城下町にて

 それから数日後。城の庭を横切ると、何やら書状を携えた六助がにやにやとしたままこちらに歩いて来たので無視をすることにした。


「おおっ、プニ長様! これは丁度良いところに! プニ長様! プニ長様!?」

「どうされたのですか? 何だか嬉しそうでございますね」


 強引に前を素通りしようとしたものの、俺の後ろをついて来た帰蝶が反応してしまった。ええ子やでほんま。

 六助は書状を握りしめたまま勢いよく答える。


「稲葉山城を乗っ取った竹中重治殿と安藤守就殿に『俺のとこに来いよ……』と書状を送ったところ、竹中殿からの返事はありませんでしたが、安藤殿からは『いいよ~他の西美濃三人衆にも声かけとくわ~』と来たのですよ!」

「キュキュン(よかったね)」

「おめでとうございます」

「さあ、早速軍議だ! 美濃をプニ長様に、必ずや献上して差し上げますよ!」


 そう言って、六助は鼻息も荒くずんずんと勇ましい足取りで去っていった。


「さて、それでは参りましょうか」


 六助を見送ると、帰蝶は俺を抱っこしてくれた。何でも今日は帰蝶が街を案内してくれるらしい。

 適当に散歩でもしようと城を出ようとしたら「街に出たいのですか? でしたら私が案内して差し上げますよ」と、つまりは勘違いされたことが発端だけど、俺も街を見ておきたいから丁度いいと思った次第だ。


 城から降りて街へと入ったら、大河ドラマに使われているような、古風な木造建築の建ち並ぶ風景が目に飛び込んで来る。

 戦国風な世界だけにやはりアスファルトやコンクリートは存在せず、文化は発達していない様子ながらも、通りを行き交う人々は俺がかつて暮らしていたところよりも活気に満ち溢れているように思えた。

 そんな街の人たちは、俺を見るなり両手を合わせて拝んできたり、時代劇みたいに「ははーっ」と言いながらひれ伏せたりしてくる。一体、俺の存在は国の住民たちにどのように伝わっているのだろう。

 ざっざっと、草履と土の擦れる音を鳴らして歩きながら帰蝶が説明してくれる。


「こちらがプニ長様が領有していらっしゃる、尾張国は清州城下の街並みでございます」


 そしてある商店を通り過ぎた際に、どこか昔を懐かしむような表情をしながらしみじみと語り出した。


「信長様は、寺社や貴族などにお金を払うことで販売の独占権などの特権を認められた、一部の商人たちによって行われている現在の市場を憂いておいででした」


 そういや学校のテストとかに出たことあったな……楽市楽座だっけ。よく覚えてないけど、自由に商売しようぜえ! みたいな政策だった気がする。今度気が向いたら信長の代わりに施行しといてやろう。


「尾張統一までようやく後一歩というところまで迫り、これからだという時にまさか喉にお餅をつまらせてお亡くなりになるなんて……」

「キュウン……(帰蝶たん……)」


 今にも泣き出しそうな帰蝶の頬をぺろぺろと舐めてみる。日本なら逮捕案件だけど、今は犬の身体になっているので許して欲しい。

 すると帰蝶はどうやら目尻に溜まっていたらしい涙を拭って、こちらにつぼみがぱっと開いたような笑みを見せてくれた。


「ふふっ。ありがとうございます、プニ長様」


 それと今の話を聞いていてふと気になったんだけど、信長と帰蝶はその……どこまでいったのかな、なんて。もしかしてもういくところまでいってしまったのだろうか。夫婦だし別に全然おかしなことじゃないもんな。

 いや、でも信長って大名になる頃にはそこそこ歳をとってたはず。それで帰蝶とすることしちゃったら信長というよりはロリ長なのでは?


 あれこれと考えてもやもやしていると、俺たちの周りに小さい子供たちがわらわらと集まって来た。


「いぬー!」「ちげーよ、おいぬさまだよ!」

「かわいー!」

「こーらっ。国主様なんだから、無礼なことをしちゃだめよ?」


 小さい子たちをたしなめる帰蝶。俺にもお願いします。

 にしてもソフィアの話だとチワワは他にはいないって話だったけど、他の犬種は存在してるんだな。ってことは、この日本に存在しない俺みたいな犬種が、「お犬様」と呼ばれているという認識で合っているんだろうか。


「さわらせて!」「おい、やめとけって」

「だめ?」「もふもふをたまわる、とかいうんじゃないの?」

「もふもふ?」

「えっと……」


 帰蝶が困り顔でこちらを見下ろして来たので、別にいいよ~という意思表示の為に尻尾を振ってあげる。小さい子供は苦手ってわけでもないし、帰蝶もいるからいじめられたりはしないだろう。

