そうだ上洛しよう

 それから数日が経って、美濃の大名たちが降参したとの連絡が入った。敵の主城だった稲葉山城は岐阜城と改名され、織田家は「天下布武」とかいう田舎のヤンキーっぽい旗印を使う事になったらしい。

 ちなみに城の改名と旗印の考案をした六助に「岐阜」や「天下布武」という名前の由来やらを尋ねたところ、「何かかっこよくないですか?」とのことだった。


 織田家が岐阜城へと拠点を移すことになった為、俺たちは今まで住んでいた城を去ることになる。何も言わずにお別れをするのもなんだと思ったので、以前に遊んだ子供たちに会っておくことにした。

 ようやく見慣れて来たと思った尾張の国の街並み。セミの鳴き声と、未だ勢いの衰えない夏の空気が人々を覆っている。


「プニながさま、いっちゃうの?」「うぇ~ん……」

「また遊びに来るから、泣かないで。ね?」


 俺たちの周りに集まって泣きじゃくる子供たちと、それをなだめる帰蝶。どんな世界でも別れというのは寂しいものらしい。

 どうにか泣き止んでもらおうと、俺はある言葉を口にした。


「キュキュキュ~ン(おっぱいぽよぽよ~ん)」

「プニながさまもさみしいの?」


 雰囲気に合わせた解釈をされてしまった。言葉が通じないというのは本当に罪なことだと思います。

 一人の子供が一歩前に出て、切実な表情で帰蝶を見上げる。頬を伝う涙が陽射しを反射してきらりと輝いた。


「またあそびに……って、いつ?」

「はっきりとはわからないけど、すぐだよ」

「ぜったい?」

「うん。絶対」

「やくそく!」 


 こうしてどうにか納得した子供たちは、俺たちを以前と同様の元気さで、ちぎれそうなほどに手を振って見送ってくれた。

 まあ、たまにぐらい遊びに来てやるか。


 俺の馬廻衆とかいうちょんまげたちと共に美濃国へ移動する。車やバイクはおろか自転車もない、土埃の舞う公道を進んで行くのにはまだ慣れず、つい観光気分できょろきょろとしてしまう。

 時折のどかな田園風景を交えながら、ほとんどは山林を切り開いたような、樹々の間を通る道が続く。担いでくれている人には申し訳ないなと思いながらも、俺と帰蝶は駕籠の中で平和な時間を過ごした。


 美濃に入っても、街中の風景はそこまで尾張と大差がない。人は皆あれやこれやと忙しなく動き回り、汗水を垂らしながら今日を生きることに必死になっている。

 その中に、何となくあの小さい子供たちの幻影を重ねながら、稲葉山改め岐阜城へと入って行った。


 岐阜城の中は、少なくとも自分が生活する分には前の城と大差がなかった。相も変わらず、最上階で帰蝶とまったりのんびり過ごしている。

 そんな中、これまたやはり変わることのない、どたばたと騒がしい足音が部屋に近付いて来たかと思えば、がらりと勢いよく襖が開いた。


「プニ長様ぁー! プニ長様ぁー!」

「キュンキュン(お前も来てたのかよ)」


 移動の時にいなかったから、六助はこっちに来てないのかと思ってた。これに返事をしたのはすっかり対応が板について来た帰蝶だ。


「どうなされたのでございますか?」

「足利義輝様が殺されたという話はご存じですか?」

「キュキュン(誰だよ)」

「ええ。一応は……三好三人衆という方々に打ち取られたと聞いておりますが」


 また三人衆かよ。三人衆好きだなこいつら。六助は若干腹の立つ顔で一つ頷いてから口を開く。


「その通りです。その後、弟君の義昭様は各地を渡り歩いて漂流生活を送っておられたのですが、この度プニ長様を頼って来られました。正親町天皇からも『上洛してぴょろ~ん』という書状が届いたことですし、ここは一つ上洛するのがよろしいかと思われます」

「そうなのですね」

「キュ~ン(う~ん)」


 よくわからんけど、行きたくはないかな。流れ的に俺も行かなきゃいけないっぽいし、そうなるとめんどくさい上にしばらく帰蝶とは会えなくなりそう。

 思い悩む俺に、六助は改めて問い掛ける。


「どう致しますか?」


 帰蝶に視線を送ってみた。何か声を発するとまた尊いとか言われて話が流れてしまいそうなので、無言で。

 すると察しのいい彼女は、不思議そうな表情で自身の顔を指差した。


「私……ですか? 私は、上洛した方がよろしいかと。天皇様の命に従って差し上げれば後で困った時に助けていただけるかもしれませんし」

「キュンキュン(じゃあ行くわ)」


 帰蝶がそう言うのなら行くしかない。

 尻尾を振ったり飛び跳ねたりして懸命に賛同の意を示す。最近、ようやく皆が分かって来てくれたらしく、六助の反応は速かった。


「おお。賛成ということですね」

「ふふ。いと尊しです」

「ならば、早速私は家臣に集まるよう促して参ります」


 翌日。岐阜城の大広間にて、上洛のための段取り等を決める軍議が行われた。いつも通りの配置でちょんまげのおっさんたちがずらりと並んでいる。

 そんな別に真剣でもない空気の中、六助が偉そうに話を切り出していった。


「さて、これからプニ長様と共に上洛するわけだが、一つだけ問題がある!」

「観音寺城ですな?」

「そうだ! あの城を避けて通ることは出来ん! いや出来るけどかなり迂回しないといけないからめんどくさい! よって、すでに六角氏には『義昭様の上洛を助けると思って通して欲しいな』と書状を送ってある!」

「返事はいかに」


 静まり返る大広間。いずれかのちょんまげが固唾を呑む音までがどこからか聞こえてきそうだ。

 やがて頃合いを見計らったように、六助がゆっくりと口を開く。


「『通せたら通すわ』との由」

「よっしゃああああぁぁぁぁ!!!!」

「天が我らに味方しておるわ!」

「これで向かうところ敵なしじゃあ!」


 いやいや、それ絶対通してくれないやつやん。

 すっかり勢いづき、織田家の上洛成功を信じて疑わないといった様子の笑顔を浮かべた六助がこちらを振り返って言った。


「プニ長様! 上洛に向けての意気込みなど、何か一言お願いします!」

「キュン(うん〇)」

「よっしゃああああぁぁぁぁ!!!!」


 一斉に立ち上がり、咆哮する家臣たち。


「上洛じゃああああ!!!!」

「やるぞおおおおぉぉぉぉ!!!!」


 ほんと元気なおっさんたちだなあ、と思いつつごろんと寝転びながらその光景を眺めていた。

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