6.種族の限界を超えて

おかしい。

明らかにおかしい。


確かにキャプテンとやら、ハクトウワシは強い。今まで出会うた誰よりも。

だが、力、速さとも、気を抜かねば十分勝てる程度の物じゃった。


今はどうじゃ。

遥か上空に君臨するキャプテンの前に、ワシは堕とされ、ひれ伏しとる。

CCMだか何だか知らんが、それをアイツが使った時から歯が立たんくなった。

ヤツの動きに無駄どころか,予備動作すらなくなった.

こちらの蹴りも拳も,殆ど避けられる.

仮に当たっても,宙を舞う羽根のように,衝撃が受け流される.

逆に,相手の攻撃は全て当たる.

避けても,避けた場所へ攻撃が正確に飛んでくる.

しかも,重い.

攻撃の力自体は変わらんのに,体の奥底まで衝撃が響く.

はらわたそのものを殴られるような感覚.

そんじょそこらの攻撃が効くような鍛え方はしとらん筈なんじゃが.


うずくまるワシの前に,ハクトウワシは悠々と舞い降りる.

このままひれ伏し続けるのも性に合わんので,痛みを押して立ち上がる.


「まだ戦えるのね.耐えるだけでも凄いことよ」

「ハッ、ここまでブチ回されて…褒められるのは辛えもんがあらァ」


褒めるという行為は,格下の相手に行うもの.

確かにこの状況,どう考えてもワシが格下.

技を修めただけで,ここまで強うなれるものなのか.


「何をしやがった...それが、技の力言うんか」

「そうよ。自分より強い相手でも確実に排除する。CCMはその為に作られた技の結晶よ」

「…小手先の技術なんざ、野生の勘には遠く及ばん筈なんじゃが…」

「小手先ではないわ。アナタの攻撃を予測して、余裕を持って避ける。それが無理なら相殺する。それも無理なら、あえて攻撃を受けつつ、その衝撃を受け流す。そういった防衛手段を何重にも組み合わせているわ。攻撃だってそう。アナタがどう動こうと急所に命中させる工夫が何重にも張り巡らされている」

「攻撃自体も何かおかしかろう。やたら重い気するぞ」

「当てる瞬間、特殊な力の入れ方をしているのよ。アナタの鋼の肉体の芯まで衝撃を伝えるようにね」

「…この結果をみりゃ、技の力,信じんわけにゃあいかんのう。じゃがな、何でそがあな複雑な事考えながら戦える? ワシはそんなヒマ与えとらん筈じゃが」

「日々の鍛錬で体に覚えさせるのよ。雛だったワタシ達が、空を飛び狩りをする事を学んだように。そして、鍛錬や戦いを通じて明らかになったCCM自体の欠点や改善点は日々書き換えられている。鍛錬で私達は進化し、CCM自体も進化する。何が有っても、セルリアンに負けない為にね」


成る程。

つまり飛び方、狩り方と同じように、“戦い方“を自ら作り、身に叩き込んでいると。

その積み重ねで、ワシとの体力の差を埋めとると。


凄まじい輩じゃ。

そこまでして仲間を守りてぇか。


じゃが感心したのもつかの間、キャプテンの次の言葉は、聞き捨てならんかった。


「そんな完成度の、相手を排除するための技を未経験者のフレンズに向けるっていうのは、ひな鳥にピストルを向けるのと同じ。だからやりたくなかったわ」


ひな鳥か。

確かにワシゃあフレンズになって間も無えし、今アンタに押されとる。


じゃけえどな。


ちょいと調子に乗り過ぎじゃあねえか…?


