第81話 虎の尾を踏むことなかれ
センパイと外で待ち合わせをする時、一つだけ気をつけていることがある。
センパイよりも先に待ち合わせの場所に居る事。
横浜は繁華街にしてはわりと治安がいい。
理由はいくつかあって、その内の一つに都市伝説に等しい理由がある。
ナンパ禁止。
誰がそんなルールを定めたかは、それこそ眉唾のレベルだが横浜を裏で仕切っている連中が徹底している、らしい。
だがあくまで都市伝説。
センパイみたいな美人を一人繁華街に放置したら危険だ。
「しつこい。いい加減にして!」
今日はセンパイが先に待ち合わせ場所に来てしまったようだ。
そして見知らぬ男に声をかけられていた。
見た目、ちゃらい。金髪だし、ピアスしてるし。第一印象は最悪。
「すんません、ちょっと遅れました?」
「あっ! ううん、待ち合わせの10分前だし、全然遅れてないよ!」
センパイに声をかけた男を無視し、センパイの手を握る。
少しだけ、センパイの手が震えていた。
ぎゅっと握って、その場を立ち去ろうとする。
「おいおい、クソガキ。無視とは良い度胸じゃ――」
問答無用で男の脇にミドルキックを入れる。
無防備な胴体を蹴られると、呼吸がし辛くなる。
「今日はちょっと遠くに行きます? 中華街とかどうっすか?」
「え? ああ、うん。美味しいお昼ご飯食べたいしね」
揉め事は長引かせないほうがいい。
さっさとこの場を離れて、みなとみらい線の改札へ向かおうとする。
「てめえ、なに逃げてんだよ。こんな人目の多いところで喧嘩吹っかけておいて逃げるのかよ!」
吹っかけてないし。
こういう馬鹿、まだ横浜にいるんだ。
いや、横浜を知らないからこんな事ができるんだろうな。
横浜の都市伝説ルール。喧嘩禁止。
じゃあ俺の蹴りはどうかっていうと、まあ、多分ギリセーフ。
とは言え長引かせたくないので、スマホで男をカメラで撮る。
野郎の画像なんかスマホに入れたくないが、事が収まるまでは我慢しよう。
中学時代の友人にこの男の写真をLINEで送った。
『こいつ知ってる?』
『久しぶり。知らん。どうしたん?』
『横浜でナンパしてた。んで、これからこいつと喧嘩になりそう』
『オッケー。好きにして。横浜の怖さ、わからせてやれ』
『いや俺はそういうんじゃないけど』
とまあ、「都市伝説の元凶」から了承を貰った。
「喧嘩禁止」はこいつが目をつぶってくれる。
じゃあ、あとは――
俺の怒りをぶつけようか。
「さっきからスマホ弄って、舐めてんのか? ほら、こいよ! ビビってんのか?」
「ああ、そうする」
先の蹴りで呼吸もままならない男に、まずローキックで足の動きに制限を与える。
足運びどころか、普通に立つ事も難しいほどに腿に痛みを与える。
そして体勢が崩れてきた頃に、水月への前蹴りをする。
急所、かつ呼吸に関する内蔵へダメージを与え、動きを完全に抑える。
「やめ、これ以上はやめ……」
「最初から居たわけじゃないけど、センパイに『しつこい、いい加減にして』って言わせるぐらい、センパイの嫌がることしたんだろ? 止めろって言われて止めると思うか?」
足腰のダメージと肺を中心とした内蔵へのダメージから、ナンパ男は膝を付く。
そのままナンパ男の頭に踵落としをする。
上から真下へ真っ直ぐの攻撃に男は手を付いた。
その手を、わざと右親指の先だけ踏んづけた。
「痛っ、許して――」
「なあ、すぐ傍に交番あるのお前知ってる? こんな派手に喧嘩して、警察動かない理由、知ってる?」
まあ、わかるはずもない。
決して警察は無能ではない。
わざと喧嘩を見逃しているが、決してそれは悪い事なのだろうか。
これは、俺とこの男のただのいざこざで、誰にも迷惑はかけていない。
そういう風に、友人が手回しをしてくれているのだ。
ナンパ、ケンカ、色々と揉め事が絡む行為が繁華街にはある。
それを無くすよう、動いている奴らがたくさんいるのだ。
「どうせ見てんだろ。こいつ、どうしたらいい?」
「お久ー。そうだなあ、欅はなんだかんだで手加減してるよねえ。指全部折るぐらいじゃないと『俺の立場』がないんだけど」
「うげえ、それを俺にやれって?」
「まっさかー。横浜でこんな騒ぎが起こった時点で『俺の責任』だからね。引き取るよ」
「んじゃ、あとは好きにしろ。足も息もろくにできないし」
「さっすが『警察犬』、ほんと頼もしい」
「うっせ。それよか地元、またバカが出てきてるぞ」
「嘘ん。折角『欅君たち』でがんばったのに。ちょっと気抜きすぎた?」
「知らん。それをなんとかするのが『お前が選んだ道』だろ」
「そだね。まあ、ともかくデートの邪魔してごめんな。これ、デート代の足しにしてよ」
「……、さんきゅ」
「結局なんだったの? キミが喧嘩始めたと思ったら、怖い人一杯集まっててさ」
「横浜、そういうところ」
「嘘つけ! もう、怖かったよ。色々と。別にナンパされるのは慣れてる……って言い方はあれだけど、キミが怒って、そのあと怖い人たちが一杯でてきて、怖かったよ」
「……すんません。我慢できなかっただけっす。センパイが嫌な思いするの」
「キミが本気で怒る姿見るほうが怖いからね」
「お詫びに、スイーツビュッフェ行きません?」
あいつから貰ったチケットをセンパイに渡した。
「おお、前行ったところより豪華なところ! 行こう!」
「はい、行きましょう」
センパイは絶対に俺が守る。
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