LAST.英雄と狂戦士

英雄と狂戦士の戦いは、マヘリの野生解放を発端として更に激しくなっていった。

彼女たちのぶつかる場所では大地が抉れ、翼が巻き起こす風で草が引きちぎられていた。


そんな激闘を見つめる4人。

その中で口を開いたのはオオタカだった。


「本当に信じられないわ、ヴィラーゴっていうのは。実戦の土壇場でCCMの基礎を身に着けちゃった。しかも、戦う中でマヘリもキャプテンも、どんどん進化している」


続けて、ハヤブサも言葉を発する。


「普通、練習で動きを覚えてから、何度も実戦を重ねて少しずつ身に着けるものなんだが。生まれつきあんな才能を持った猛禽が、昔にはいたのか」


CCMを教える側からしても、マヘリの学習能力は驚異的だった。

それに驚くスカイインパルス一行へ真っ直ぐな視線を向けていたのは、ユーラだった。


「生まれながらの猛禽なし」


ユーラのつぶやく言葉に、3人全員が振り向く。


「マヘリさん言ってました。自分だって最初は何もできないひな鳥だったって。沢山のご飯を食べて、起きてる間は死に物狂いで練習して、やっと空を飛べる。それから更に鍛え上げて、時に血を流して、森の中で狩りをする力を手に入れる。マヘリさんは確かに恵まれた力を持っていますが、決して努力を知らない子ではありません」