「はーっはっはっは! ひな鳥! ワシがか! こりゃあ傑作じゃ」


目の前のキャプテンは少し引いてるが、もはや笑いが止まらん。

かつて島を統べたワシが、ボコられてひな鳥呼ばわり。

大将、いいや、残雪さん。

こんな面白えヤツを紹介してくれて、ありがとう。


「アナタ、急にどうしたの」

「いや、あんまりにも可笑しくての。すまんすまん。そんじゃあワシも出し惜しみはやめじゃあ」

「…もしかして…」

「ああ、お望み通り出さざるを得んようなった」


そういって、戦いを見つめる残雪さんの方向を見る。


「すまんが残雪さん、大飯喰らいになるが、野生解放使わせてくれえや」


残雪さんは微笑みながら目を閉じ、静かに、それでいてワシに聞こえるくらい力強く告げる。


「こんな熱い戦い見せられてダメだと言えるかよ。好きにやりな」

「…ほんじゃあ遠慮せんぞ」


その言葉と共に、ワシは全身に力を込める。

脈が高鳴り、神経が研ぎ澄まされる。

体中をサンドスターとやらが駆け巡る感覚と共に、力がみなぎる。

次第に後ろ髪が熱くなり、逆立つ。

ほとばしるサンドスターの輝きは次第に稲妻にようになり、パリ、パリ、と空気を裂く。

気合十分。

キャプテン殿、改めて押して参る。


「アナタ…何…そのエネルギー量は…!」

「アンタは全力をぶつけんと無礼だと思うたんじゃろ? 鷲も同じじゃ」

「…ホント...アナタがセルリアン退治に加わってくれたらどれだけ助かるでしょうね」

「まあ、あのバケモノはたまに狩っとるけえ大丈夫じゃ。それよりなあキャプテン」

「…何かしら?」

「アンタの相手は、この最狂のひな鳥じゃあ。アンタの持つCCMという名の銃で、果たして狩れるんかのう…?」

「…ひな鳥は無礼だったわね。この全力の拳で謝罪させてもらえる!?」

「望むところじゃあ!!!」


ありったけの力を足と翼にかけ、視界中心にキャプテンを捉える。

野生解放してしまうと、踏ん張ればすぐに地面が割れてしまうが、そんなことは気にせず加速する。


鷲に対して工夫と知恵で戦う。

そんなヤツ、確か死ぬ前、動物の頃にも居った。

華奢なサルじゃったが、物を投げたり隠れたり協力したり…手ごわかった。

そんな輩と相対するには。闇雲に攻めても歯が立たない。

相手の行動をよく見て、理解する。これに尽きる。

そうこう考えてるうちに、キャプテンは既に目の前に迫っとった。

 今度ばかりは流石に反応しきれとらんようじゃ。


すかさず攻撃を放つ。

が、軽いジャブだ。

キャプテンは避けきれんようで、受けた衝撃を滑らかな身のこなしで受け流す。

やはりしなやかな草を殴っとるようで、全く手ごたえが無い。

いくらかジャブを放っていると、キャプテンの体が突然ブレた。

とほぼ同時に、突きが鷲の横っ腹を捉える。


「ふぐ…っ!」


その攻撃の衝撃とともに、鷲は後退する。

やはり体の芯まで響く衝撃じゃが、野生解放のお陰か幾分効きづらくなった。


「さっきより遥かに速いし、硬いわ。ホント厄介ね」


痛みが引き始め、再び地面を踏みこむ。

縦横無尽にキャプテンの周りを翔け、撹乱する。

相変わらず軽い攻撃をかけ、挑発する。

その攻撃はキャプテンに当たるが、やはり衝撃は受け流される。

次第にキャプテンの顔が険しくなる。


「アナタ、いつまでおちょくってるつもり?」

 「すまんのう、もう少しの辛抱じゃ」


 本気で仕掛けないのには訳がある。

 正直いって野生解放したところで、力任せにやればキャプテンは対応してくる。

 そんな気がする。野生の勘じゃ。

 ならどうするか。

 技を駆使する賢い相手には、まず相手を知るところから勝負を始める。

 野生解放で得たスピードと動体視力をもって敢えて手加減し、残った余力でキャプテンの動きを観察する。

 そして、キャプテンの動き、CCMの本質を、曲がりなりにも身に着ける。

 なに、飛ぶことも獲物を狩ることも親の見様見真似でやってきた。CCMだろうが何だろうができる筈じゃ。


 そして、大体わかってきた。

 キャプテンの動きのカギ。それは“脱力”。

 基本は全身を脱力し。

全ての動作に、必要な個所にだけ最小限の力を込めて動いてる。

 力みが無いから、予備動作も隙もない。

 そして無駄に力まない体は、空気の感覚や体の動きをより正確に把握できる。

 今こうして手加減して戦って、脱力の効果を身をもって実感した。

 

