第84話 少し肌寒い日は
「ね、キスして」
「ん。はい、しました」
「いや顔すらこっち向けてないのに、何をいうのかねキミは」
「『シュレディンガーの口付け』です。俺はしましたよ」
「くっ……。あ、いやでもそれってつまり、『キミは私とマウストゥーマウスなキスをしてもいい』と思ってるってこと?」
「いえ、違いますけど。違いますけどね、そうとも取れますね、ええごめんなさい!」
「奏にあとで『キミと情熱的なフレンチキスした』って報告しなきゃ。あと教室で大きな声で他の友人にも話さなきゃ」
「ほんと、ごめんなさい、明らかにセンパイを軽んじてました。ごめんなさい」
「ん、素直でよろしい」
「で? ほんとにします? ちゃんとした『シュレディンガーの口付け』」
「あれを本当にやろうとするのは実はかなり勇気と勢いが必要だと気づいたので、今回は別です」
「じゃあ最初のやり取りなんだったんすか」
「ハードルを上げておけば要求が通りやすいかなって」
「いつも直球のくせに、今日に限って面倒くさい」
「うん、だから次からは素直にお願いするよ。それでさ、今日って普段より寒いって思わない?」
「思わないっすね。梅雨も近いしジメっとしてるし、センパイが引っ付いてるからいつも通りって感じです」
「そこでだ……。って話の腰が折れるから、素直にうんって言ってよ」
「だから面倒くさいから、さっさと話してください」
「『膝ぎゅっ』して私を暖めて?」
「まあそれぐらいなら」
「……そうくるか。まあ、でも? 想定内だし? それじゃあ失礼して――って痛っ」
「何自然と、正面向いて抱きつこうとしてるんすか」
「『膝ぎゅっバージョンツー』」
「俺の知らないうちにバージョン上げないでください。せめて細かい修正をしてリビジョン上げて? ていうかまったく別ものじゃないっすか。流石に面と向かっては……恥いっす」
「まあぶっちゃけただのハグだしね! 完全新規だし、新しい名前つけなきゃ」
「いや、俺やるとは言ってないんすけど」
「いいの、やるの。寒がってる私のために一肌脱いで? どうせいつも通りで寒くないんでしょ?」
「ブレザー貸しましょうか?」
「いや私だってブレザー着てるし。……キミのサイズならさらに重ね着できそうだけど、そうじゃなくて!」
「せめてスカートの丈を長くしてください。そんな足丸出しで寒い寒い言われましても」
「わかった。ちょっと待ってね、すぐ直すから」
「こらー、脱いでないけど、脱いでるように見えるからはしたない!」
「はい膝丈! でも寒い! はよっ」
「……はあっ。はい、どうぞ」
「それではお邪魔しまーす。んっ、やっぱ正面だと、全然違うね」
「それで、寒さはどうっすか」
「背中が寒い」
「じゃあ普段どおりの『膝ぎゅっ』でよかったですよね!?」
「違う、違うの! 両方とも暖めて欲しかったの! だって『膝ぎゅっ』だと、キミは私の胸に触れないようにしてくれるじゃん。でもそれだと、なんか嫌だったの。でもこの体勢なら正面ぽかぽか。だから、ね?」
「……。これでどうっすか」
「腰だけじゃだめ。下着とか気にしなくていいから、背中にもちゃんと手を当てて?」
「一応、言っておきます。これ以上は、勘弁してください」
「十分。むしろ、凄く嬉しい。抱きしめ合うって、気持ちいいね」
「俺は暑いっすけどね」
「そりゃあ、そうかもね。キミの心臓の音、凄く早い」
「あの、痛くなったら言ってくださいね?」
「えっ? 大丈夫だけど……」
「正直、全然力入れてるつもりはないんですけど、このままだともっと強く抱きしめそうです」
「ん、わかった。遠慮、しなくていいからね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます