♀茫然自失

「まさか勇者が来るとは、何があるかわからんものですね」

「でも魔族の滅んだ今の世になぜ勇者がいるんでしょう?魔族は滅びたことになってるんですよね?」

「そのはずですが・・・・・・」


「しかしこちらの存在をバラしたのは早計でしたね」

「ごめんなさい。ツイ頭にきてムキになってしまいました」

「遅かれ早かれ知られることには変わりないのですけどね」

「一度魔王様にご報告致しましょう」

「はい」


魔界の扉をくぐり魔王の元へ帰ってきた。

「レーティアおかえり、無事だったか」


クラリアスは割り込むように進言した。

「魔王様、報告すべきことがございます」

王はやや不機嫌そうな表情だ。

もう少しレーティアと話したかったのだろう。


「申せ」

「勇者の墓で、新たな勇者と遭遇致しました」

驚きの発言に王は玉座から立ち上がった。

「なんだと!?魔族のいない世界で何故勇者を召喚するのだ!?」

「私も同じ疑問を抱いております」

「それに、勇者は妙な事を言っておりました」


「それは私がお話します」

レーティアが割って入った。


「勇者は、人間に変身した私を見るなり"みゆ"と声をかけてきました。なんの事か分からないのですが、話を聞いていると、どうも元の世界にいた、大切な人にそっくりらしいのです」


「奇妙な事を言うものだな。まあ、人間の姿に化けてるんだ、中には誰かに似ていることくらいあるだろう。気にするな」

「はい」


レーティアは敢えて"結婚"の話は出さなかった。

"結婚"とはなんの事か自分でもよく分からないが何か気になる言葉だった。

魔族には結婚に相当する物はあるが結婚と言う言葉はないのだ。


「それと勇者の剣を持ち帰りました」

「よくやった。それはおまえが使うが良い・・・と言うか恐らくお前しか扱えないだろう」

「そうなんですか?」

「その剣は異世界から来た者にしか扱えない代物らしい。お前は転生者なので、異世界から来たのと同じだ」

「役得ですね」

「言いよるわ!」


わはははは。

王は上機嫌だ。


「それともう一つ、勇者側に私たち魔族の存在を気づかれてしまいました」

「なんだと!?もうバレたのか!?」

クラリアスがフォローに入る。

「話したというか、敵方に、かなりやり手のエルフがおりまして・・・・・・」

「ぬぅ・・・・・・エルフか、ハイエルフではなかったか?」

「正直そこまで確認出来ませんでした。あくまで私の勘ですが、先のエルフは恐らくハイエルフかと・・・・・・。あの状況の中でとにかく私の事を強く警戒し続けておりましたし、去り際にレーティア様が撃った高火力の魔法に対応し同等の魔法で相殺してきました。魔法に関しては相当の使い手ですよ。あの漆黒殿を上回るかも知れません」

「そんなにか・・・・・・」


ガタンッ!


部屋のドアがものすごい勢いで開いた。

「大将、なんか面白そうな話してるじゃないっすか。俺、仲間はずれっすか?」

「ザルババか。気を悪くするな。娘が持って帰ってきた土産話を聞いているだけだ」

「俺っちもご一緒していいっすか?」

「ああ、構わん」


ザルババは椅子の背もたれを前にして座った。

「お嬢、その勇者ってのには全く心当たりなしですかい?」


レーティアは目をつぶって考えてみるがまったく心当たりがない。

「今わかる範囲では全く心当たりがないです」


「でも、その勇者はお嬢を見て"大切な人と同じ"って言ったんすよね?」

「はい、それは間違いなく」

ザルババはとても悪いことを考えてる顔つきだった。

それはまさに悪代官に黄金の饅頭を渡す越後屋のようだ。


「お嬢がその大切な人のフリして勇者をこっちに取り込むってのはどうっすか?」


!!!!


いつも戦うことしか頭にない脳筋無謀特攻隊長のザルババが珍しく策を練った。


「それはとても面白い発想だな。勇者を仲間にとは考えもしなかった」

王は驚きながらも悪くない話だと思っていた。


「でも、私にそんな器用な事が出来るでしょうか?」

ザルババはレーティアの頭をポンポンしながら言った。

「なんも考えずそのままでいいんすよ!変にあれこれ画策したらボロがでるってもんです」

「そのままって・・・・・・」

「そのままはそのままっすよ。"私記憶がなくて何も覚えてないんです。よかったら知ってる事全部教えてもらえませんか?"つうだけで向こうから情報がバンバンっすよ!」


!!!!


「ザルババ、今日のお前策士だな」

王は珍しく褒めた。

「俺の事脳筋って一番言ってる大将にそんな事言われても全然褒められてる気がしねぇっすよ」


ぐわっはっは!

