第102話 よくある話。あってはいけない話

 夜中、純に相談事があって電話をした。

 だが珍しく反応がなかった。

 相談内容は、箱根旅行に着ていく服の事だ。

 ホテルで洗えばいいとはいえ、その一着でクソ暑い都会と避暑地を過ごす必要がある。

 センパイとの旅行まであと一週間ぐらいはある。

 バスケ部の無い日に、今ある服ともし買い足す必要があるなら一緒に買い物に行こうと誘うつもりだった。

 まあインターハイ近い時期にそんな時間あるわけないけど、ちょっとぐらい話したいなあって。


 大体一時間ぐらい待てば折り返しの電話が来るんだが、それもない。

 とりあえずLINEで暇な時連絡くれ、と送信した。




 翌日の昼頃、純から返事があった。

「悪い。ちょっとあって、入院中」

 病院を聞き出し、すぐに仕度し家から駆け出した。

 電車でもいけるが、色々時間が惜しいので道中でタクシーを拾い直行した。




「よっ。どうした、悪い物でも食ったか」


 ベッドで寝ている純は、顔色こそまだ青白いが外傷は無さそうだった。

 なので、ちょっと冗談半分に尋ねてみた。


「まあ、そんな感じかな。いやー、そば粉使ったお菓子だと思って無くてね」


 純は蕎麦アレルギーだ。

 隠し事をするタイプではないし、純が学校内でも有名人なのでアレルギーについても身近な人間であれば周知の事実である。

 

「お土産って怖いよねえ。見た目普通のクッキーなのに、まさかって思ったよ」


 そんな訳ない。

 命の危険があるのだから、純は人から貰った物は必ず成分表をチェックしている。

 記載がなければ堂々と聞いている。

 小分けされた包装に記載がなくても、大元には必ず書いているはずだから。


「いやあ、これを機に耐性ができたらラッキーなんだけど、そう上手い事いかないなあ……」


「退院、いつ出来そうなん? インハイ、もうそろそろ? てか始まってない?」


「んー。インハイは明後日からだねえ。退院は……わからん」


「そっか。最悪来年がんばれ」


「簡単に言ってくれちゃって。できれば引退して受験勉強したいっての」


「推薦取っちまおうぜ。そしたらずっとバスケできる」


「ほんと簡単に言う。ちゃんと勉強教えてくれるんだよな?」


「ん、約束する」




『センパイ、俺の我侭に付き合ってくれますか』


『いいよ』




「たーのもー」


 俺は学校の体育館に乗り込んだ。

 インハイ前の調整と、あと純というエースの不在からかピリピリとした雰囲気を感じる。

 俺の乱入に向けられる視線が少し鋭い。

 だが、それよりも俺とセンパイはもっと怒りを覚えている。


「昨日、純が食べたクッキー。誰が持ってきたか教えてくれませんか?」


 するとバスケ部部長さんが練習をそのまま続けるよう指示し、代表者として回答をしてくれた。


「すまない。何の話かい? あ、いや誤魔化そうという訳ではない。ただそんな事実はないというのが俺が知る限りの認識だ」


「昨日、部活中に倒れた。そこは認識あってます?」


「ああ。俺も驚いた。人の肌があれほど赤くなって、呼吸も難しいような状況になるなんて……」


「あいつ、アレルギー持ちなんす」


「それは知っている。蕎麦アレルギーだろ? でも昨日は特に、誰かが……。いやそもそも飯のタイミングでもなかったぞ。ちょっと休憩して、その後急にだった」


 俺は口に手をあて、情報を整理する。

 純はアレルギーで入院した。これは大前提。

 それはお土産が原因だと。しかしそれは部長さんの証言が正しければ嘘だろう。


「休憩ってことは、水分補給もするよね。つまり、誰かがそのドリンクに蕎麦粉を混ぜたって考えていいんじゃないの?」


 センパイが推論を立てる。

 俺も同意見だ。


「ちょっと待ってくれ。そんな事する意味があるのか? 明後日から大事な大会が――」


 そう言って、部長さんも首筋に手を当て思考する。


「集合! 試合より大事な事ができた。全員集合!!」




「単刀直入に聞く。『榊純をどう思う?』 まず1年!」


「めっちゃ上手いし優しいです。俺たちまだ基礎練がメインですけど、癖とか色々指摘してくれて、あとすっごい褒めてくれます」

「練習後、自手練に付き合ってくれます。パス出しとか、ほんと地味な事でもやってくれるんですよね。で、そのパスが凄く正確で、この人すげえって思います」

「試合見てても、ゲームメイクが上手いです。基本的にバスケって点の取り合いですけど、どう取るか、どう取られるかを凄く調整してるって、ベンチを見てて思いました」


 1年からは尊敬する先輩って印象ばかりだ。


「次、3年。俺は、正直あいつがいなきゃ部活なんか真面目にやろうなんて思ってない。榊がいるから勝てる試合が増えた。だからもっとがんばろうって思えた」

「同じくー。いやー、あいつがいると勝てるんだわ。負けるために試合するとか馬鹿くさいけど、バスケは好きだからお遊びで入った部活なのに今年インハイでしょ? 榊様々だわ」

