3.参謀オオタカの苦悩

訓練を始めようと思ったところで、残雪に止められる。


「いや,待ってくれオオタカ,その前に頼みが有る。少しいきなりなんだが,マヘリにキャプテンと手合わせさせて貰えんだろうか」


マヘリ、あの大きい子かしら.

えっと、訓練希望よね。

そもそもこの子の事は聞いたことが無いし、所作を見てもフレンズになって間が無い。

そんな子がまさかいきなり試合、ましてやキャプテンとなんて、冗談よね。


「訓練希望,かしら.確かに筋は良さそうだし,良いけれど」

「いや,訓練じゃねェ.実戦だ.キャプテンとガチで手合わせさせてやって欲しい」

「あら,あらあら…それはまた大胆ね」


参ったわね.

これはナメられているのかしら。

いえ、残雪は思慮深いし、訓練未経験者がキャプテンと戦うことがどれだけ無謀か分かる筈。自分だって訓練を受けて、キャプテンとも手合わせして,体感しているのだから。

そんな残雪が推すってことは…一体…


「Good! 元気な子はワタシ大好きよ! いつでもWelcome!」

「キャプテン,まあ,ちょっと話させて」


 キャプテンは乗り気だけど、その前に少し試させて貰いましょう。

 確かに大きくて力強く、服の上からも分かる引き締まった体をしている。

 体格だけならキャプテンよりも立派かもね.

さて,それはハッタリか本物か、どちらかしら。

少なくともガタイが良いからってだけで、キャプテンといきなり試合はさせられないわ。


「マヘリ,だったわね.本当なの?」

「ああ。ぼっけぇ(とても)強えフレンズさんが居る言うて聞いた」

「ええ、キャプテンは強いわ。そして誰の挑戦でも受けるタイプよ」

「そんなら問題ねぇのう」

「いえ、問題よ。同じリングに立ったら、キャプテンは手加減しないわ。それが礼儀だと思っているからね。生半可な覚悟と力じゃ、下手したら大怪我するわよ」


一旦呼吸を置いて、できる限り威圧する。

マヘリ,と言ったわね。キャプテンの前に立つ器が無いのならここで降りて。

それが貴方のためでも有るの。


「貴方に、キャプテンと戦う覚悟が、その力が有るの?」


自分の巣への侵入者に対する位、最大限の威圧をした。

しかし、マヘリは動じない。

目を背けることも、威圧し返すことも無い。

そんな彼女は、穏やかに口を開いた。


「ワシゃあ、フレンズいうモンをまだよう知らんのじゃ。じゃけぇ、フレンズがどこまで強うなれるんか知りてえんじゃ。痛み苦しみは覚悟しとる.ハクトウワシさんがワシを叩きのめしたんなら、そんだけ強かったいうて納得できるけえの」


そう。

痛い目見る覚悟は有るのね。

そしてこれだけ威圧しても、全く動じない。

普通の子なら、大抵少しはうろたえてくれるのだけれど。


...本当に強いのかも。

そう思って良く見れば、コートから延長する長い尾羽。

猛禽の尾羽の大きさは、空中での機動性の良さを意味する。

あの尾羽が、もし見せかけじゃあないとしたら...


次の瞬間、私の予感は確信に変わった。

今度はマヘリがこちらへ眼光を向けてきた。


「強さに関しちゃあ、ワシもぼちぼち自信が有ると言っておく」


何この威圧感は。

恐怖、危険、異質、殺意。凍り付くような,焼かれるような。

キャプテンでもこんな睨みはしない。

戦わないフレンズなら、気迫だけで気絶してもおかしくないわ。


ナメていたのは、私の方だったかもしれない。

とにかく、この子の力を正確に見積もらなきゃ。


「なら、ちょっと試させてもらうわ」

「何じゃ、まずはアンタが戦うんか?」

「ええ。前菜だと思ってちょうだい。胃もたれしたら主菜はおあずけよ」

「ほう、面白ぇ」


地面を蹴り、翼で空気をはたき、前へ。

全力でこの体を、マヘリに向けて加速させる。

景色が歪み、その歪みの中心に目標を捉える。


彼女との距離は一瞬で縮まる.