「すまんすまん。今のは本当にそう思ったんだ。素直に喜んでくれ」

「ったく、調子がいいったらありゃしない」


ザルババは真剣な目に変わった。

「ただ、その状況をどうやって作るかなんすよね・・・・・・」

「突然目の前に現れて"私の事教えてください"なんて不自然極まりないっすからね」


「それも私、結構な勢いで啖呵を切りましたからね・・・・・・」

レーティアは苦笑いしていた。


「どっちにしても勇者の居場所も名前もわかないんじゃ動きようがないっすよね」


クラリアスは地図を広げた。

「勇者の墓の島がここ、そしてこの島へ来る船の航路は、ここの町からここの町へ経由して、その次勇者の島、その後ここの町へ・・・」

「この3つの港町を調査したら勇者の情報が出てくるのではないでしょうか?あと、王宮周辺も調べたいところですが魔族の存在がしれた今危険もあるのでとりあえず港町を調べて見ましょうか?」


レーティアは地図を眺めて何かかんがえているようだ。

「私も調査に行きます。この最初の港町にいってみます」


「レーティアよ、クラリアスに任せておいたらどうだ?」

「お父様、いずれ戦う人間の事は、自分の目で見て、耳で聞いて知っておきたいのです。それにこの剣があれば、たとえ戦いになっても恐れることはありません」


王は首を横に振った。

「レーティア、剣は置いていけ。そんなもの持って歩いていたら"私は勇者の剣を盗みました"と言ってる様なものだぞ」


レーティアは舌を出してテヘ笑した。

「そうですね。うっかりしていました」


レーティアとクラリアスとカルヴァーニュはそれぞれの町に別れて調査をすることになった。


「大将、俺は行かなくていいんすか?」

「護衛としての腕は信頼してるんだが、お前が行くと問題を起こしてすぐ戦いになる・・・・・・。調査には向いておらん」

「かーー返す言葉がないっす」

ザルババは、笑って誤魔化した。


皆が準備の為部屋から出ていった。

しかしクラリアスはその場に留まり、皆が出ていったことを確認し王の側へ向った。

王はクラリアスの様子を見て察した。

「レーティアの事か?」

「はい。姫が人間の、いや勇者の事を敵として知りたいと言うのは本当でしょう。しかしそれ以上に"勇者が知っている自分の事を知りたい"と言う気持ちが勝っているように思います」

王は目をつぶって頷いている。


「それが何か問題になるのか?」

「勇者は姫の事を"元の世界で大切な人に似ている"と言っておりました。人間に化けた時のあの人の姿は、姫の深層心理にある自分の姿ではないかと推察します。つまり姫はここに再転生する前は"人間"だったと言う可能性があるという事です」

!!!

「そう言う事か・・・・・・」

「姫が元の世界の自分話を聞いた時、姫は何を考え、どう行動するのか・・・・・・」

「それはミイラ取りがミイラになると言うやつか?」

「あくまで可能性ですが・・・・・・」


「一言二言、言葉を交わしただけなのでなんとも言えませんが、あの勇者、以前我らと戦った勇者とは少し雰囲気が違うように感じました」

「こう、我らを敵視してないと言いますか・・・・・・」

「ふむ・・・・・・」


「先程姫が申さなかったので、伏せて置こうかと思ったのですが・・・」

「それはなんだ!?」

「あの、勇者我らが立ち去ろうとした瞬間とても大きな声・・・いや心の叫びと言うのでしょうかとても力強い声で"俺、結婚の約束絶対に守るから!まだ2年と10ヶ月あるから!"と言っておりました」

「結婚とは?」


「うろ覚えですが"結婚"とは我ら魔族で言う"二身一体の契(にしんいったいのちぎり)"の様なものだと」

「なんだと!!」

「勇者はレーティアを女王にすると申すのか」


「あくまで、転生前の話ですが・・・。それと2年と10ヶ月と言うのも少し気になります。2年と10ヶ月・・・普通なら3年などと言ういい回しをしそうなものですが、あえて細かく具体化するという事には意味があるのではないでしょうか?」

「意味?」

王は既によく分からなくなってきている。


「約束の期限内に果たさなければならない何かの誓約、あるいは制約のようなものがある可能性も・・・」

「・・・・・・」

「あの勇者が叫んだあの本物の気迫は"約束が守れませんでしたごめんなさい"で済むようなものでは無いように思います」

王はため息をつきながら言った。

「するという安易に勇者を殺せない・・・と言うことか」


「はい。詳しくは分かりませんけど、二身一体の契を踏まえた上での誓約なら守られなければ二人共に影響があると考えるのが自然かと・・・・・・」


「それと、恐れながら申し上げるのですが、王はレーティア様を傍で何十年も大切に想って来られましたが、レーティア様の王には対する想いはここ2ヶ月かそこらのもの。状況によっては勇者の方へ流されてしまう事もありえない話ではありません」


「クソっ・・・人間はどこまで我々を苦しめるのか・・・・・・」

王は足で地面を蹴りつけるように足踏みし、行き場のない怒りをぶつけていた。


「王、馬鹿を申し上げるようで恐縮なのですが、人間と和を結ぶお考えは・・・・・・」

「そんなものあるわけが無いだろう!」

「失礼しました。ならば勇者をこちらに付けるしか道はなさそうですね」


この時レーティアは人間界に詳しくないので、人間界に詳しい部下を数名連れていきたくて王に相談しようと部屋に戻ろうとしていた。

そして部屋に入ろうとした時、二人の話声が聞こえたので思わずドアの後ろに隠れたのだった。


もちろん王とクラリアスは部屋のドアの裏にレーティアが隠れていることを知るよしもない・・・・・・。


私は人間だった?

それを聞いた瞬間レーティアの頭の中身は全て飛び真っ白になり膝をつき壁にもたれ掛かりながらボーッとなっていた・・・・・・。

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