な金魚の糞ライフを送ってきた。
しかし時たま、こんな僕でも変にテンションが上がってしまうような時がある。そんな時、スタローンは自制心という名の鎖を引きちぎり、自由の身になってしまうのだ。
小早川と二人っきりで体育館裏って時点で、テンションは上がってた。スタローンは「え、散歩!?散歩連れてってくれるの!?」といった感じで鎖をピンピンに張って喜んだ。しかし僕の鍛え上げられた自制心の鎖は、スタローンを見事に繋いだままだった。
そして体育館裏で小早川とお話中。最初のうちは鎖ピンピンにしてたスタローンも、パシリだなんだの話になるとしょんぼりして小屋へと戻って行った。
しかし、味音痴疑惑と緊張疑惑の経ての部活のお誘い。美少女から部活に誘われるというラノベ的非日常的な状況に、スタローンはムッキムキに。「エイドリア〜ン」と遠吠えまでする始末。さすがに僕の自制心にも緩みが見えた。
しかしそれでも、冷静にデメリットを計算できた僕は、最終的にはスタローンをしっかり制して、小早川に断りを入れた。よし、これで終わったと油断し、結果それが気の緩みに繋がった。
そう、小早川が......あの小早川が、悲しそう顔をしたのだ。
女の悲しそうな顔に、黙っていられるスタローンじゃない。しかも、その痣が自分にも責任があるかもなんて疑惑が浮上した暁には、スタローンは軽々と鎖を引きちぎって僕の体を乗っ取ってしまった。
......頑張って例えて見たが、結局わかりにくくなってしまったな。まあ要するに、僕は小早川の......助けになりたい、と思ってしまったのだ。
......うわぁぁぁぁぁぁぁぁ死にたいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃゃああああああああああああああああああああ。
思わず頭を抱え込んでしまう。隣の小早川が不振そうにこちらを見るのが横目にわかる。すぐに平静を装い、風間先生のミミズが這った挙句ご臨終したような文字をノートに写す。
そう、本来の僕だったら、あんな真似絶対にしなかった。そのまま小早川の背中を見送って、平和な金魚の糞ライフ......とまでは、現状いかないまでも、危険地帯に足を踏み入れるようなことはしなかったはずだ。
ということで、僕は心を鬼にして、自分の中のスタローンをボッコボコにした。それこそロッキー3並みに。もう二度と彼は立ち上がれないだろう。
そしてスタローンの代わりに、悪女役に定評がある菜○緒を心の中に飼うことに決めた。菜○緒なら、小早川がどれだけ悲しそうな顔をしたところで、「ふんっ、何よその態度! ちょっと可愛いからってそんな態度取って! 私はそんなので全然どうにもならないんだから!」と言ってくれるに違いない。いやツンデレ百合臭がえぐい。こんなん絶対デレるじゃん。
僕は心の中の菜○緒をどんどんブスにして、美少女に対する嫉妬心をぐんぐん強めて、小早川に対する理不尽なヘイトを高める。
チャイムが鳴ると、小早川は弁当箱片手にいつものように教室を去る、前に、僕にちらりと目配せした。どきりと菜○緒の心臓が高鳴るのを感じながら、僕は頷いた。
そう、これから昨日の昼休憩に続き、小早川と体育館裏で密会する予定なのだ。具体的には、これから誰を部活に誘うかの話し合いをすることとなっている。小早川はクラスメイトとほぼほぼ接していないので、誰がどんな人かというのがまだ分かっていないのだ。そんな小早川よりは交友関係が広いように見える僕に、部員探しの協力をしてほしいらしい。
つまり、小早川とラインを交換していない僕にとっては、昨日必死に考えた言い訳『親に話したらやっぱ勉強に集中しろって言われたから、映研入れないわ、めんご!』をぶつけるいい機会でもあるわけだが、これ以上小早川に迷惑をかけるのはどうなんだと言うことで、もうひとつ違う手を検討したほうがいいかもと思っても来ている。
単純な話だ。小早川にしたら、部員があと一人必要なわけだが、言い換えれば、あと二人、映研部員になってくれそうな人を見つけてしまえば、僕は全く不要な存在になるわけだ。つまり、優秀な妹のおかげで立場のない家と同じ状況になるわけだ。ふふふ。笑えない。
しかし、小早川を全く不快にさせず辞めることは、現状難しい。僕の代わりに映研部に入ってくれる部員を二人見つけてから辞める。それがベストだが、小早川からしたら、後一人部員を見つけたらそれでいいわけで、その時点で部員を探すのをストップするに違いない。だから、部員が一人見つかった時点でやめることを伝え、残り一人の部員を探すのを全力で協力すると誓う。これが、僕にできる、最大限の償いだろう。
