第3話 別れは出会いの始まり
一組の下駄箱に靴を入れ、鞄から上履きを取り出し履いた。そして下駄箱を抜け、大学の合格者が張り出されている掲示板の前に立つと、まだ連中の姿があったので、なんか上履きの調子が悪いんだよなーみたいな顔してつま先を地面にトントンしたりなんかしたり、合格者の張り紙を見てへーこんな大学あるんだーみたいな顔をしているうちに、彼らは階段を登っていった。さ、僕もとっとと向かうとするか......えっ、何だこの変わった名前の大学。へー、こんな大学あるんだぁー。
......予想外に面白くて長居してしまったが、今の僕にはそんな余裕はないのだ。慌てて階段に向かう。こうなってしまったからには、一年一組で新たなる金魚《リア充》を見つけ、何とかそのお尻にくっつかないといけない。不測の事態に混乱してしまい、あまりちゃんと見れていなかったのだが、一年一組にはここらあたりでは有名人と呼べるほどの人物もいる。
と言っても”彼女”は女性なので、男の僕が彼女の糞になることは難しいだろう......いや字面酷すぎるな。どんなスカト○マニアでもドン引きだぞ。いや、僕には一切そっちの趣味はない。あくまでリア充を金魚に見立てた結果、そういう表現になってしまっただけだ。いや本当に。
絶対にこの表現を人前で使わないことを心に誓っているうちに、僕は四階の隅っこにある一年一組の教室にたどり着いた。今日から一年間通うことになる教室の外には、小さな人だかりが出来ていた。きっとクラスの席順が壁に張り出されているのだろう。和気藹々としたその様子を見て、みんな余裕でいいなと薄くため息をつく。残念ながら僕にそんな余裕はない。
背伸びをして、自分の席を確認し、今度は大きなため息をついてしまった。僕の席は、六掛ける六に収まりきらなかった席のうち、窓側の最後尾、つまりラノベ主人公の特等席に、『緒方』とゴシック体で書かれていたのだ。
ラノベ主人公なんてものから一番遠い位置にいる僕には、特等席はちょっと荷が重い。これから人間関係を築いて行く上で、まず席の近い人間から仲良くなっていくのがベターだ。しかし、この席から話しかけやすい席は、前、横、斜め前の三席。この三席が”ハズレ”だったら異世界転生でもしないといけないところだが......まず、斜め前の席。これはハズレだ。そして、前の席、どうやら単純に出席番号順に並べるのではなく、なるべく男女交互にしているらしく、よって”大当たり”を引いてしまっている。これはこれで荷が重い。
深呼吸をしてから教室に入る。チャイムがなる十五分ほど前であったが、教室はそれなりに生徒で賑わっていた。これが二週間もすれば、遅刻するような生徒も出てくるだろうな。遅刻した生徒が授業中に入ってくるときのあの謎のドヤ感はなんなんだろう。誰一人得してないんだけど。
僕の席の周りの三席のうち、斜め前の席がすでに埋まっていた。僕と同中の、剣持という男子だ。一応学校側も僕にある程度の配慮をしてくれたのかもしれないが、正直あまり嬉しくない。
僕たちの間で、剣持が話題になることはほとんどなかったが、なったとしても、喋り方が変とか、ボサボサの髪型や分厚いレンズのメガネがダサいなど、ろくなことは言われていなかった。その当時辻のことが好きだった
僕個人としても、剣持に抱く印象は、東堂となんか喋ってた、くらいのものだ......ともかく、仲良くできる相手じゃない。残念ながら僕は金魚の糞なのだ。陰キャと金魚の糞の組み合わせなんて、ロミオとジュリエット以来の悲哀を生み出すに違いないのだから、仲良くしたって仕方がないのだ。
僕は剣持から視線を逸らし、彼の斜め後ろの机にリュックサックを掛け、席についた。そして教室の様子を観察する。嫌な席だが、教室の人間模様を観察するにはうってつけだ。