力強いユーラの言葉に、オオタカは何かを理解したような表情を浮かべる。


「そうね。努力を知るからこそ、キャプテンとの戦いから学んだんでしょうね。死に物狂いで狩りの練習をしたのは、私やハヤブサ、そしてキャプテンも同じよ」


空中には、稲妻のようなサンドスターの七色の輝きが絶えず飛び散る。


「で、どうだ。キャプテンも、うちのマヘリも切り札を出した今、改めてどっちが勝つと思う? ちなみに私にはもう...さっぱり見当がつかねェ」


戦いを眺めながら、マヘリをここへ連れてきた張本人が口を開く。


「...正直キャプテンが負けるなんて想像がつかないが、こんな相手は想定外だ。凄まじい力を持っている上、こちらの動きを学習するなんて相手はな」とハヤブサ。


しかし、対照的にオオタカの答えははっきりとしていた。


「キャプテンね」


「何故そう思う」と残雪。


「鍛錬を通じて無意識でCCMを使えるキャプテンと違って、なまじCCMの動きを知ったマヘリは、体の動きを強く意識しなければならない」

「だから動きが少し遅れる、とかか?」

「それに関しては、マヘリの場合は奇跡的な瞬発力でカバーしてる。だからマヘリは今、互角以上に戦えているの。でも」


オオタカがそう言いかけた瞬間、激闘を演じていた二つの影が大地へ降り立つ。

久々に訪れた静寂の時。

両者とも肩を上下させる程息が切れている。

しかし、今だ相手を真っ直ぐ狙うキャプテンの眼光に対し、

マヘリの視線は足元の地面に落ち、明らかに憔悴を浮かべていた。


「体の動き一つ一つを意識しながら戦っていては、集中力が持たないわ。ヴィラーゴのマヘリもいえど、心が限界に達したようね」

「な...!?」

「そんな...野生解放したマヘリさんが押されるなんて!」


残雪とユーラは、思わず叫ぶ。

今にも力尽きそうなマヘリへ、ハクトウワシは敬意を表した視線を贈る。


「本当に、素晴らしい戦いだったわ。でもアナタ、無理し過ぎよ」

「...」

「力は落ちてないけど、技のキレが落ちてる。もう、集中力が限界でしょう?」

「...」

「ワタシはまだ戦える。ヒーローが力尽きるわけにはいかないからね」

「...」

「Give upをお勧めするわ」


マヘリは黙して語らず、地面に視線を落としながら、ゆっくりと腕を上げる。

やがて翼の中の羽根を一枚つまみ、引き抜く。


「アンタの言う通り、鷲ゃあもう限界じゃ」


そういってマヘリは、視線をハクトウワシへと向ける。

その目には憔悴が浮かんでいたが、降参とは無縁の不敵な笑みを浮かべていた。


「...どういうこと...限界なら、その顔はおかしいでしょう!?」

「...ああ、戦えば、鷲の気力は持ってあと...数分じゃろうか」


 マヘリは、引き抜いた羽根を高く掲げ、羽根越しに高い空を見上げる。


 「このまま普通に戦えば、普通に負ける。技の完成度が...あんまりにも違い過ぎる」

 「...じゃあ、どうするっていうの?」

 「残りの気力、体力全てを、この羽根が今から地面に落ちるまでの一刻に賭ける」

 「アナタ、まさか」

 「...この羽根が地面に落ちた後、アンタがまだ立っとったら、アンタの勝ちじゃ...」


 マヘリは、静かに羽根を持つ指の力を抜く。

 二人の間に、静寂と緊張が走る。

 

 その緊張は、観戦している4人にも伝わった。

 何かが始まる。

 一瞬で雌雄が決する。

 そんな雰囲気が、むせ返る程満ちていた。


 やがてマヘリの羽根はゆっくりと下を向き、指の隙間から滑り落ちる。

 

 「ぬ゛ぅアアアア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」


 マヘリの怒号と共に、後髪が針のように逆立つ。

 雷神の如くサンドスターの稲妻を纏い、雷鳴のような爆発音と共にハクトウワシへと迫る。

 

 「...っ!!!!」

 ハクトウワシも、限界を超えて出力を上げる。

 彼女の今度の相手は、地獄から蘇った純然たる狂戦士。

 もはや手を抜く余裕などなかった。


 二人の影はもはや目で追うことすら叶わず、一撃一撃が放たれるごとに、火山が爆ぜ流星が落つような音が響く。

 遥か空中で影が激突し、天は裂け大地は抉れる。

 そんな攻防が、マヘリが手放した羽根が腰の高さまで落ちる刹那の間、おびただしい数行われる。

 彼女たちの動きに圧された空気は、衝撃波となり青天井へ響き渡る。


 覚えたての力の波を最後の気力で感じながら、圧倒的なエネルギーで暴れまわるマヘリ。

 そして無意識で操れる程体に染みついた技を、最高効率でぶつけるハクトウワシ。


 やがて、羽根が膝の高さまで落ちた頃。

 命中したハクトウワシの蹴りに、マヘリの体は後退する。

 その拍子に、マヘリの両腕が広がる。

 胴体ががら空きとなる、完全ノーガード状態だ。


 (貰ったわ!)


 その一瞬の隙を、歴戦の英雄が見逃す筈が無かった。

 すかさず全出力と体重を持って、目の前の狂戦士の急所に狙いを定める。


 (ロックオン、これで終わらせるわ)


 やがて、七色の閃光と共に。

 ハクトウワシの渾身の連撃が、寸分の狂いなくマヘリの胴体を貫いた。


 マヘリは俯き、両腕を広げたまま動かない。


 (力の受け流しもされなかった。確実に入ったわ。勝負あった...)


その時だった。


ハクトウワシの肩を、何かが捉えた。


「What’s !? 」

「う,ゲホ...大博打じゃったが、上手くいったようじゃのう...」


それは広げられていた、マヘリの腕だった。

マヘリは鬼神のような笑みを浮かべ、ハクトウワシを睨む。


(っ!!...全く動けない...どこにそんな力が)


動きを封じたまま、鉄槌のような膝蹴りをハクトウワシに叩き込む。


「かっはぁ゛!!!」


肩を強く捉えられていたハクトウワシは力を受け流せず、その衝撃の全てを受け止めてしまった。


「そん...な...あの一撃で...確実に...仕留めたはず...」

「ああ...効いた。じゃが、アンタを一瞬油断させるにゃ...これしか無かった」


そう言いながら、マヘリは身を丸め両足をハクトウワシへと向ける。


(ダメ...体が全く動か...)


