第104話 目指せ箱根

 センパイと横浜駅構内の東海道線、1号車付近で待ち合わせをしていた。

 これなら絶対に前のようにすれ違う事もない。

 

「お待たせー」


「んじゃ、次の電車が着たら行きますか」


 二人とも二泊三日にしてはかなりの軽装だ。

 俺はちょっと大きめのショルダーバッグ、センパイも同じくショルダーバッグとウエストポートのみだった。

 着替えは現地のランドリーで洗ってしまえばいい、あとは備え付けの浴衣があれば寝巻きは不用、という案が採用されたのだ。


 小田原行きの東海道が到着する。

 東海道の電車にしては区間は短いが目的地はまず小田原なので問題ない。

 ……たまに平塚止まりがあるからなあ。


 電車って不思議なもので先頭や最後尾の車両は比較的空いている傾向にある。

 そして東海道の先頭車両はボックス席だ。

 なんというか、ちょっと旅行している感があって個人的に好きだ。


「……で? なんで誰も座ってない4人掛けのボックス席なのに俺の横に座るんすか。普通対面に座りません?」


「なんだろ、キミの横のほうが落ち着くというか、好きだから」


「まあいいっすけど」


 戸塚、大船、藤沢と続き、窓の外が田舎っぽくなってきた。

 こういう景色の移り変わりを見るのも旅行の醍醐味かなと思う。

 

「このまま小田原まで行って、小田原で少し観光する? なんならお昼にする?」


「いえ箱根旅行なんで、一旦箱根湯本まで行きましょうよ」


「ああ、行ってなかったね。ホテルが元箱根港行きのバス使う必要があるから、箱根湯元には行かないよ」


「マジっすか。いきなり観光名所スキップ!?」


「うーん、だってあそこ人混み凄いし、どっちかって言うとお土産買う所でしょ。行くなら帰りだと思う。バスも箱根湯元で止まるし」


「なるほど。ちなみにバスで目的地まで何分ぐらいですか」


「道が混んでなければ1時間かな」


「……小田原にいる余裕ないじゃないっすか。通勤時間外すために11時に出発したんよ。電車とバスで2時間もかかったら、箱根観光の時間めっちゃ削られます」


「そりゃそうか。また小田原は小田原観光ってことで一緒に来ようね」


「うっす」


 小田原に付く頃にはお昼ど真ん中の時間だった。

 確かに小腹は空いているが、繁華街にして観光地でお昼時に飯屋を探すのは時間の無駄だ。

 俺たちはさっさとバス乗り場に行き、運良く到着したばかりの空いたバスに二人掛けの席に座った。


 出発まで数十分あり、ぽつぽつと乗車客が乗り込んでくる。

 とは言えわりと空いており、静かなバス旅行になると思っていた。


 箱根湯元につくまでは。


 先ほどセンパイが言ったように、このバスは箱根湯元に止まる。

 俺ですら箱根はまず箱根湯元と思っていたぐらいだ、観光客が一気に乗り込み乗車率はかなり高い。

 そしてみな旅行鞄をもっているものだから、ぎゅうぎゅう詰め状態だ。

 小田原で乗ってほんとよかった。


 バスはそのまま箱根山に突入し、アトラクションの如く急カーブを繰り返す。

 立っている乗客はもちろん、座っている俺らですらカーブのたびに体を揺らす。

 俺は手すりに座席前の手すりに掴まり、その遠心力に耐えた。


「センパイ、ちゃんと掴まっててくださいね」


「うん、わかった」


「いや俺の腕じゃないから」


「いいの。キミが一番信頼できる」


「……恥かしいっす」


「大丈夫、誰も見てないから」


 そう言うとセンパイはカーブに乗じて俺の頬にキスをした。


「ね、誰も見てない」


 目的地まであと30分。

 ひたすらセンパイの玩具にされていた。

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