僕ぐらいになってくると、見た目や教室での立ち振る舞い、体から溢れる生命力などで、その人がこれからこの教室でどの程度の立ち位置を築くかわかるってもんだ......いやまあ、これは別に僕だけの特殊能力ではないだろう。小学生の頃漢字の”川”の字が書けなかった、あだ名が”鼻水”の武田だって、誰が上で誰が下なんてことは、自然と読み取っていたように思う。
よし、まず見るべきは、ヒーターのあたりでたむろしているあの男子二人組だ。
一人は、背は170cm後半ほどで、すらっとしているが、ジャストサイズで着こなしているブレザー姿からは弱々しさを感じない。いわゆる細マッチョというやつだろう。髪型はいわゆるマッシュヘアーで、ここから見る限りゆるくパーマをかけているようだ。その重ための髪から覗く顔も平均以上には整っているので、雰囲気イケメンというのもアレだから、”女の首絞めてそうな男”と呼ぶことにしよう。
そんな女の首絞めそうな男と比べたら頭一つ低く、華奢という言葉が似合うもう一人は、僕以外からも視線を集めているようだった。なにせ、王侯貴族の三男坊のような美少年のだ。僕がやったら陰キャ丸出しの無造作なミディアムヘアーがよく似合っている。この学年の女子の支持を、男らしいイケメンの辻と二分するんじゃなかろうか。その立ち振る舞いは女の首しめてそうな男と比べると控えめなので、性格的にはおとなし目のタイプなのかもしれないが、いって学生のカーストなんて半分以上は顔で決まるもんなので、彼も当確でカースト上位に入ってくるだろう。
そんな二人は、見る限りどうやら一朝一夕の関係ではなさそうだ。同中と考えるのが自然なところだろう。糞羨ましい。
一旦、彼らから目を離す。この一年一組で糞になるなら彼らなんだろうが、このクラスで生きていく上で、絶対に気にしないといけない存在があった。
廊下側の席あたりにできている大きな女子の輪に視線を移す。さすがというか、一日目でこれだけの集団を作れるのは女子の性質だろうか。いや、元からSNSで知り合っていたなんてこともあるのかな。恐ろしい時代になったもんだ。
現に、知り合ったというわけではなく、こちらが一方的に、という話だが、あの集団の中の一人の女子のSNSを、僕はのぞいた事がある。江藤文香。あの集団において明らかに頭二つは抜けている。なんなら髪の毛の色も抜けていて、茶髪、というよりは橙色に近いだろうか。頭髪の校則が緩いからといって、新入生なのにいきなりあんな派手髪にしてくるとは、やはり噂通り、髪色通りの
そんな彼女、まず、とにかく顔がいい。ここに尽きる。先ほど学生のカーストなんて半分以上は顔で決まる、なんて思ったところだが、女子高生に限定したら、もう顔のみで決まるといっても過言じゃない。こんなことを口にしたら女子たちから怒られそうだが、僕から言わせれば、男よりも女の方が、よっぽど女を見た目でランク付けしているように思う。特にカースト上位の女子なんて、見た目だけで選んでるのかってくらい、可愛い女子としか関わりを持たなかったりするもんだ。
まあ、童貞の女性論なんて聞くに耐えないからどうでもいい。第二に、お洒落......らしい。ここら辺はセンスのない僕はよくわからないところだ。今は髪の毛と同じ色のパーカーを紺色のブレザーの下に着込んでいるが、僕なんかはアニメっぽくって厨二臭いなと感じてしまう。ま、お洒落な奴がしてることはお洒落ってことだろう。
そんなお洒落な彼女の、写真を共有するSNS......まあつまりインスタな訳だが、僕はそんな洒落た言葉をあと三回認識したら死んでしまう......は、僕が写真共有SNSに一生をかけても無理な人数にフォローされていた。多分、この柏葉高校で一番だと思う。自分の人気が数字として可視化されてしまうのは、なかなか辛いことだと思うし、そういうのに耐えている女子は素直に凄いと思う。そんなメンタルを持っているのなら、スリーサイズとかも可視化してみるといいかもしれない。なんで?