楽に、楽に。

体を風になびく細い草のように。


やがて、体の中を流れる力の波を感じる。

翼で生み出された力が、波となって背骨に伝わる。

それは骨格を伝って腕へ、脚へ伝わる。

それを地面へぶつければ前へ進む力となり。

そのまま空中へ放てば突きや蹴りの攻撃となる。

ほんの一瞬の間に、力の波は体中を縦横無尽に駆け巡る。


「いい加減本気を出しなさい! これで目を覚まさせてあげるわ!!」


キャプテンの体が大きくブレる。

しかし、今の鷲には、キャプテンの体の動きが分かる。

一瞬のうちに踏み込んだ足から、はためいた翼から、力の波が生まれ。

それが体幹で合流して、更に大きな波となる。

その波はどんどん増幅されながら、やがて拳へと。

脱力された体を伝わる波は余りにも速く、予備動作にも表れない。

これがキャプテンの、CCMのカギの一つじゃろう。


やがてその拳は、鷲の脇腹へと叩き込まれる。

ここだ。

鷲は、全身の力を抜く。

キャプテンの力の波が、鷲の体へと伝わっていく。

この力の波が鷲のはらわたを揺らしていたに違いない。

脱力した体の筋肉をフルに使い、加えられた衝撃を分散させる。

力の波を翼に流して緩和させ、残った衝撃を自分の体の回転へと受け流す。

やがて、力の波は静まり、体は空中で回転しながらも、体の中は波一つ無い湖面のような状態へと戻る。


回転する視界に、とぎれとぎれにキャプテンの顔が映る。

その表情は、明らかに驚愕を含んでいた。


すかさず今度は、翼で空気を殴りつけ、力の波を生む。

その波を体中で強めながら、体の回転のエネルギーも加えて更に強める。

それを足に伝え、方向をキャプテンの体へと正確に定める。


やがて、力の波に弾かれた鷲の足は。


キャプテンのみぞおちを真っ直ぐに捉えた。


「うっ…ぐぁ…!!」


キャプテンは後方へ少し吹っ飛び、着地する。

やはりいくらか力を受け流されたが、今度はしっかり効いたようだった。

そして鷲自身も、キャプテンの攻撃を完全には受け流せずやはり少々痛むが、以前よりは遥かにマシになっていた。


「そんな!…アナタ…どうして、それはCCMの基礎、どこで教わったの!?」

「アンタに教わったんじゃ。今、ここでな」

「…有り得ないわ。そんな、基礎のレッスンだけでも皆苦労するのに…」

「野生解放しての本気の戦い程、良い稽古は無えじゃろう?」


鷲の言葉に、うろたえていたキャプテンは幾分冷静さを取り戻し、腕を組み目を閉じて口を開く。


「…ええ、そうね。アナタは猛禽、それも狂戦士ヴィラーゴ。その巨体をその速さで動かせるセンスがあれば、実戦での学習能力も相当でしょうね。しかも、全身の感覚が研ぎ澄まされている野生解放中」


そう静かに語った後、組んでいた腕をだらんと垂らし、少し後ろに回す。

鷲ら猛禽が、全力で飛び立つ直前の姿勢。


「敵を一方的に排除する為の技だけど、アナタはそれを受け止めてくれる」


 語り終えたその時、キャプテンは更に輝きを増した目を見開いた。


「アナタには、本当に、私の全てをぶつけたくなったわ!!!!」


そう放った瞬間、キャプテンの背後の地面が爆ぜ、一瞬で鷲との距離を詰める。

野生解放した鷲へ真正面から飛び込んでくる奴は、見た事無かったなあ。


キャプテンの初手二撃の拳が、腹部と頬を捉える。

しかしさっきの要領で、体を伝わる波を意識し、衝撃を受け流す。

そして翼、足から3つの力の波を生み、それを腕に流し込む。

それは3撃の突きとなり、キャプテンの体に叩き込まれる。


「っ...やっぱり、基礎ができているわね...」


キャプテンは攻撃を喰らいながらも、体を捻り踵を鷲めがけて加速させる。

ムチのように無駄な力みの無く、速い軌跡が鷲の肩を捉える。

同じように、力の波を分散_


何だ

ちがう

力の波の形が

受け流せな


「ぐあっ...!!」


衝撃をモロに喰らった鷲の体は、キャプテンの蹴りの方向へと吹き飛ぶ。

「な、何じゃ今の」

「力の流し方の基礎ができたからといって、万事OKとはいかないわ」


 次の瞬間、また距離をつめられる。

 ダメだ、攻撃を受けた時点で、相手は鷲を葬る手段をいくらでも持っとる。

 

 避ける。

 全ての攻撃を避け、それでも当たったヤツだけ受け流す。

 野生解放した上、脱力を覚えた鷲なら、きっとできる筈じゃ。


 飛行速度を乗せた、弾丸のようなキャプテンの突きが鷲の頭、胴体を狙う。

 じゃが、今なら見える。感じれる。

 キャプテンの体を伝わる力の波、それが狙っている箇所。

 後は力の波を使って、攻撃を避けるまで。

 自分の体をうねらせるためだけの、無駄ない力の波を生む。

 そして感じ取った場所を貫く攻撃を、風になびく草にようにしなり、避ける。


 「くっ、回避まで覚えたのね...!」


 恐らくCCMとやらには、更に多くの工夫や技が有ることじゃろう。

 だが、攻撃の受け流し、回避、今はこれで十分じゃ。

 こんな全力の戦いの中で、相手の見様見真似をこれ以上しては足元をすくわれる。

 後は学んだことに、己の全てを乗せて、キャプテン殿に捧げるのみ。

 

「待たせたのう、鷲の全力を捧げたるァ!!!」


無駄な力を抜きつつ、体中にサンドスターを滾らせる。

力の波が体を伝わるタイミングに合わせ、空気と地面を叩きつける。

今までよりもしなやかに、鋭く体が加速される。

刹那の間に、キャプテンへ膝と拳を命中させる。


「ぐっ...!」


有った。

手ごたえあった。

攻撃の予測、回避、受け流しも、それを上回る速さの前には完全ではない。

今の鷲の拳は、歴戦のキャプテンに届く。

そうとあれば、脱力と野生解放で加速されたラッシュを、終わるまで叩き込むのみ。


飛び交う足、拳、膝の軌跡。

それをキャプテンも鷲も、避け、受け流し、時に直撃しても構わず立ち向かう。

感じる。

力の波を意識してから、全身の感覚が研ぎ澄まされていく。

動きは、攻撃はより鋭く、しなやかに。


今の鷲は、戦う前の鷲より強い。

現に、全てを解放したキャプテンと戦えとる。

これが技の力か。


元の動物の限界を超え、努力と創意工夫で強くなる。

フレンズの強さとは、面白いものじゃな_

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