みぞおち、下腹部、心臓。

狙いを定め、同時に3撃を叩き込む。

爆発音と共に、サンドスターの輝きが舞い散る。


「成る程のう...速えし、鋭いなあ」


攻撃は命中した。

しかし下腹部への攻撃は膝で、鳩尾は腕で防がれた。

心臓部には当たったが、はっきり言って全く手ごたえが無い。

その豊満な胸、全部筋肉なのね。色々嫉妬しちゃうわ。


というか、貴方鳥よね?

手ごたえがイノシシのそれなんだけれど。


触れられる位置まで近づいたから、マヘリの瞳が目と鼻の先にある。

澄んではいるものの、深く暗い、光の灯らない瞳。

哀愁、滅亡、終焉、そんな闇を含む瞳。


その目,貴方、絶滅した動物の子なのね。

ならば貴方には、現在の常識は通用しないと。

 

「キャプテンとの決闘を望むなら,見せてくれるかしら,その力」

 

 足と飛翔筋にありったけの力をかけ,自分の体を弾き跳ばす.

 とにかく動き,彼女の視界をかく乱する.

 右へ左へ,空気や地面を叩きつけて翔ける.

 

 猛禽には,大きく分けて3つのタイプが居る.

 1つはコンドルタイプ.

 2つはハヤブサタイプ.

 3つはハイタカタイプ.

 コンドルタイプは非常に大きな体と怪力を持つが,小回りや俊敏さには劣る.

ハヤブサタイプは最高速度と急降下に長け,そこから繰り出される一撃は必殺級の威力.それでいて接近戦もそれなりにこなす.

そして,ハイタカタイプ.瞬発力,俊敏さが群を抜く接近戦特化型.自分がこのハイタカタイプだ.

そしてキャプテン、つまりハクトウワシは、コンドルとハイタカの中間ってところかしら.


これらの特徴は翼に強く表れる.

コンドルタイプは大きく長い翼を持つが,機動性を司る尾羽は小さい.

ハヤブサタイプは抵抗の少ない非常に鋭い先端を持つ.

そしてハイタカタイプは,丸みを帯びた短くて幅の広い翼を持ち,体に比して大きな尾羽を持つ.

そして翼の付け根には,翼を高速ではためかせるための強靭な筋肉.

私も自信は有るが,キャプテンの筋肉なんかはとても立派だ.


目の前のマヘリは,体格を見れば完全にコンドルだ.

 私の攻撃を難なく受けた所を見ても,間違いなくコンドル以上のパワーは有る.

ただ,あの大きな尾羽は,近接戦闘最強のハイタカタイプに近い.

まさか,まさかその巨体で,近接戦闘ができるなんてこと無いわよね.


私は気づいていたが,認めたくなかった.信じたくなかった.

 ずっと高速で動いている私を,マヘリの目の焦点は狂いなく追尾していることを.