噂によると、その写真共有SNSを見て実家にスカウトが来ただとか、今人気の恋愛リアリティショーなるものに出演を依頼されただの、とにかく住む世界が違うといった印象だったが、まさか同じ学校で一緒のクラスになるとはな。まあ彼女がいわゆる本物の有名人になったら、このクラスどころかこの学校の中心人物になるだろうし、ならなくたって順当にいけばそうなってしかるべき存在だろう。
江藤に注目すべき外的要因はこのくらいだろうか。僕が怖いのは彼女の内面だ。なんでも彼女が中学生の時、彼女にまつわる悪い噂というのが、彼女の学校で蔓延したらしい。彼女のような容姿に恵まれた女子にはありがちな話なのかもしれないが、しかし、彼女の対応はそこらの女子とは違った。その噂とやらを流した連中に真っ向から立ち向かい、なんやかんやありつつ打ち勝ったらしいのだ。
つまり、江藤文香は相当気が強いってことだ。まあ素人なのにインスタ......うぐっ、写真共有SNSをやるような人間なんだから、その時点で人格破綻者なのは間違いないんだけど、にしたって凄い話だ。
そんな江藤文香から嫌われるようなことがあったら、その時点で僕の高校生活はおしまいだ。彼女と何か関わりを持つようなことがあれば、相当慎重に対応しなければいけないだろう。できることなら関わりたくすらない......しかし残念ながら、僕の前の机に横たわるスポーツブランドのゴツいバックは、江藤のものらしい。マジでこれがお洒落なのか? わからんなぁ。
にしても、ロクに関わったこともない男子にここまで知られているというのは、なんとも気持ち悪い話だろうな。SNSなんてものがなかったらもう少し江藤という存在は知れ渡らなかったと思うのだが、親御さんはどう思ってるんだろう。本当に娘のことを思っているのなら、SNSを禁止どころか破壊すべきだし、なんなら学校も破壊してほしい。
しかし、どうやら警戒すべきは江藤だけではないようだ。彼女の隣でスマホを構っている女子。彼女もまた、(いちご)みるくをぶっかけられたような薄いピンク色の派手髪で、前髪の一部を三つ編みにしてサイドに流しているんだろう、洒落た?髪型をしている。顔はキレイ系というよりはかわいい系だが、そんなハンデが消し飛ぶくらいの威圧感が彼女の表情からは読み取れた。
江藤は今の所、彼女を取り囲む女子たちに愛想のいい笑みを振りまいているので、気は強いといっても性格自体は良さそうだ。しかし、しかめっ面でスマホを構っている隣の彼女からは、どうしても性格のよさなんてものが読み取れない。どうやらその他の女子たちも僕と同じ意見なようで、時々彼女の方に媚びたような視線を送っている。
いわゆる”女王様”タイプの女子に違いない。僕が一番恐るべき存在だ。まさか、僕の隣の、小早川......可憐、だったかな? 掲示板で見て、湯婆婆が「贅沢な名にもほどがあんだろ」とキレ散らかしそうな名前だなと思ったので覚えている......が、彼女ってことはないよな。だとしたら明日から太陽を直視し続けて目を悪くすることを検討しないといけない。
すると、教室入り口からひょっこり顔を出したこれまた派手な女子が、「文香、ヒメ、ちょっと来て!」と言う。すると、江藤とその女王様が一緒になって教室を出ていった。姫......ニックネームかもしれないが、僕の隣である可能性は減ったか。だいたい、あの二人がここら辺の席なら、今頃ここであの会合が行われているはずだ。
しかし、そうか。あの二人もただならぬ関係か。学校は僕以外に配慮しすぎじゃなかろうか。参ったな。
ともかく、あの女子二人組も、男子二人組と合わせて要チェックだ。僕の予想では女首絞め男と江藤文香が付き合って、二人のイチャイチャをTik Tokにあげるに違いない。ちなみに僕はTik Tokという言葉を一度認識したら死ぬ。チーン。