問題は、その部員を、基本的にこの一年一組から見つけないといけないということだが......。
僕は、前の席でうつ伏せになってグーグー寝ている江藤に、視線をやりかけて慌てて逸らす。今日はシャツにネクタイの上から無地のスウェットを被っていたが、そのスウェットを脱いでいるので今はシャツ一枚だ。
結果、その背中にはくっきりとしたラインが浮かんでいるわけだが、僕は授業中にそれを発見した後、江藤を視界に入れないよう必死だった。万が一、江藤のブラ透けなんかを見てるところを、今ノートを写すのに忙しそうな羽ヶ崎あたりにでも見られたら、僕の学校生活は終了するからだ。男のサガよりも金魚の糞のサガが優先されるというのも、健全な男子高校生としてはなんとも悲しい話だ。
すると、僕の中の菜○緒が囁いた。江藤に映研部の件を伝えたらどうなるだろう。きっと彼女は、意気揚々と風間先生に入部届けを出すのではなかろうか。映研部の部室がどれだけ馬鹿みたいに狭くたって、同好会として成立するために必要な三人目の部員を断る理由にはできないだろう。江藤と同じ部活になれるのなら、小早川と同じ部活に所属ということを打ち消してありあまるほどのプラスというものだ。
しかし、もちろん、江藤は小早川が求めるタイプの生徒じゃない。というか、言及こそしてないが、小早川が避けたいのは江藤で間違いないだろう。もし江藤の入部が決まったとしたら、その瞬間小早川は部活を辞めるのではなかろうか。そして、映研部に所属する理由がなくなった江藤も、すぐさま辞めることだろう。それじゃあちょっと後味が悪すぎる。
ということで、案を出してくれた菜○緒には悪いが、江藤を誘うのは却下だ。やはり小早川が、この人なら映研部に入れてもいい、という生徒を二人、見出さなければいけない。
なかなか難しい条件だ。が、一応、一人ほど目星がついている。問題は、もう一人をどうするか、ということだけど......。
「緒方〜、ちょっとこ〜い」
すると風間先生が気だるげに僕の名前を呼んだ。映研部のことで間違いないだろうと、弁当片手に立ち上がる。ほんの一瞬、江藤に今日もよそで昼食をとることを伝えようかとも思ったが、そんなことで起こされたら江藤も迷惑だろうと辞めておく。
風間先生と一緒に廊下を出ると、風間先生がジャージのポケットをゴソゴソして、ちっこい握りこぶしを出してきた。
「ほい、これ鍵」
「あっ、はい......?」
差し出された鍵にぶら下がるキーホルダーには『映研部』と黒のマッキーで書かれている。
「掃除掃除。もうだいぶ掃除してないからな。小早川とやっといてくれ」
「あ、はぁ」
掃除って、もしかして、まだ同好会に必要な人数すら揃ってないのに活動するつもりなんだろうか。聞いたところ、風間先生は部活動自体に積極的な人ではないはずだけど......とりあえず一人でやってしまおう、と思ったとき、「小早川と一緒に、だぞ。あたし見にいくからな」と釘を刺されてしまう。
「で、あとこれ、今一年一組で入部届けだしてない奴らな。まあまあの個人情報だから気をつけてくれ」
そのまあまあな個人情報を廊下で堂々と渡すのはどうなんだろう、と思いながら、風間先生から差し出されたA4用紙を折りたたんでポケットに入れる。こちらの目的のものは受け取ったのでもう用事はないのでお礼を言って先に行こうとしたのだが、その横を風間先生はぴったりとついてきて、深々とため息をついた。
「しかし、あんな美少女から部活のお誘いとは、まるでラノベみたいな展開だな。羨ましいぞ、緒方」
なぜか恨みがましい視線を向けられるので、苦笑いで返す。しかし、風間先生、ラノベ好きなのか、意外だな。てっきりメンズナックルとかそんなんが好きだと思ってたけど。
そのまま去ろうとすると、風間先生がピッタリと横についてきた。
「その上席もお隣になるんだろ? 全く、授業中におっぱじめるのだけは勘弁してくれよ」
「......僕と小早川さんって、隣になるんですか?」
突然の下ネタに動揺しながらも、そこはスルーして気になるところを聞く。
「いや、そりゃそうだろう。人と関わりたくないもん同士で固まりたいんだろ?」
「......確かにですね」
風間先生の言う通りだ。昨日は言及されなかったが、普通に行けば、小早川の隣は僕になることだろう。なにせ、僕の嘘あってのことだが、小早川は一年一組の中から、まず最初に僕を部活を一緒にやる相手として選んだのだ。隣の席だって僕を選んでおかしくない。
それなら小早川とは再び隣の席の関係になる。しかし、同時に小早川は江藤と離れたがるだろうから、自然と僕と江藤も離れるわけだ。江藤の小早川に対する興味がどこまで持続するかわからない中、江藤と席が離れることが確定してしまうのは辛いところだ。
