第83話 常識ある範囲で
「……」
「ンッ……!」
「――」
「――!!」
「いやもう止めましょ。どんだけテトリスで勝負してんすか。もう数えるのも億劫なぐらい対戦したでしょ」
「やっぱ娯楽には運って大事だね! 逆転要素がないと何十回やっても勝てない人には勝てないね! クソゲー!!」
「おい、発売から今に至るまでのプレイヤー延べ数で考えれば世界で一番面白いゲームとされているテトリスになんて暴言を」
「世界一美味しいラーメンはカップヌードルみたいな話はやめて」
「そもそもなんすけど、これ対戦でやってるんですよ? なんで1人用の定番みたく左右どっちかだけ空けて積み重ねてるんすか。そこに妨害が1個でも降ったら泥沼です。てか何十回もやってるんだから気づけ」
「そうは言うけど、じゃあ他にどうすればいいかなんてわかんないし。普段どおりが一番って言うじゃない?」
「まあ、その普段どおりが個人用の手段で対戦では悪手って言いたいんですけど」
「もう……ちょっとは接待プレイとかしてくれてもいいんじゃない? 実力差凄くあるのわかってるんだし」
「そんな事されて、嬉しいんすか?」
「……ごめん、嘘。キミはそんな事しないし、私もそんな事されたらむしろ怒るかも」
「なら変な事言わないでください。そもそもなんでセンパイとテトリスで対戦してるんす?」
「んー。一緒にゲームがしたい、からの、スマホで今から無料で一緒に遊べるゲームがたまたまテトリスだった、はず」
「一緒にゲームが対戦って、ギスギスしてますね」
「いやいや、もうちょっと白熱して、勝った負けたってできるかなって……。できるかなって思ったけど、私、ゲーム下手だった……」
「……、まあ今日はこれぐらいにして、今後また他のゲームでもいいっす。俺に勝てたら『常識の範囲内』で『なんでもお願いを叶えます』」
「言質取ったからね。ちなみに『常識の範囲内』はどこまでを指す」
「そこはあえてセンパイに任せます。ただし明らかに常識外なら、拒否しますし説教もします」
「よし、わかった。じゃあテトリス再開ね」
「え、いや今日はここまでって……」
「今日はここまでって私は承諾してない」
「……いやせめて勝てる見込みが出来てから挑んでくださいよ」
「もう1回」
「もう1回!」
「もうあと10回ぐらい!!」
「あの、そろそろ俺家帰らないとお袋達の飯が作れないんすけど!」
「じゃあ、キミの負けでいい?」
「は? なんでそうなるんす?」
「だって、勝負を挑む権利は私にあるんだよ? そしてキミはそれを棄権するんだよね。不戦勝じゃん?」
「最初からそれが目的か!?」
「ふふふ、搦め手はまだまだ私のほうが上手だね」
「そこまでして俺にして欲しいお願いってなんすか……」
「キスして」
「……」
「キ・ス・し・て」
「…………」
「キスしてキスしてキスしてキスして!」
「――…………」
「初めて見るってほどに渋い顔してるね。いつもなら『頬ちゅっ』をささっとして『これもキスっすよ』とかいう感じでお茶を濁すのに」
「いや普段やってる事が、今回のセンパイのお願いを叶えた事になるのか悩んでます。こんな夜中になるまでテトリスするほどっすよ」
「隙あり!」
「!?」
「さて、今私はキミの唇にキスしたでしょうか。ちなみに私は全然感触がなかったです」
「俺は、ちょっと、あるような、ないような」
「したかどうかわからない『シュレディンガーの口付け』で私のお願いは成就ってことで」
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