あの二人がいなくなった途端、輪が揺らぎ始めた女子の一団から目を離し、再び男子を物色する。あの坊主頭二人はまず間違いなく野球部だろう。凸凹コンビというのが相応しい、小柄とのっぽのコンビだ。野球部といえばサッカー部と双璧をなすリア充部活だが、どちらも女首絞め男と比べるとリア充オーラが薄い気がする。
僕や剣持と同じように、一人寂しく席に座っている生徒もいる。基本は地味目の生徒だが、一人、百式のようなまっ金金の短髪のあからさまなヤンキーがいた。彼も要注意人物だが、女子よりはよっぽど扱いやすいだろう。ああいうタイプの懐に飛び込み大会が開催されたら、僕はそれなりの成績を残す自信があるのだ。しかし、単独で能動的に話しかける相手としては、やっぱり怖い。
それにしても、女の首絞め男らや江藤らのような派手な面子がいる一方、地味な生徒も多い感じがする。バランスが取れているといったら聞こえがいいが、格差が今の段階で明確になっているとも言える。格差なんてものはロクなもんを生まない。このクラスの先生は、胃が何個あっても足りないんじゃなかろうか。胃が四個あり、人間関係なんてことに頭を悩ませない牛くらいしか適任が思いつかない。そして牛を教師にするような馬鹿げた学校は当然廃校になるか農業高校になるわけで、農業高校になったところで畑すらないからすぐに廃校になるわけだ。やったー!
心の中でガッツポーズしていると、ガラガラと教室の扉が音を立てた。お、牛の到着か、どうせならホルスタインがいいな、と思いながら視線をやる。
そして、その少女に、思わず見とれてしまった。
本当にそこに存在するのか疑わしくなるような透明感、整形外科に行ったら門前払いを食らってしまいそうなくらい完璧な目鼻立ち、顔も小さく、女子高生にしては長めのスカートから伸びるすらりと細い脚などは、僕の脚より長そうだ。三次元より二次元、二次元より快○天の僕ですら、どれをとっても文句のつけようがなかった。そんな画面の中の美少女に匹敵するような存在が、確かにそこに存在し、そして艶々と輝くセミロングの黒髪を揺らしながら......僕の方へと、大きなスライドで歩みを進め始めた。
その魅惑の少女に目を奪われているのは、僕だけではないようだった。視界の端に映るクラスメイト達の視線のほとんどが、その美少女に向けられていた。男だろうが女だろうが、視線を吸い寄せられてしまうほどの美貌が、彼女には確かにあった。
ここで、悪い予感がした。こんな美少女、きっと赤ちゃんの頃から可愛らしかったに違いない。そんな彼女を見たご両親が、思わず『可憐』と名付けてしまったって、なんの文句もつけようがない。
その美少女は、つかつかと早足でこちらに向かって来る。僕は、曲がれ、曲がれ、と祈った。こんな美少女に隣に座られたら、緊張で僕が椅子を買って出てしまう。は? どういう意味?
これまた馬鹿なことを考えているうちに、その美少女は僕の前に立っていた。彼女の、真冬の夜空を詰め込んだような、澄んだ瞳とぶつかる。そこでやっと、彼女に不躾な視線を送っていることに気がつき、僕は首を骨折させる勢いで目を逸らした。
「............」
そして、その美少女は、僕の隣の席に、革のスクールバックをぽすんと置いた。その瞬間、水槽の中にアロワナが放り込まれて、その体積によって溢れ出た水の中に糞が混ざっているイメージが脳裏をかすめた......当然この糞は僕だ。このイメージが現実のものとなるかどうかはわからないが、彼女がこの平和な水槽の中で大きな波を起こすだろうことは間違いないと、確信めいた予感がした。
そして、彼女、小早川可憐は、わずか数分後、その予感が間違っていなかったことを、僕のお隣で証明してくれるのだった。
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