「速さに自信が有るか.分かった.付き合うちゃる」


ドスの効いた声と共に,マヘリは遂にその翼を広げ,足を踏ん張る。

その翼を広げた瞬間、辺り一面の大気が揺らぐ。

脚には、少し離れたところからでも分かるほどの血管、筋肉の隆起。

そして、翼は。


当然巨大では有るが、体格の割には短く丸みを帯びた、ハイタカの翼。

その根元には、キャプテンすら上回る程の筋肉。

それはもはや悪魔の彫刻の如く、翼の動きに合わせて躍動していた。


そうだ。思い出した。

コンドル、ハヤブサ、ハイタカの3タイプの枠に収まりきらない種族。

コンドルのような規格外の巨体をハイタカの如く機敏に動かし、熱帯雨林の生態系の頂点に立つ何種類かの猛禽の存在。

木々の合間を高速で飛翔し、自身の体重の数倍の獲物を難なく殺傷する狂戦士。

その名は_


一瞬の間にそんな思考が駆け巡った後、体に響く炸裂音によって現実に戻される。

マヘリの姿は消えており、彼女の居た場所には隕石でも落ちたかのような土煙が飛び散っていた。


「ほんじゃあ、やろうか」


背後から化け物の声が響く。

初めてね。心の底から、狩られる、って思ったのは。

だけど、私はスカイインパルス参謀。

私が彼女に狩られることは、彼女と同じ強さのセルリアンから皆を護れないということ。

有ってはならないし、そうさせないために鍛錬を積んできた。


背後から私の首元に飛んでくる手刀を、紙一重でかわす。

更なるサンドスターを翼に叩き込み、自分の軌道を推し曲げる。

胴に向かって飛んでくる彼女の蹴りの軌道と自分の体を外し、同時にカウンターの蹴りを数発当てる。


「はっは...凄え、全然当たらん」


怪物はそう言うと更にペースを上げる。

こちらもそれに合わせて更にペースを上げる。

彼女の殺気から攻撃を読み、反撃を放つ。

実力を測る前哨戦にしては、少し張り切り過ぎかしら。

彼女の後ろに見える景色は凄まじいスピードで流れ、残像と化す。

空気を叩きつけ、ありったけの戦闘機動を描く。


彼女は、ちゃんと私について来ている。

キャプテンを越える巨体で、こんな飛行ができる子は滅多に居ない。

それでも,まだ機動性と攻撃の回避にはこちらに利が有る。

だから防戦に徹すればマヘリの攻撃を喰らう事はないけど、向こうの方がリーチが長い分、こちらも懐に飛び込めない。

そして何より、攻撃力と耐久力。

今はこちらも牽制目的で軽く打っているけど、彼女には牽制にすらなっていない。

恐らく急所を本気で殴れたとしても、倒すのに何十発必要か分からない。

しかし彼女の蹴りを私がモロに喰らえば、一発で戦闘不能になってもおかしくない。


「ホンマに速え、アンタ程身軽なヤツぁ、出会うたことがないのう...!!」


そしてこの状況で,そんなお世辞を放つ余力が有るのね.


「もう十分、分かったわ...貴方」


そう言う中、マヘリの蹴りがこちらに迫る。

もう調べることはない。この子は明らかにキャプテンへの挑戦の有資格者。

前哨戦に区切りをつけるべく、私はあえてその蹴りを受ける。

 速く、重く、鋭い蹴り。

分かっていたことだけど、こんなものまともに受ければしばらくは動けない。

だから体中のバネを総動員して、腹部に響く衝撃の波を受け流す。

そして蹴りの反動を利用して、わざとキャプテン達が居る方向へ吹き飛ぶ。


「ほう...綺麗に入った筈なんじゃが、芯を外された...アンタ、前菜にゃあ勿体ねえなあ」


翼で風を抱き、体勢を整えつつ速度を落とす。

余りの速度にブレ続けていた周りの景色がようやく止まり、私の体はキャプテンの隣に舞い降りる。


「ナイスファイトだったわ! 流石我が参謀ね!」

「ありがとう、キャプテン。あの子はやれるわ」

「見ていて分かったわ。オオタカ相手にここまでやるニューフェイスは初めてよ」


キャプテンも、あの子の実力は認めたようだ。


だけれど、私は軽く手合わせしただけだったから良かったものの、キャプテンは全力のあの子と真っ向から戦うことになるだろう。

心配すべきだったのはマヘリではなく、キャプテンの方だったかもしれない。

 少なくともキャプテンには警戒して貰わなきゃ。


「キャプテン、あの子を最上級の黒セルリアンだと思って戦って.野生解放は必須.CCMの使用も考えたほうが良いわ」

「What’s !? そんなことしたら命があの子の危ないワ!いきなり何言ってるの!」

「爪さえ出さなければあの子は死なないわ。それよりナメてかかったら命が無いのは私たちの方よ。あの子は、熱帯雨林の狂戦士、ヴィラーゴの一族よ」

「...Oh my god」


ヴィラーゴ。

戦乙女、女傑を意味する言葉。

鳥類学者が、熱帯雨林に生息する特定の猛禽類につけた称号。

木々の合間を無減速で翔け抜けられる敏捷性。

自分より重いものを持ち上げて飛び去る飛翔筋力。

熊よりも大きな爪。

それらが織りなす、自分の数倍の体重の相手をも一撃で葬る無双の殺傷力。

現在では希少生物だけれど、彼女はきっと、その絶滅した祖先。

その身に余る戦闘力を宿したが故に、環境に適応できず絶滅した悲劇の狂戦士。


「じゃあアノ子は...オウギワシと同格ってコト?」


オウギワシは,現代に生きるヴィラーゴの一人.

マヘリと同じく,キャプテンとタイマンを張った強者.

 思い返してみても凄まじい強さだった.


私は一呼吸置き、キャプテンを真っ直ぐ見て口を開く。

本気で言っていることを分かってもらうために。


「マヘリは,オウギワシ以下では、絶対に有り得ないわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る