トドメのエネルギーを溜めるマヘリ。

身動きが取れず、為すすべなく宙を舞うハクトウワシ。


そして、地面にそっと接する、マヘリが落とした羽根。


「終えじゃアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」


凄まじい怒号と共に、マヘリの渾身のドロップキック一閃がハクトウワシを貫く。

太陽まで響くような音と共に、ハクトウワシは地面に叩きつけられる。

二人が生じたサンドスターは、全てその衝撃にかき消される。

観戦している4人の元にも爆風が届き、もはや声を発する余裕も無く、吹き飛ばされないように身をかがめている。


やがて嵐は止み、マヘリは野生解放を止め、静かに地面へと舞い降りる。

そして、まだ土煙立ち込めるクレータへと、その鋭い視線を飛ばす。

その土煙も次第に薄れ、クレータの中へ少しずつ外界の光が届くようになる。

そこに有ったものは。


ボロボロになりながらも、腕を組み仁王立ちするハクトウワシの姿であった。


「アンタ、まだ立つんか」

「ええ...皆の命を背負った...正義が屈する訳には行かないの」


ハクトウワシは息も絶え絶えながら、力強く口を開く。


「それに...オウギワシや...ワタシを越えようと日々頑張っている子も居るわ...その子達のためにも...ワタシは強い存在で居る必要が有るの_


_だから...何が有っても...例え意識を、命を失っても...私は屈しない」


それは正義の使者の宿命を背負った、紛れもないキャプテン・ハクトウワシの姿だった。


「さあ、第二ラウンド...ここからが本番よ」


その言葉に、マヘリは薄ら笑いを浮かべる。


「無理じゃ」

「どういう...こと?」

「さっきも言うた筈じゃろ...羽根...地面に落ちてなおアンタが立っとったなら...アンタの勝ちじゃと。もう...歩く力も残っとらん」

「...!!」


 マヘリの視線の先には、彼女が引き抜き、手放した自身の羽根が有った。

 それは二人の戦いで遥か遠くに飛ばされていたが、二人の猛禽の目にははっきりと見えた。

 やがて、マヘリの体は重力に引かれ、後方へと傾く。

 

 「よう分かった...アンタはワシより強え...納得じゃ」


ゆっくりと崩れ落ちる相手の姿を、言葉を、ハクトウワシは真っ直ぐ受け止める。


「ありがとうな、こんな我侭に付き合うてくれて。全力をぶつけたんが、アンタで良かった」


その言葉を最後に、マヘリは鈍い音と共に倒れた。

比類なき戦いの勝敗は今、決した。


二人の元へと、それぞれの仲間達が駆け寄る。


「マヘリ! 大丈夫か」と残雪。

「マヘリさん! マヘリさん!」とユーラ。

「キャプテン、今行く!」とハヤブサ。

「本当に...何もかもが想定範囲外の試合だったわ」とオオタカ。



~~~~~~~~~~~

命尽きても、皆の為に屈しない。

どれだけの特訓をしとったんじゃろうな。

ワシとは背負うモンが違う。

キャプテン・ハクトウワシ殿、よう覚えたけえよ。

~~~~~~~~~~~

第二ラウンドなんて、ワタシも強がり過ぎたかしら。

でも、アナタの真っ直ぐな力、受け止めたわ。

その力はやっぱり怖がられちゃうかもしれないけど。

いつかその力を、護るべきものの為に振るってね。

~~~~~~~~~~~



「キャプテン、お疲れ様。最高の勝負だったわ」

「やっぱりキャプテンには敵わないな」


戦い終え、クレータの中心にたたずむハクトウワシへと、オオタカ、ハヤブサが話しかける。

しかし、ハクトウワシは瞳を閉じ、一言も返さない。


「...キャプテン?」

「...オオタカ、無駄だ」

「へ...?」

「キャプテン、気絶してる」

「!?...本当ね...この勝負...これだと...引き分けかしら?」

「確かに強さは互角だったが、マヘリに負けを認めさせたのはキャプテンだ」

「...そうね...でもあんな子が居るなら、私たちも訓練頑張らなくちゃね」

「ああ、セルリアンに屈する訳には行かないからな」


英雄と狂戦士。

全く異なる道を歩み、強さを追い求めた二人。

その戦いの末に一つ、両者に共通点が有った。


二人は、ボロボロになり、意識を失ってもなお、笑顔だった。

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英雄と狂戦士 きまぐれヒコーキ @space_plane

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