第97話 ずるくていい

 結構、あの子のこと知ったつもりだったんだけどなー。

 でも怪我の事とか、それを気にしてる事とか。

 全然……全然気づかなかった。


 でもちょっと前とは違う気持ちになってる。

 前ならきっと嫌悪感で一杯で、自分勝手な私を私自身が追い詰めていたと思う、


 けど、不思議とそんな気持ちにならなかった。

 確かに怪我とか後遺症の話を聞いて、背筋が凍る思いをした。

 でもあの子は大丈夫と言っている。

 じゃあ、大丈夫なんだなあって。

 そして、やっぱり辛いって思うときは出来る限り優しく受け止めてあげようって。


 笑っちゃうぐらいに、軽い気持ちだった。

 真剣に考えないといけない事、かもしれない。

 でもなんでだろ。

 あの子が大丈夫って言うんだから、大丈夫だって心の底から思えるの。

 ほんと笑える。


 


 私には何もない。

 誇れる事、なんもない。

 それこそ笑っちゃうほど何もない。

 あの子に好きになってもらえるところ、なんにもないの。

 見た目? 体?

 あの子がそれで私を好きになってくれるはずないじゃん。




「屋上」


「喫茶店」


「デート」


「『膝ぎゅっ』」


「『頬ちゅっ』」


「『耳噛み』」


「『シュレディンガー』」


「『ラプラス』」



 

 悪い? 色々理由つけてあの子に触れて何が悪いの。

 まあ、なんか後半、必殺技っぽいけど、でも必殺技だよね。

 キスした、キスしたの。そう、キスまでしたの!!


 ずるい?

 ずるいよ。知ってる。

 だって好きなんだもん。

 理由がないとあの子、触ってもくれないし。

 だから理由を無理にでも作るの。

 触って貰える理由を、抱きしめて貰える理由を、キスして貰える理由を。

 



「センパイ? センパイ?」


 今はあの子の膝で寝ている、ふりをしている。

 膝枕最高。だって、あの子自然と頭撫でてくれるし。


「寝ちゃったか。まあ俺もセンパイの膝でよく寝るし、そんなもんかねえ」


 嘘寝ですけどね!

 でも、あっ、その撫で方気持ちいい……。


「可愛い……。ほんと、綺麗で可愛くて、ずるいっすよ」


 寝ている振りをしている私だけど、多分顔真っ赤、心臓ドキドキしてる。

 くうっ、そんな女殺しみたいな台詞を吐くキミの顔ぐらいは見ておきたかった!


「これからも、ずっと一緒にいましょうね。箱根旅行も楽しみですし。その後も、学校だと文化祭とか? 色々ありますよね」


 うん、私も楽しみにしてる。


「別にセンパイとの付き合いが今年で最後じゃないけど、でもだからって後回しにしたくないっすよ」


 うん、私も。ずっと一緒かもしれないけど『同じ高校生』は今年で最後だし。


「俺って、恵まれてると思うんすよ。色々あるけど、センパイと出会えたのが1番っすね」


 私も。私もだよ。


「好きですよ、センパイ」


 人生で後悔した事をもし挙げるとすれば、多分ずっとこういうと思う。


 キミのその優しい告白を真正面でされなかったことって。

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