第96話 敵わない
俺は色々と恵まれていると思う。
色々、そう、色々。
まず生まれ。
ちょっと常識がないけれど、両親は優しい。
職業に貴賎なしとはいうけれど、日本において国家資格とされ難関の試験を突破して、さらに知識、勉強、経験を積んで初めて職業として名乗れる弁護士に就くのが俺の両親だ。
当然、収入もいい。
2人の口座に毎月振り込まれている金額は、正直金銭感覚が薄れる。
なんで弁護士になったの? と興味半分でそれぞれに聞いたとき2人して「人助け」と同じ回答が来たときは驚いた。
そんで、体格。
大体183cm、60kg。
筋肉量を考えると体重はちょっと少ないけれど、まあ恵まれている。
お袋も親父も身長は平均的なので、遺伝はあまり関係なさそう。
俺はスポーツは苦手だけれど、練習すればそこそこやれるのは多分この体のおかげだと思っている。
次、学力。
こればかりは日々の努力を重ねるしかない。
両親は共に弁護士になれるほどだが、だからといって俺が何もしなくても頭がいいわけがない。
なので空いた時間、例えば授業中もう知っている事を教わる時間とかを使って先の予習に当てたりしている。まあ正直授業態度としては不真面目だけど。
意外と恵まれているように思えるけれど、俺にもそれなりにハンデはある。
一番は利き腕。
このご時勢でそんな事言う奴いるのか? って思うかもしれないけれど、左効きというだけで馬鹿にしてくる奴もいる。特に親戚。
両親はその度に冷静にブチギレてたけど、けど矯正させなかったのも悪いと、そういう時代遅れな奴らもそこそこいた。
俺だって好きで左効きになったわけじゃない。元々右利きだし。
稽古中の事故でグローブの所為か、転ばされた時に上手く手をつけず右手首をぽきっと綺麗に折った。
全治一ヶ月。その間右手は使えず。
仕方なく左手で日々を過ごしているうちに、右より左のほうが器用になった。それだけ。
あと右足首。
これも稽古の所為だけど、3度に近い2度の捻挫をした。
医者からは手術をするか、後遺症が残るがギブスで自然治癒をするか決断を迫られた。
別に俺はどっちでもよかったけど、手術が怖かったので後者を選んだ。
結果、本気で走る時やジャンプをする時、何度も繰り返す度に痛み、違和感を覚えるようになった。当然、蹴り技もだ。蹴りにいたっては1回目で痛む。
何が言いたいかって?
俺って中途半端じゃない?
恵まれた家族、恵まれた体。
頑張れば勉強もできるし、運動もできる、はず。
でも必ずしもそれが一番優れているわけではない。
純のような類稀なポイントガードの才能は無い。
一緒にバスケ部に入ってチームを組んでも、俺のハンデでオールコートでの試合を最初から最後までできない。
勉強だって隙間を上手く使ったって、上には上がいた。あのクソ委員長なんだが。
「キミのその、時々小難しい顔してるの、あんま好きじゃない。どうせどうでもいい悩みを抱えてるんでしょ」
「……どうでもよくないっす」
「じゃあ聞かせて? どうでもよかったら、ん……、『ラプラス』で」
「ざっくり言うと、俺って中途半端だなあって。まあそれだけっす。どうでもいいって思うかもしれないけど、俺には――」
「そうだね、どうでもいいね。じゃ、キスしようっか」
「説明します! 俺って体はでかいし運動できそうだけど、実はあんまだし。勉強だって頑張っても1位になれないしって」
「そっか。じゃあキスしようか」
「話聞いてました!? 確かにセンパイにとってどうでもいいかもしれないけれど、俺にとっては」
「運動ができる? 勉強が1位? どうでもよすぎ。1番ってのがいいなら、私にとってキミは1番だよ。それじゃだめ?」
「ダメ……です。ダメなんです!!」
「めんどくせー。んっ」
「!?」
「ん……ちゅあっ。キミとのキス、いつしてもドキドキする。とまあ話を戻すけど、上を目指すのはいいけど、出来ない事を嘆いてる暇あるの? その暇あれば努力しなよ。つーかさ、キミに負けた人らにまったく価値がないみたいな事言ってるの自覚ある?」
「いやそんな事考えた事ないっすけど、あと急なキスやめてください」
「勉強、1位じゃないからって悩み。キミ2位でしょ。3位より下の人の事考えた?」
「……さーせん」
「よろしい」
俺の中で1番敵わないのはセンパイだ。
いつも優しくて、いつも叱ってくれて、いつでも愛おしい。
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