「チームプレイだから、個人技を高めてもどうしてもイメージとずれる。けど榊がポイントガードをすると、ドンピシャ、こうしたかった。こうすれば俺は勝てるって行動がいつもできる」


 3年からも認められている感じはあるな。


「……凄いプレイヤーっすね」

「マジ凄いんすよ! 純が居ると負ける気がしないって気持ちになります。……だから、あいつがインハイにいないと、ちょっと怖いです」

「身長もあんまないし、自分で点を取る気概がないのが正直どうかと思いますね。味方頼みっていうか」

「それな。確かにパスは上手いけど、自分でシュートするとそんな大したことないっていうか」


 二年、つまり同学年からは賛否両論って感じか。


「本題だ。榊がインハイまでにバスケが出来るとは限らない。となると誰か一人スタメン、ポジションはポイントガードにしなければならない。誰がいいと思う?」


「ポジション変更すればいいんじゃね。部長は元々ポイントガードだろ。空いたセンターを身長が高い奴に任せれば?」


「いやそれって負け続けの時代に逆戻りじゃね? 折角システム化できたチームプレイを崩したくねえよ」


 3年がああだこうだ議論をしているが、1年はもちろんだんまり、2年といえば……。


「そもそも1人欠員だからってそんな真剣に代わりを考える必要ありますか?」


「もっとも榊の事は残念ですけど、怪我だって試合中あるかもしれません。そこを柔軟に対応すべきかと」


 釣れた。

 

「榊の代わりに俺がポイントガードやります。もちろんパスするだけじゃなくて、ガンガン点を取りにいきます。スリーには自信があります」


「榊のパスがないと働けないただでかいだけの1年の代わり俺が出ます。俺は榊のパスなしでもやれます」


「よし、わかった。チーム編成はコーチと相談する。時間を取ってすまなかった。練習に戻ってくれ」




「……すまない」


「予想通り過ぎて、ちょっと引きますが」


「前にキミの事を馬鹿にしたあの二人でしょ、名乗り出たの。まるで自分がレギュラーになるために用意して置きましたって台詞、隠す気ゼロじゃん」


「部長さん。アレルギーって慣れさせれば治るなんていうデマがあるって知ってます?」


「ああ……、だがなんでいきなり?」


「今年のインハイ、諦めてください。いや勝つって意味で。まああの二人がレギュラーになっても負け確定だからいいですよね?」




 犯人二人をそのまま体育館の端で地面に転がす。


「なんで純のドリンクに蕎麦粉を混ぜた?」


「……アレルギーつって食わず嫌いしてたから、ちょっとずつ慣れさせてやればって」


 二人は下手な嘘は逆効果だと察してくれたのか、あっさりと自分らがやったと口を割ってくれた。


「そうそう。親切心だからさ! 克服できたらいいことじゃんか! 今回はまだ慣れなかったけど、続けてば――」


「ねえ知ってる? 骨って折れば折るほど強くなるらしいよ? 大丈夫、人間骨折れるぐらいじゃ死なないから。でもさ、アレルギーはダメだよ。本当に死ぬからな?」


 まず左の脛と右の腕を折る。

 

「痛いけど、死なないからさ。あ、骨折ぐらいで救急車呼ぶとか迷惑だからね」


 そして左の中指を折る。

 

「大丈夫大丈夫、治りやすいところしか折ってないから。一生残るような所折ってないからさ」


 左の薬指も折る。


「大丈夫、どうせ中指折れたら同じところギブスするだけだからさ」


 小指も折った。


「一ヶ月ぐらいかな。そしたらもっと頑丈な骨になるよ。よかったね。そしたらまた折って、もっと丈夫にしてやるからさ。骨が折れてるぐらい、慣れれば普通になるからさ」


 助けて、という悲鳴を誰も聞かない。

 純というエースを失ったインターハイ。

 次がない3年が庇う理由もない。

 そして尊敬する先輩を殺そうとした先輩をゴミを見るような目で見る1年。


「『嫉妬でバスケ部エース君をアレルギーで殺そうとした馬鹿、こいつらです。』っと。LINEで流しておいたから。やったね、休み明けは学校内で有名人だよ。人殺しで」


「じゃあ一ヵ月後、骨が治ったらまた『お前らの骨が丈夫になるために折りにくるから』」

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