 俺を見た帰蝶がぱっと明るい表情を見せてくれた。


「触ってもいいよって。よかったね」


 許可を与えられた子供たちが、一斉にこちらに手を伸ばしてくる。


「わ~!」「ふわふわ!」

「もふもふっていうんだって」「もふもふ!」


 うおお……割とすごい勢いでもみくちゃにされている。やっぱり小さい子供ってのは遠慮がないな。

 そんな状況をどう見たのか、子供たちからひょいっと俺を引き離してから、帰蝶が穏やかな笑顔で言った。


「プニ長様が困っておいでだから、もふもふはこれまで」

「えー」「けちー!」

「じゃあほかのことしてあそぼうよ!」

「え~。何して遊ぶの?」


 帰蝶が楽し気に尋ねると、皆が一斉に手を挙げて案を発表した。


「きのぼり!」「あやとり!」

「かくれんぼ!」「あやとりなんてつまんねーだろ!」

「きのぼりだってあぶないじゃん!」

「こらこら、喧嘩しないの」


 男の子と女の子に分かれて争い、それを帰蝶がなだめている。すると帰蝶は視線を宙に躍らせてから諍いに審判を下した。


「う~ん、その中なら木登りかな」

「え~!」


 女の子たちが不満そうな声をあげる。


「ですよね? プニ長様」


 ドヤ顔(可愛い)でこちらを見つめる帰蝶。えっ、俺も参加するの?

 もしかして、木登りを選んだのは提示された遊びの中で俺が一番活躍出来そうだから、だったりするのかな……。この足であやとりなんて出来るわけがないし、かくれんぼは地理を知らないから。

 わかったよ、僕、君の為に頑張るよ! 帰蝶たん!


 全員で、街を出てすぐのところにある木の下に移動する。野次馬のようなものなのか、他の住民たちまで少しばかりついてきてしまった。

 観客が出来て少し興奮した様子の男の子が声を大にして仕切り始める。


「よーし、やるぞ!」

「いちばんうえまでのぼったやつのかちな!」

「がんばれ~!」

「プニ長様、頑張って~!」


 どうやら女の子たちも観客になることにしたらしく、帰蝶も混じって少し外れたところから黄色い声援を飛ばしてくれている。


「キュンキュキュン(かかってこいやガキ共)」


 帰蝶の腕から下りた俺は、木の下で少年たちを睨みつける。ここでかっこいいところを見せ付けて帰蝶との絆をより強固なものにするんだ……!

 なんて思っている間にも、ヤローどもは木にかじりつく勢いで登り始めた。


「いちばんのりぃー!」

「まてよおらー!」


 よし、俺もいくぜ!


「ワオオオオォォォォン(どりゃあああああああああ)」


 かりかり、かりかり。


「ウオオオオォォォォン(だりゃあああああああああ)」


 かりかり、かりかり。

 俺の右前足がうなりを上げ、その爪が木の幹を刈り取らんとばかりに猛威を振るっている。

 しかし。


「プニ長様、頑張って~!」「がんばれー!」

「かわいー!」「ぜんぜんのぼれてない!」


 よく考えたらこれ、どうやって登るんだよ。爪が幹に引っ掛かるわけでもなく、かと言って一気に枝に飛び乗れるほど跳躍力があるわけでもない。世の犬猫たちは一体どうやって木に登ってるんだ。

 俺も思わず高いところまで行きすぎてしまって、自分で登っておきながら帰蝶たんに「助けて~」という目線を送ってみたい。


「おお、いと尊し!」「いとカリカリ!」


 俺の苦悩も露知らず、観客たちは好き勝手に盛り上がってやがる。


「アオ~ン!(ちくしょおおお!)」


 何も出来ない無力な俺はただただ、青空に向かって吠えるしかなかった。




 楽しかった(?)木登りも終わってギャラリーも自然と姿を消し、子供たちともお別れの時間がやって来た。

 小さい女の子が、帰蝶を純真無垢な瞳で見上げている。

 

「またあそびにくる?」

「うん、また来るから、それまで待っててね」


 二人は、小指を絡ませて契りを交わした。


「やくそく!」


 子供たちの「またね~!」に見送られながら、その場を後にした。それからもすこしだけ街を散策して城に戻ったけど、感想としては「いつの時代も人間そのものはあまり変わっていない」というものだった。

 今日を生きる為に必死で金の勘定をする大人たち。家庭を守り、我が子の身を案ずる母親たち。そして、時間と元気を持て余した子供たち。

 今いちピンと来ないお犬様大名としての妙な生活だったけど、街の人たちにより良い暮らしをさせてやりたいな、とは思うようになった。

 西の空はいつの間にか茜色に染まり、燃えるような夕日に、気付けば心を焦がされているような気がした。

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