第101話 旅行の準備
「あの、暑いんで離れてください。このショッピングモール、空調が効いても地味に暑いんですよ」
「やだ」
「ていうかこの真夏日になんで長袖のカーディガンなんすか。マジで暑苦しいっす」
「日に焼けるし、人前で肌晒すのあんま好きじゃないし」
「普段の制服、あんな短いスカート履いて、ブラウスもちょっとはだけてるような人の意見とは思えないっす」
「……スカートの裾付近とか胸元に目線送ってくる男って下品とか最低って言えるけど流石に腕はそう言えないじゃん。あと多少重ね着しないと、その、下着が――」
「はい、すんませんでした。でも暑苦しいのは事実なんで、離れてください」
「いや。こんな混んでるショッピングモールで離れ離れになったらどうするの」
「じゃあ、これで」
「……何気に手、繋ぐのはじめてだよね」
「そうっすね。一方的に連れ出そうとした時に掴む事はあっても、こんな風に手を繋ぐのははじめて、のはずです」
「せっかくだし、こういう風な握り方がいい」
「いいっすけど。センパイの指、やっぱ滅茶苦茶細いっすね」
「ちょっとは動揺しよ? 所謂『恋人繋ぎ』だよ?」
「普段から腕組んでて、人目がなけりゃキスとか抱きしめあったりする間柄っすよ。何を今更」
「そっか。うん、だよね。私たち『とても親しい先輩後輩』だしね」
「で、旅行の準備って言ってましたけど何か買い物っすか?」
「うん、水着を買いに」
「帰ります」
「ちょっと、なんでそこは逃げるの!?」
「逃げるわ! 水着売り場とか女性ばっかだろ!? 居心地悪いわ!」
「そこはちょっとした勇気を」
「つか俺に女性の水着に対しての知識やセンスはないです。センパイは何着たって似合うし、いつもとても似合ってるもの着てるでしょ。センパイの水着は自分で選んでください」
「代わりにキミの水着選んであげるからさ」
「いらん! バイト用に買った水着があるんで今年はさらに買う必要ないっす!!」
「まあ冗談だから。2割ぐらい」
「ほぼ本気じゃねえか! ほんと勘弁してください」
「仕方ないなあ。じゃあ本命の旅行鞄を買いに行こうか」
「わざわざ箱根ぐらいの距離で?」
「だからだよ。キャリーバッグを使うほどでもないし、かといって手元にある鞄でちょうどいいサイズがなくてね」
「まあ、そういうことなら」
「ちなみにキミはちょうど良いの持ってるの?」
「水着と替えの下着ぐらいしか持っていくつもりないですからね。服はホテルのランドリーで洗えばいいし、ホテル内では浴衣着ればいいと思ってるんで」
「……。おお、確かに。とすると……あれ、私も持っていくものあんま無くなったかも」
「ちなみに何を持っていこうと?」
「着替え、パジャマ、あとヘアアイロンとか、美容液とかもし髪とか肌に合わないシャンプーや石鹸だったらイヤかなって思って、普段使ってるのを色々持っていこうかなって」
「女性にこう言うのもなんですけど、数日ぐらい目を瞑ったら? 同じ服着ようが洗ってあれば不潔ではないし、シャンプーとか正直持ち込む程のものですか?」
「んー。でも、うーん」
「まあ女性特有の悩みだと思うので強くは言えませんが。鞄、どこで買います? 好きなブランドとかあります?」
「私はね、キミにだけは『いつも最高の自分』を見せたいと思ってるの」
「何を持って最高かはわからないですけど、センパイはいつも可愛いですよ」
「それ、遠まわしにポンコツって言ってるでしょ。そうじゃなくて! こう、お洒落で、なんていうか綺麗? そういうの! キミの可愛いってのとは全然違うの!」
「そういうの含めて、可愛いですよ。お洒落なのはもちろん、肌も髪も綺麗で、スタイル――体の話はやめましょうか。ちょっと猫目気味の綺麗な目、長いまつげ、ちょっと小さい唇。美人だと思ってます。そんな人が喜怒哀楽ころころ変えてるの、可愛いです」
「ンッッッ!! まあ? そう思ってもらえるように? 努力もしているのよ? だから、たかが数日かもしれないけど、気を抜くと『最高の自分』が保てないかなって」
「それはそれで見たいかもっすね。ずぼらなセンパイってどんなんだろ、ちょっと気になる。うちに泊まっていく時も、いつもきりっとしてるっていうか、肩肘張ってる感じあるんで」
「……。幻滅しない?」
「そもそもセンパイに対して勝手な理想とか抱いてません。センパイはセンパイです」
「はあ……。鞄もいいや。ちょっと早いけどお昼にしようか。混む前にね」
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