いやしかし、僕は辞めるわけだし、もし隣になったらめっちゃ気まずいから、小早川も避けるんじゃないか......いや、小早川のことだ、気まずいからこそ会話が起こりえないと、むしろ僕を隣にするかもしれない。
「風間先生」
すると、三階から二階へと降りる階段の踊り場にさしかかったところで、後ろから女性にしては低めのトーンで風間先生を呼ぶ声があった。僕と小早川はどうせ最終的に付き合うんだと言う話から、ぐちぐち青春を謳歌する高校生に対して苦言を呈し、ポカリスウェットのCMまでに文句を言い始めていた風間先生が、ピタリと止まる。
振り返り見上げると、如月先生が黒縁眼鏡越しに僕たちを見下ろしていた。武藤先生は一年の学年主任を務めながら生徒会の顧問もやっているスーパー教師だ。そんな如月先生からしたら、炒飯をおかずに白飯を二杯食べたことを授業中自慢げに話す風間先生は、教師としてありえない存在なんだろう。
「これはこれは、如月先生じゃありませんか。どうかしましたか?」
「いえ、映研部の方はどうなったかと思いましてね」
如月先生が、黒のバレエシューズでコツコツと音を立てて、僕たちのところまで降りてくる。生徒会顧問である如月先生は、映研部廃部を望んでいるらしいので、辞める身とはいえバツが悪い。
「ああ!? それがもう、どしどし部員が集まっている状態で、もう困ってるんですよ!?」
如月先生が映研部顧問失格の演技力で嘘をつく。バレバレのはずだが、如月先生は無表情を崩さず、頷いた。
「そうですか。それは大変結構ですね。そんな風間先生に私からプレゼントがあります」
そう言って、如月先生は手に持ったファイルの中から一枚の紙を取り出し、風間先生に手渡した。
「○○市映像フェスティバル?」
風間先生がつぶやく。どうやら如月先生が渡したのは、この市で行われている映画コンテストのチラシのようだ。応募締め切りは......六月の十八日。あと一ヶ月ちょっとか。
「どうやら、県内のまともな映研部は全て参加しているようです。当然、我が校の映研部も参加される予定ですよね?」
「......ははは、もちろんですよ」
風間先生がひきつった笑みを浮かべる。もちろん僕は一切そんな話聞いていない。
「そうですよね。たとえ部員が足りていても、まともな活動もしていない部などは認められませんから、そうでないと困ります......映画、期待していますよ」
そういうと、如月先生は僕たちに一瞥をくれてから、伸びた背筋で階段を降りていった。その後ろ姿を忌々しげに見送った風間先生は、再びチラシに目を落とした。
「まったく、せこい嫌がらせしやがって。どうせ幽霊部員しか集まらないって思ってんだよ。こんなのパパッと撮って鼻を明かしてやろう.....え、三十分以上の映画しか出せないの? だっる〜」
やる気を出したのもつかの間、肩を落とす風間先生。しかも、それだけじゃない。どうやら脚本も、原作なしのオリジナルのものじゃないといけないらしい。もうこの時点で、このなんたらフェスティバルの主催者が意識高い系の素人のくせに上から目線タイプで、なんら具体性のない評論で悦に浸るタイプなのは確定したようなものだ。
しかし、これで文化祭と合わせて、この一年で二本映画を取らないといけなくなったわけか。小早川、辞めるって言い出すんじゃないか......それならラッキーだと思っている僕はやっぱり糞野郎だな。
問題は、小早川が辞めなかった場合。このなんたらフェスティバル、僕にとっても他人事でなくなってしまう。提出期限が六月の十八日なら、六月頭にある中間テスト、そしてその後の模試のことも考慮して、明日からでも制作に取り掛かりたいことだろう。つまり、迅速に辞めない限り、僕もこの映画製作に部員として協力しないといけなくなってしまう......いや、そのくらいの協力、してから辞めた方がいいんだろうか。もちろん俳優なんか絶対にできないし、カメラマンなど目立つ真似も無理だ。ただ、脚本くらいなら......いやいや、馬鹿か。僕の脚本なんか演じたら、小早川辛すぎて江藤に泣きついちゃうよ。いいじゃん。
にしても如月先生、とんでもないプレゼントをくれたもんだ。明日僕が誕生日だと言うことを知っての狼藉なら......ちょっと嬉しいかも。まともに誕生日を祝われたのなんて小学生以来だし。
優勝したら賞金が出ると言う事実に再びテンションの上がり始めた風間先生を置いて、僕は小早川の待つ体育館裏へと急いだ。なんにせよ三人目の部員は、今日中に決めてしまいたい。
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